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第二百八十三話【新たに示された道】


 王宮騎士団との合同演習の翌日。いつも通りに朝だけお店を開けて、それから俺達は役所へと向かっていた。

 ここから先もいつも通りなら、マーリンは工事現場へ、俺は市場へと向かうわけだけど。しかし、今日はここからが違う。


「えっと……すみません、紹介状を貰ってるんですけど。ここで見せたらいいですか?」


 フリードは言った。まだ、俺達を王宮で働かせるには時間がかかる、と。

 しかし、そのあいだにも王都を守る仕事をして欲しいと、紹介状を持たせてくれたんだ。


 その相手は……名前は書いてあるけど、俺には誰だかわからない。

 とりあえず言えることは、王子フリードリッヒの名前がなければ紹介出来ないような相手だということ。


 さらに言うと、その紹介状の真贋を証明するものまで持たされてるからな。

 疑り深い相手なのか、あるいは非常に秘匿性の高い仕事を斡旋されるのか。


「紹介状……ですか。はい、こちらで拝見させていただきます。ええと…………っ! こ、これは……申し訳ありません、しばしお待ちください」


 紹介状なわけだから、当然受け取る側もそれを知ってなくちゃ話にならない。

 そういう意味では不安があったんだけど……もしかして、当たってしまった感じだろうか……?


 紹介状を……と言うよりも、そこに記された名前を見るなり、受付のお姉さんは顔を青くして裏手にすっ飛んで行ってしまった。

 そりゃまあ、王子の名前が書いてあれば、それが本物かどうかにかかわらずビビるよね。いや、本物なんだけど。


「……ちょっと居心地悪くなっちゃったな。あいつ、こういうところなんだよ……」


 微妙に世間からズレてる……ってより、俺が絡むと評価がバグるの、なんなんだろうな。

 このくらいは当たり前、そういう対応をされるべき男だ……とかなんとか、言われてもないのにそう言ってる顔が思い浮かぶ。


 それからしばらく待たされたのちに、受付のお姉さんと、お姉さんより青い顔のおじさんが急いで戻ってきた。

 これは……あれかな。責任者かな。責任者が……正しく責任を問われる可能性に怯えてしまってるのかな……


「大変お待たせいたしました。紹介状を確認させていただきました。デンスケ様、それにマーリン様ですね。おふたりのご活躍はいつも拝見させていただいています」


 あからさまに怯えた顔で、おっかなびっくりな対応されてるんだけど……

 受付のお姉さんなんて、もうすっかり顔なじみだったのに。もう……なんか……いたたまれないよ……


 おい、フリードよ。大馬鹿王子よ。やっぱり、お前の名前は出さないほうがよかったように思えるんだ。少なくとも、この場所じゃなかったよ。

 でも、ここ以外に俺達をどこかに繋いでくれる場所はないんだ。そのことはさすがにわかってただろ。

 わかってたんだから、この紹介状を持って行く先もちゃんと紹介しておいてくれよ! おい! 馬鹿王子!


「え、えっと……ありがとうございます? それで、俺達はどこに紹介されるんでしょうか」


「ああ、申し訳ございません。すぐにご案内いたします。どうぞ、こちらへいらしてください」


 たぶん俺達よりずっと偉くてずっと頑張ってるおじさんは、ずいぶんと頭を低くして俺達を裏手の部屋へを案内してくれた。


 うーん……表じゃとても出せないような名前がこのあとも飛び出すって意味にしか受け取れない。

 本当になんてことしてくれたんだ、あの馬鹿王子……


「えっと……すみません。紹介状を貰ったのはたしかなんですけど、それが誰宛てなのか、どんなことをするのか、何もわかってなくて……」


「さようでございましたか。いえ、無理もありません。王子の紹介ともなれば、どれだけ高名な騎士でも、仔細を把握することは困難を極めるでしょう」


 いや、高名な騎士どころか、名もない流れ者でしかないんだって。

 というか、俺達がここに出入りしてたこと、そこでどんな仕事を受けてたかは知ってるでしょ。

 覚えてなくてもすぐに調べられるでしょ。というか、お姉さんは知ってるでしょ。知ってて。


 まあ、そんなところに文句をつけてもしょうがない。

 この際、誤解はされたままでいいから。このあとの不安をちょっとでも払しょくしてしまおう。そっちが優先だ。


「紹介状の宛先は、宮廷魔術師のかたとなっております。お名前を、ルードヴィヒ様、と」


「宮廷魔術師……ですか。えーっと……ああ、なるほど」


 その単語の本当の意味はちゃんとわかってないけど、フリードがしようとしてることはわかったぞ。


 王宮にも魔術師がいるとは、旅のあいだにも聞かされた話だ。

 それと同時に、その中にも並ぶ腕前のものはいないと断言したの覚えてる。マーリンの魔術を前にしたときに、キッパリと。


 王都のために戦う、働く。と、それは間違いなく必要なことで、フリードの願いでもあるだろう。

 でも、それと並行して、また別の方向からも認めて貰えるように働きかけるべきだ……ってことだろう。


 つまり、宮廷魔術師にマーリンの実力を見せて、フリード以外にも権力のある味方を増やそうって魂胆なんだ。


 あいつの力は間違いなく大きいけど、それだけで全部押し通せるわけじゃない。

 としたら、使える手札は多いに越したことはないからね。


「……って、あれ? 宮廷魔術師……? えっと、じゃあ……俺達は王宮に行く……ってことですか?」


 なるほど。と、納得したのも束の間。あれ? と、すぐに疑問が降ってきた。


 王宮には入れない……と言うより、王宮の管轄ではまだ動けないって話……だったような? いや、俺の認識違いかな?


 王宮騎士団は王様の管理下にあって、だからフリードと言えどもそう何度もねじ込めない……って話だった。

 で……じゃあ、代わりに宮廷魔術師のところへなら派遣出来る……ってのは、どういうことだろう。


 そりゃあ、こっちは管轄が違うとか、別の部署ならお試しの言い訳が使えるとか、いろいろあるのかもしれないけどさ。

 でも……本質的には、まだ認められてないから好き勝手に動かせない……ってことだろうから。

 なら、騎士団だろうが宮廷魔術師だろうが、王宮とはかかわれないんじゃないかな……って、思うんだけど。


「いえ、王宮を訪れる必要はありません。ルードヴィヒ様は街に工房を構えていらっしゃいますから、そちらを訪ねればよろしいかと」


「工房……ですか? えーっと、てことは何かの職人……副業もしてて……? あ、いや、なんか聞いたことあるような……?」


 ちゃんと説明されたっけ。されてない気がする。でも、ちょっと聞き覚えのある単語だ。たぶん、クリフィアで耳にしてる。

 魔術工房だ。詳しくは覚えてない、あるいは説明されてもないけど、ガズーラじいさんを探してるときにそんな単語を聞いた覚えがある。


 しかし……そうか。魔術師の性質は王都に来ても……それも、宮廷魔術師にまでなったとしても変わらないんだな。

 術の研究は秘匿されるべし。そして何より、他人と関わることをやたらと嫌うべし。後者はべしではないけども。


 なんにしても、そのルードヴィヒって宮廷魔術師も、その工房にこもって研究に没頭してるタイプなんだろう。経験則だけの決めつけじゃなくてね。

 そういう人物なら、王宮とも繋がりが薄いかなって。なら、関わっても文句言われないかなって、そう判断した可能性があるから。


「地図をお持ちいたします、もう少々お待ちください。ルードヴィヒ様の工房は、この王都でも僻地に建てられていますから。大雑把な道案内では苦労なさるでしょう」


「あはは……ありがとうございます。そっか……うん。そこまで予想通りだと、逆に不安になってきた……」


 どうしよう。今までさ、魔術師ってだいたいロクでもないやつばっかりだったんだよね。

 それも、能力が高ければ高いだけ、高名であればあるだけ、そういうやつばっかだったんだ。


 思い出されるのは、命の危険にさらされた三度の事件の光景。

 まだ……まだ、望みはある。ビビアンさんかデンじいさんの路線であってくれ……っ。確率的には三十パーセントくらいのほう引いてくれ……


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