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第二百八十五話【立ち入る】


 街はずれから歩いて向かった先は、また別の方角の街はずれだった。


 道を探りながら、何度も探知で確認しながらの道のりだったとはいえ、一時間近く歩く羽目になった。

 もしもこの辺りに入り口があるんだとしたら、どれだけ広い地下工房なんだよ。


「……あっち。あっち……だけど、行き止まり、だね。えっと……」


「あっちだね。えーと、たしかここは……こっちから道が続いてるハズ。行ってみよう」


 探知魔術のおかげで、入り口を作れそうな場所はなんとなく見つけられる。

 もっとも、まだ見つけてない以上は、見つけられるだろうと思ってるってだけなんだけど。それはよくて。


 しかしながら、入り口の座標だけがわかっても、ここはひらけた草原ではない。まっすぐに進んでここ……とは問屋が卸さないんだ。

 建物があれば迂回しなくちゃならないし、他人の敷地に勝手に入るわけにもいかないから。


 それでも、マーリンは工事の手伝いで、俺はバケットさんの商売の手伝いで、それぞれ街を歩き回った経験がある。

 王都は広いから、全部わかるとは言わないけど。それでも、ふたり合わせればそれなりの範囲をカバー出来た。


 そうして右往左往しながら辿り着いた……ここが入り口に出来そうな場所だと案内されたのは、ダミーの住所にあった家よりもさらに小さなボロ屋だった。


「まあ……なんともぼろいね。でも、いい塩梅のぼろさなのかも。あんまりひどいと、それはそれでかえって目立つし」


 倒壊寸前! みたいなボロさではない、日焼けしてコンクリートの壁がシミになってる程度の古さ。

 このちょうどいい塩梅こそが、地下工房への入り口を目立たせないためのカモフラージュ……と考えたら、さすがに誇大妄想だろうか。


 それでも、マーリンがここだと言った。言ったからには、かなりの確率でそうなんだろう。

 もう目に見えるところまで来てる以上、地下に通路を作れるって条件での探知結果だけじゃなく、魔術の痕跡も見つけたってことだろうから。


「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか」


 さて、それじゃあ門を叩こう。まあ、そんなに立派な玄関でもないけど。

 どんどん。と、ちょっとだけ強めにドアを叩いて声をかける。


 念のため……ここを隠している可能性も考慮して、名前は呼ばないでおくほうがいいだろう。

 配慮に欠ける、魔術師の常識も把握していない無礼者とか思われても困るし。


 でも……やっぱり、返事はない。


「……よくよく考えたらさ、玄関越しに物音が聞こえたくらいだから、向こうのほうにいるんじゃないかな……? だとしたら、ここで呼んでも聞こえるわけなくない……?」


 自分でやっておいてなんだけど、なかなか間抜けなことしてたかな?

 この下に広い広い地下工房があるとしたら、こんなとこから呼びかけても聞こえるわけないよね。


 でも、じゃあ……かと言って、勝手に入ってもいいものかどうか。


 十中八九ここが地下工房への入り口だとわかっていても、まだ違う可能性を否定出来ないわけだから。

 もし間違えてた場合、踏み込んでしまったら……不法侵入者として逮捕されかねない。そしたら、今までの頑張りは全部水の泡だ。


「なんとかこっちに気づいて貰う方法……うーん」


 地下にいる人間に、いったいどうやってこちらの存在をアピールしたものか。

 どれだけドアを叩いても、ご近所さんに迷惑になるばっかりだろうし……


「……ねえねえ。クリフィアでやったみたいに、目立つように大きなものを持ち上げたらどうかな?」


「クリフィアで……ああ、なるほど。あったね、そんなことも」


 魔術師の気を引こうと思ったら、奇抜で目立つ魔術を使うのが一番だ……と、あのときはそう判断してやったんだっけな。


 しかし、今回はそれも使えない。

 ものを浮かせる魔術じゃ物足りない……って話じゃなくて。


「でも、地下にいる人からは見えないよ。あのときだって、窓から外を見てる人がいたらいいなぁ……くらいの気持ちでやったんだしさ」


 不特定多数の、そのうちの誰かひとりでも気づいてくれたら……って狙いだった前回と違って、今回は地下にいるたったひとりだけに用がある。

 としたら、あのやりかたは無駄に目立つばかりで効果が薄い。だって、地下から空は見上げられないんだから。


「魔術で大きな音を出す……いや、周りに迷惑か。じゃあ……光で……これも迷惑だし、と言うか結局見て貰えるかは不確かだから……」


 じゃあ、どうしたものか。と、俺もマーリンも揃って頭を抱えてしまった。


 もしかして、ここも試練なんだろうか。

 前向きに、かつ好意的に解釈している宮廷魔術師の性格ならば、地下にいる自分に連絡する魔術を開発してみせろ……と、試しているのかもしれない。


 うん……王子からの紹介さえ無視するような社会性のない常識知らずでないのなら……そういう可能性もあるよね、程度に……


「せめて、この建物の中の様子だけでもわかったらな。ここが誰かの家じゃない……ちゃんと地下に通じてるって確証が持てたら、躊躇なく踏み込めるのに……」


 もしかしてだけど、魔術の痕跡があるんだから、魔術師なら見分けて入ってこられるだろう……とか、そんなふうに思われてるのかな。

 まあ……普通ならしない。でも、事情が見えてたら出来る。ってのは、足切りの方法としては合理的だけどさ。


「デンスケ。あのね、あのね……この場所に、あの家にあった魔術痕がいっぱいついてる……から、ここで間違いないと思うんだ」


「……だから、入ってみたい……入っても怒られなさそうだ、と?」


 辿った思考回路は違いそうだけど、どうやらマーリンも同じ結論を出したみたいだ。

 としたら……本当にそれが最適解で、かつ……許されること……なんだろうか。うーん……


「はあ……これだから魔術師は、まったくもう。しょうがない、それじゃあ入ってみよう。鍵が開いてたら、だけど」


「……? 開いてなくても、ドアなら壊せるよ。まかせてね」


 ダメだよ。壊しちゃダメだよ。そんなことしたら本当に言い訳出来なくなるでしょうが。


 いかん。やっちゃダメなことは当たり前のように避けてきたから、やっちゃダメだよって教えてもないし、ダメな理由も伝えてない。

 まさかこんなところで不良少女の道に落っこちそうになるとは。ちゃんと引っ張ってあげないと。


「ダメだよ、そんなことしたら。俺達はよくても、何も知らない人が見たらびっくりする。それに、悪いことをしてると思われちゃうからね。っと……さて、これは……」


 だからドアは壊しちゃダメだよ。なんて教えながらドアノブをひねれば、あまりにあっさりと開いてくれた。

 じゃあ……やっぱり、想像してた通りなのかな。ちゃんとここを見つけて、地下まで辿り着いたら認めてやろう……みたいな。


「おじゃましまーす……って、やっぱり誰もいないか。でも……マーリン、痕跡の多いところはどこかわかる?」


「痕跡が多いところ……えっとね……」


 そうとわかれば、もう躊躇は必要ない。


 痕跡の多いところ……魔術工房としての機能に一番近づく場所を探せば、そこがきっと出入り口だ。

 その場所をマーリンに探して貰って、さっさと行ってさっさととっちめよ……じゃなくて。早く話を聞こう。


 フリードが紹介してくれた、王宮に選ばれるほどの魔術師だ。きっとマーリンにとって、大きな出会いになるハズ。


「……ここ。ここの……あった。これを……これ? こうして……こう? じゃあ……えっと……こうかな?」


 お願いしてすぐにマーリンが見つけたものは、お皿のしまってある食器棚……だけど。

 なるほど、その下段の戸は、人が通れるくらい大きなものだ。じゃあ、この向こう側に地下通路が存在するのかも。


 少しの試行錯誤の末に、マーリンはそれの開けかたも見つけて、隠された空間へと道を繋いでくれた。

 本当にあるとは……なんか、忍者屋敷みたいだな。


「よし、行ってみよう。マーリン、気をつけてね。もしかしたら罠とかあるかも」


「あぶない……の? じゃあ……うーん。でも、フリードは行って欲しい……んだよね」


 いや、ごめん。罠は忍者屋敷に引っ張られただけ。大丈夫だから、行こう。


 ちょっとだけ狭い入り口を通り抜けて、俺達はそのまま建物の地下へと進入した。


 舗装もされてるし、明かりもある。それに通気用の穴も等間隔に並んでる。

 なんか……もろに秘密基地って感じでわくわくするぞ……っ。


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