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第二百八十七話【地の底の変態】


 付き人であるチェシーさんの案内で地下通路を抜け、そして俺達はようやく宮廷魔術師ルードヴィヒと対面出来た。

 まあ……その肝心のルードヴィヒさんの顔が、今にも死にそうなくらい青いのは問題だけど。それはちょっと無視して、だ。


「よく来た、魔導士とやらよ。王子フリードリッヒより紹介を受けている。よもや、私の地位を揺るがさんとするものだ、などと」


「ち、地位を揺るがすだなんて、そんな大げさな。俺達は魔獣の調査に加わるためにここへ来てるんですから」


 げっ。あの馬鹿、何を思ったかそんな紹介の仕方があるかよ。


 魔術師ってのはプライドが高い。もちろん、いい意味で。

 彼らには培ってきた知識が、積み上げた経験がある。そして、それらをもとに術の最奥ってやつを目指してひたすらに努力し続けている。

 社会性や倫理観なんてものを投げ捨てて、周りから白い目で見られて、それでも邁進するだけのエネルギーを、自己の結果に見出しているくらいだ。


 そんな術師を相手に、お前の地位を――築き上げた研究成果を、塗り替えるものが現れる……なんて紹介をすれば、もう初手から嫌われるに決まってる。

 そんなこともわからないやつじゃないだろう……からには、意図的に煽ったんだろうな。はあ……


「王子も、君達も、気に食わない。私に取って代わろうだなどとは。どこのものだ。クリフィアか、五家の犬か。どちらにせよ、この王都に勝る地はないと知――ぃんぎっ⁈」


 ゴッ。と、鈍い音がして、ルードヴィヒさんは声にならない声を漏らしながら崩れ落ちた。

 また……また、股間を抑えて丸くなってしまっている。犯人はやっぱり……


「言葉遣いなんとかしろ、この世間知らず。王子様の紹介で、わざわざ来ていただいてんだ。何を偉そうなことばっかり並べてやがる」


 ルードヴィヒさんの一歩後ろに控えていた、付き人であるチェシーさんが、やっぱり……その……容赦も遠慮もなく、股下から膝蹴りを叩きこんだようだ。

 この人、本当に付き人……身の回りを世話する人なんだろうか。それと……人の心とか持ってるんだろうか……


「んぅ……ふー……ぅぅ……チェシー、そう怒らないでくれ。たしかに、君の冷たい眼差しは気持ちがいい。けれど、それを見せるのはふたりきりのときだけに……」


「気色悪いこと言ってんなよ。さっさと立て、シャキッとしやがれ。ったく、宮廷魔術師か何か知らねえが、本当にろくでなしだな」


……本当に、このふたりはどういった関係なんだろう。

 一応、宮廷魔術師と、その付き人……ってことだから、主従の関係にあるハズだ。

 ルードヴィヒさんが上で、チェシーさんがそれに従う形で。だけど……うぅん……


「ふっ、ぐっ、ぅふ……ごほん。まあいい、チェシーの美しい顔に免じて、君達をきちんともてなそう。適当に座りたまえ。常識の範囲内でね」


「誰が常識を語ってやがんだ、部屋の片づけをさぼったのはてめえだろうが。あー、悪いな、兄サンがた。出来れば、本と紙っぺらを避けて座って欲しい」


 そ、それくらいは言われなくてもするつもり……だけど、そうだね。

 魔術師にとって、自分の研究と、そしてその研究をまとめたレポート、それから研究用の資料は、あるいは命以上に大切なものかもしれない。

 それを散らかったままにするな……というチェシーさんの意見も加味したうえで、尻に敷くようなことはするべきじゃないだろう。


 しかしまあ、それにしたって椅子くらい出して欲しい。

 床に座らせるなら、せめてクッションくらいないものか。


「それじゃあ、アタシは席を外すから。ちゃんとやれよ。ちゃんと、丁寧に、対応しろよ。ご足労頂きありがとうございます。おら、復唱」


「わ、わかっているよ、チェシー。そう怒鳴らないでくれ。君の罵声は、この王都にあるどんなものよりも刺激的だ。客に出すにはあまりに惜しい」


 席を外す。と、チェシーさんはそう言うと、俺達に一礼して、そして……まだうずくまっているルードヴィヒさんのわき腹を蹴り上げて部屋から出ていった。

 さっきの二撃に比べたらまだマシだろうけど……普通に息出来なくなってるよ。攻撃が苛烈過ぎる……


「え……えっと……おふたりは仲が…………いいんです……ね?」


「ぅぐ……ぐ……げほっ。き、君……なかなか、見る目があるじゃないか。術師でもない、身体ばかり大きな子供だと思っていたけれど……」


 あっ、本当に仲がいいんだ。と言うか、仲がいいと思ってるんだ、殴られてる側が。うーん……

 俺の言葉に……勘違いに? 気分を良くしたらしくて、ルードヴィヒさんは目を輝かせながら、息も絶え絶えなくせにゆっくりと身体を起こした。


「美しいだろう、チェシーは。ペンチよりも的確に頬をつねる白い指、最新の蒸気機構よりも脳に響く罵声、術で零点を下回った水よりも冷たい視線。どれもがたまらない」


「…………そ、そう……ですね」


 あっ、そう。この人、そういう人なんだ。うーん……もう帰りたい。出来れば二度と関わりたくない。

 バケットさん達の宴会に紛れ込んでも違和感のない、あまりにもあまりな不審者じゃないか。


「極めつけは、あんな華奢な身体から、私を痛めつけるべく放たれる折檻だ。ああ、彼女に打たれた平手の痕が、血が巡り癒えたあとにも残ってくれたならどれだけいいか」


「……は、ハードなのも平気なタイプ……なんですね……? す、すごい関係だなぁ……」


 やめて、もう喋らないで。普通に話とかしてたら、こっちまで同類だと思われる。友達だと思われるからやめて。


 しかしながら、本当にどんな関係なんだ、この人達は。

 仮にも宮廷魔術師を殴ったり蹴ったり、挙句殴られたほうはそれが気持ちいいだのなんだのと……


「……けれど、股間を蹴り上げるのだけはやめて欲しいんだ。本当に、息も出来なくなるし、命の危険をいつも感じている」


「っ⁉ じゃ、じゃあそれはちゃんと拒みましょうよ⁉ びっくりした……いきなり普通のこと言わないでください……」


 いや、本当に普通のこと言ってるか……? まだ変態だと思うぞ、今のでも。

 しかし、俺の提案……提案かこれ? 俺の言葉に、ルードヴィヒさんはため息をつく。


「……そんなことをして、ほかの折檻に手心を加えられたらと思うと……言えるものか……っ。彼女の白い指が私を打たないのなら、私はもう生きてはいけない。それに……」


「それに……? え、まだなんか飛び出すんですか? もうどこにもお見せ出来ないレベルの醜悪なものが漏れ出たあとなのに、まだなんかあるんですか?」


 いかん、心の声が全部漏れた。漏れたけど……どうやらルードヴィヒさんはそんなこと気にもしてないらしい。

 眼中にないって感じだけど、腹は立たない。もう全然、無関係でいたい。


「……這いつくばる私を見下ろすチェシーの目は、どんなときよりも冷たくて気持ちがいいんだ。彼女の前に横たわるためならば、子種が潰えてもかまわないと思える」


「……えっと……そ、そう……なんですね……」


 帰ろう。もう帰ろう。今すぐ帰ろう。チェシーさんには申し訳ないけど、つき合いきれないからもう帰らせて。


 魔術師は基本的にはろくでなしなんだ。その認識は、やっぱり間違ってなかった。

 でも……そのろくでなしの種類については、どうやら俺が思っていた以上に幅があるらしい。


 おそらくひと回り以上若いチェシーさんに、こう……アブノーマル過ぎる性癖を向ける変態。

 これが……こんなものが、フリードの紹介する宮廷魔術師らしい。こんなのが……王宮に出入りしてるの……?


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