第二百八十四話【ねじれの関係】
宮廷魔術師、ルードヴィヒ。それが、フリードが書いてくれた紹介状の宛先だった。
役所で住所を教えて貰って、俺達はその宮廷魔術師の魔術工房を訪れる。
役所のおじさんに聞いてた通り、街のはずれのさびれた場所に来ちゃって、またなんとも……こう……
「……魔術師……って感じだな。うん、これこれ。これだよ。こういうのこそ、魔術師って感じだ。ちくしょう」
嫌な思い出ばっかりよみがえる。勘弁してくれ。
その後はいい関係を築けたし、大切な友人として記憶にも刻み込んだガズーラじいさんだけど、初対面では殺されかけている。
そんなじいさんも、こんなふうに街はずれのへんぴなところに住んでた。
じいさんに言われて訪れたクリフィアも、そもそもを思えば変なところにあった街だ。
林のそばで、街と街とを繋ぐ道からちょっと外れてて。田舎で、やたらと薄暗くて。
で、そのクリフィアの外、認識不可の結界のその奥に隠れてたのが魔術翁ことマグル。
こっちにも、悪意なしで殺されかけてる。余計に性質が悪い。
大切な友人で、師匠でもあるビビアンさんも、街から離れた鉱山のふもとに工房を構えていたっけ。
いい人だった。いろんなことを教えて貰った。でも……あの人も割と変だったしなぁ……
とにもかくにも、魔術師って呼ばれる人間とのファーストコンタクトは、だいたいが悪い出来事と紐づけられてるんだよな。
そういうのがなかったのって、ボルツのオールドン先生とか、デンじいさんとか、そのくらいか。
そんなわけだから、まだ工房も見つけてないのにもう帰りたい。
フリードは知らないんだよな、悪い出会いのことは。
だから、いい思い出があるであろう魔術師との出会いを与えよう……みたいな気の利かせかたをしてる可能性がある。
ところがどっこい、出来れば魔術師とはもうかかわりたくないなと思わせるような出来事ばかりなのだ。
いや、まあ、最終的には割とみんなと仲良くなれたけど……
「……っと、ここか。ここ……か。ここか? ここ……マーリン、本当にここにいると思う?」
さて。嫌な気分もそこそこに、教えて貰った住所に到着してしまった。
でも……目の前にあるのは小さな一軒家で、ビビアンさんやデンじいさんの工房に比べて明らかに……小さい、しょぼい。
しかしながら、フリードが紹介するほどの人物だ。それに、宮廷魔術師という肩書きも持ってる。
そんな名のある魔術師が、こんな普通の家で研究なんてしてるんだろうか。
「……うーん。いる……かも。でも、ビビアンのところや、デンおじいさんのところと違って、あんまり痕跡もついてないね」
「やっぱり……か。もしかして、工房じゃなくて住むところなのかな」
そんな疑問を解決すべく頼ったのは、やっぱり魔術師であるマーリンだった。
マーリンには……と言うか、一定の知識を蓄えた魔術師には、魔術の痕跡が見える。
だから、ここが魔術師の工房なのかどうかは、彼女に見て貰えばすぐにわかるのだ。
そして、そんな魔術師の目から見たこの家は、どうやら研究用の専門施設ではなさそうだ……とのこと。
でも、その答えでむしろ納得……合点がいった。
「ここで寝泊まりしてて、研究や仕事のときは王宮に出入りしてる……王宮に工房がある、とか」
宮廷魔術師と呼ばれるものが、王宮から離れて研究してるわけないよね。
だとすれば、ここに魔術の痕跡が少ないのは必然。むしろ、そうであってくれるほうが助かる。
そうであってくれれば、少なくとも王宮から隠れてやってる研究はないってことになるからね。
もう……こう……魔術師ってやつらに対して、悪い方向で信頼が厚いんだ。
隠れられる場所があったら、絶対ろくでもないことするだろ……みたいな。
「ま、王宮に仕えてるなんてプレッシャーもあるんだ、クリフィアの頭おかしいやつらとはさすがに違うだろう。失うものもあるだろうし」
「……? クリフィア……なつかしい、ね。ここは、クリフィアとは全然違うもんね。えっと……でも、失う……?」
ああ、ごめん、こっちの話。全部の思い出をポジティブに捉えてるマーリンには関係ない話だよ。
さて、聞かれちゃうレベルの大きなひとりごとはいったんやめにして。紹介されたからにはちゃんと戸を叩こう。
フリードの顔を立てる……的な意味もあるけど、この出会いにはきっと大きな意味があると思っての紹介なんだろうからさ。
「すみません。ルードヴィヒさんのおたくでしょうか。どなたかいらっしゃいませんか」
こんこんとドアを軽く叩いてから、出来るだけはきはきと、胸を張って呼びかける。
立場は圧倒的に下とはいえ、王子からの紹介状を貰ってるんだ。あんまり背中を丸めてると、あいつの名前を汚しかねないからね。
そんなわけで、気合を入れて返事を待つ。
まあ、そんなのなくても緊張で背筋も伸びるんだけどさ。
でも……しばらく待っても、もう一回声をかけても、またもうしばらく待っても、返事はおろか、生活音さえ聞こえてこない。
「これは……留守だったのかな。うーん……フリードのことだし、今日来ることは伝えてくれてると思うんだけど……」
連絡を怠るようなやつじゃないと思う。それに、もし不在の可能性があるなら、それについてもちゃんと説明してくれたハズだ。
でも、いなかったらここへ行けとか、この時間ならいるからみたいなのも言われてない。
とすると……もしかして、話は聞いてたけど、忘れてどっか行っちゃった……とかだろうか。
いやでも、そういうことする人なら、それもやっぱり先に教えてくれそうだし……
「……いる、よ。中に、誰かいる……と思う。でも……家の、中……だよね? なのに、音が……遠い?」
「音が遠い……? でも、中に誰かいる……中から音は聞こえる、と」
とすると……もしかして、壁がめっちゃ厚い、とか。防音室みたいな作りになってるとか。
なるほど、その可能性は十分に考えられるな。
魔術の研究は秘匿されなくちゃならない。なら、日常生活の中からも機密が漏れないように気を払っても不思議はない。
そのために、生活音さえ外に漏れ出ないように気を遣ってる……とか。
「……いや。でも、いるのに返事のひとつもしない事実は動かないのか。くっ……やっぱり魔術師って……」
いろいろ考えて可能性を模索してみたけど、やっぱり居留守使うようなやつってことじゃないか……っ。
それも、王子からの紹介をぶっちしようってんだ。今までに出会った魔術師の中でも、社会性の低さは群を抜いてる可能性も……
「……音……でも、遠くて…………低い? 家があって、床が……ここ? でも、もっと……」
「音が……低い? それは、えーっと……それだけ部屋が広い、みたいな話?」
なんだっけ。水の入った試験管に息を吹きかけたとき、水の量が少ないと……響く空洞部が広いと音が低くなる、みたいな。そういう話だろうか。
でも、床の高さを気にしてる……のは、部屋の広さを計算してる……のかな? それとも、もしかして……
「……物理的に低いところから音が聞こえてる……ってこと? じゃあ、えっと……もしかして、この建物はフェイクで……」
この家の地下に、隠された魔術工房がある……ってこと?
そんなぶっとんだ可能性を尋ねれば、マーリンは目を丸くして、すごい、なんでわかったの? と、大喜びしてくれた。いや、わかったわけじゃないんだけどね。
「この家の下に、工房がある……なら、どこから入るんだろう? 音はするけど、でも……」
「魔術の痕跡はない……直接ここから出入りしてるわけじゃない、か。よし……」
登録されてる住所じゃないところから入る地下工房か、わくわくするけど違法な匂いしかしないな。
もう帰りたい。かかわりたくない。でも……フリードに紹介して貰ったからには、せめて文句のひとつは言ってから帰らないと。
座標はわかってる。あとは入り口を見つけるだけ。
幸い、マーリンがいる。マーリンなら、隠ぺいされた痕跡でも見つけられる。入り口を探し出せるハズだ。
教えて貰った家をあとにして、近くにあるかも定かではない地下工房への入り口を探し始める。
ゲームだとたまにあるイベントだけど、実際に歩き回るとなると……クソめんどくさい。
見つけたら通報してやる。完全に違法建築だろ、これ。




