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第二百七十二話【英雄の足休め】


 英雄だなんだと呼ばれるようになった俺達だけど、かといってすることが格段に変わったわけではない。

 騎士団や憲兵隊に協力する形でしか魔獣の討伐は認められないし、それがない日は役所で仕事を探さなくちゃならない。

 これまたなんとも庶民派な英雄になってしまったものだ。


 でも、することが変わっていなくても、周りの扱いはちゃんと変わっている。


 最初から高い期待を寄せられるし、活躍を前提として報酬の提示を受けることもしばしば。

 これを重たいと思ってしまうか、はたまたモチベーションに出来るか。

 目標にまだ手が届かない今が、一番気合を入れないといけない時期なのかも。


「さてと。それで、久しぶりに呼び出されたと思ったら、こんなとこでなんなんですか、バケットさん」


「ぐっへっへ。そう嫌な顔ばっかすんなよ。せっかくいいとこ連れてってやろうってのに」


 一番気合を入れなくちゃならなくて、遊んでる場合じゃないタイミングで、遊び呆けている人から誘いを受けてしまった。どうしてこんなときに。


 ことは、昨日お店を畳んだあと、翌日の食材を仕入れるために市場へ下見にやって来たときのこと。

 嫌な偶然もあったもので、久しぶりにバケットさんと出くわしてしまったのだ。


 マーリンの魔術によって、見世物としての側面を強く持った朝食屋さんを出す。それが、俺からバケットさんへ提示した答えだった。

 それが示したもの……俺が思う俺の才能について、そしてその使い道について、バケットさんは深く納得してくれた。


 だから……じゃないんだけどさ。あれ以来、バケットさんとはほとんど会ってなかった。

 市場にはお互い用事があるから、遠目に存在を確認するくらいのことはあったけど。でも、わざわざ話をすることもそうなかったんだ。


 嫌いになったわけじゃない。関わりたくないわけでもない。

 ただ、俺には俺のやるべきことがあって、その道は商人ではないから。だから、自ずと疎遠になってしまっていた。


 そんなバケットさんが、昨日は珍しく俺に声をかけたんだ。明日……つまりは今日、営業後に顔を貸せ、と。


「……まさかとは思いますけど、奢りの約束を果たさせに来た……なんて話じゃないでしょうね。いや、それも筋は通ってるけど」


「ぐっはっは。お前は本当に頭が固いやつだな。そんなんだと、今の店も長続きしないんじゃねえか」


 ぐっ。ちゃんと痛いところを突く。

 今やってる朝食専門レストラン。正直なところ、色物としての特性が強過ぎて、飽きられたらそこで終わり感はひしひしと感じてるところだ。


 もちろん、飽きさせない工夫も、工夫じゃない部分での手段も備えてはいる。

 そもそも、マーリンの凄技を披露する場でもあるから。単純に、マーリンが有名になればなるだけ繁盛するシステムでもあるからね。


 しかし……全部マーリンに頼りっきりで、結局俺が貢献出来てない。潰れるとしたら、俺の未熟が原因になるだろうなぁ……とは思ってるので。

 そこを刺されるとちゃんと痛いし、ちゃんとつらい。やめて。


「まあそう身構えるなや。安心しろって。今まで俺がお前にしてやったことで、悪いことがひとつでもあったか?」


「…………くっ。そう……なんですよね。そうなんですよ……」


 商売について教えてくれたり、友達……もとい人脈を紹介してくれたり、はっぱかけてくれたり。

 うさんくさいし悪人顔だし、なんかちょっと関わりたくない雰囲気出してるけど、基本的には俺に利のあることしかされてないんだよな。


「ぐっはっは。まあ黙ってついて来い。ああ、いや。どうせだ、店の話でもしてくれや。ずいぶんと景気がいいらしいじゃねえか」


「ええ、おかげさまで。バケットさんに習ったこと、本当にひとつの無駄もなく活きてますよ」


 そりゃよかったな、感謝しろよ。ぐっはっは。と、ゲラゲラ笑う姿の、どうにも感謝したくなさたるや。

 いや、この人は恩人で間違いないんだ。少なくとも、出会わなかったらきっとまだくすぶってた、チャンスに巡り合わなかっただろうから。


 でも……どうしてこう悪者っぽい振る舞いをするんだろうな。そのせいで恩を感じにくいと言うか、感じてもなんか……釈然としないと言うか……


 悪友バケットさんに連れられてやって来たのは、なんとなく予想通り、ミスターさんの店……こと、試食会場だった。

 あいかわらず看板は出してないし、お客を迎え入れるつもりもない。あくまでも不審者が集まるだけの場所だ。


「……まあ、これはこれで心地いいんですよね、ここの人にとっては。ならいっそ、会員制の店にしちゃえばいいのに」


「お? そりゃおもしれえ話だな。形だけでも店の気分ってか」


 形だけ……そう、形だけになっちゃうよね、やっぱり。


 ミスターさんをはじめ、この店に集まるのは、生活に不自由することのない金持ちばかり。

 だから、代金を支払えと言われても困らないし、逆に支払われなくても困らない。

 現状では、各々が食材や酒類、あるいは嗜好品やインテリアなんかを持ち込んで、店を作る手伝いをお代にしている節がある。


 まあ……なんだ。つまるところ、代金を介在させたところで、今の形は変わらないんだろうな、と。


「やあやあ、デンスケ君。久しぶりだね、元気だったかい。いや、元気だっただろうとも。君の噂は聞いてるよ。いやぁ、まさか先を越されるとはね」


「あ、あはは……それ、笑い話で平気ですか……?」


 耳が痛いね。と、笑いながら返してくれた辺りからも、やっぱり本気で店を成功させようって気概はないんだろうな、と。

 店を持ってみたいだけ。あるいは、店主だとかマスターなんて肩書きに憧れがあった……なんて動機だったりするのかもね。


「しかし、それにしてもいい日に来てくれたね。今日は特別な日なんだよ。本当なら、この日はちゃんとお店として、そのうえで貸し切りでお祝いしたかったんだけどね」


「……? えっと、何かあるんですか? バケットさんからは何も聞いてないですけど」


 ああ? 言っただろうがよ。と、文句を言われてしまったけど、何も説明は受けていませんが?

 いつも通りに悪者笑いしながら、世間話だけしてここまで連れて来られただけなんだけど。


「言っただろうがよ、いいとこ連れてってやるって。ったく、話聞いてねえやつだな」


「……まあ、言いましたね、それは。それは……それで説明が完了してると思ってるなら、今までそれなりに尊敬出来そうだと思ってた指導能力も疑わせて貰いますからね!」


 これっぽっちも伝わんねえよ、そんなんじゃ。説明責任を果たせ、説明責任を。


 しかし、この男をこれ以上詰めたとて意味はない。どうせふてくされたり、逆にふんぞり返ったりして、肝心の部分は話してくれないに決まってる。

 となれば……話を聞く相手はただひとり。まだマシなほうことミスターさんだ。


「ふふふ、聞いて驚かないでくれたまえ。ああ、えっとね。そんなに大きな話でもないから、必要以上に期待もしないで欲しいんだ」


「……なんでそう期待を萎ませるんですか。大丈夫ですよ、それなり程度の話でもちゃんと驚きますって……」


 気を遣って驚いたふりをするとかじゃなくて。

 普通じゃなければ普通に驚くし、普通のことならそれはそれで驚きだからね。まともな感性あったんだ、ここの人達、って。


「……ごほん。実はね……」


「…………っ。え? え? そ、それ、本当ですか? それは……それはマジで驚くやつ……」


 驚くし、期待してたらちょっとがっかりしてたかもしれないやつだ……と、さっきのミスターさんの予防線に納得してしまった。


 しかしながら、そんな話を聞いてしまったからには、一緒に盛り上げないわけにはいかない。

 なんだかんだでお世話になった人達だし、俺も俺でここは居心地が悪くなかったからね。


 そんなわけで、まだ日も高いうちからミスターの店でサプライズの準備を進める。

 なんのサプライズかって? それは……始まってからのお楽しみだ。


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