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第二十三話【聞きたくなかった言葉】



 ドロシーを人のいる街へと連れて行く。いや、ドロシーと一緒に街で暮らす。掲げた目標は、それがどれだけ険しいかもまだわからないもの。けど、挑戦しなくちゃならないものだ。


 たったひとりで村のすぐそばまで辿り着くと、どうしようもないような心細さを覚える。初めてここへ来たときもひとりだったのに、ここのところはずっと一緒にいたから……


「大丈夫。ここでならやっていけそうだって、帰ってそう報告するだけ。それで、明日からはちゃんと屋根の下で一緒に暮らすんだ」


 大丈夫。大丈夫。と、何回も繰り返す。自分に言い聞かせるために。


 大丈夫……なんだ。そう、これはどちらに転んでも大丈夫な賭け。賭けにもなってない、安全策なんだから。


 大丈夫そうなら、何ごともなく一緒に村で暮らす。それが一番の理想。明日からでも住ませてくださいって、それが通っちゃったらもう最高なんだ。


 で、反対にダメだった場合……魔女ドロシーの存在が知られてて、翼や髪色みたいなすぐわかる印象だけじゃなく、顔や声まで覚えられてたなら。

 その場合は、この村にはもう近付けない。また遠くの街へと歩くハメになる。


「……なる、だけだ」


 ダメだったとしても、それで何が変わるわけじゃない。これまで通り、ドロシーは理想を頭のどこかに浮かべながら、俺とふたりきりの生活を楽しんでくれるだろう。


 すぐに夢が叶わないだけ。すぐに楽が出来ないだけ。今すぐを求めてるわけじゃないこの一歩目は、ノーリスクでそれなりのリターンを望める、そういうチャレンジなんだ。


 そうなれば、多少の失敗は恐れる必要もない。

 服装は完全に不審者だし、この世界の常識は相変わらず皆無だし、もしかしたら人種的にもまったく見慣れない顔してるかもしれないけど、失敗しても平気だから平気! あれ……思ったより成功率高くなさそうだな……


「……よし。お邪魔しまーす」


 獣避けなのだろう柵の切れ目を縫って、挨拶をしながら村へと入る。うん……この段階では挨拶いらなかったかもしれない。


 ひとまず、人を探すところからだ。そこで今度こそ挨拶をして、事情を…………適当に誤魔化して、魔女の存在について探りを入れる。確かめるんだ、ここで暮らしていけるかを。


「……あっ。こんにちわ。すみません、ちょっといいですか」


 しばらくも歩かないうちに、大きな葉っぱの並んだ畑で作業をする男の人を見つけた。これは何を育ててるんだろう。そういう話題から打ち解けたり出来ないかな。


「…………こりゃあ……どうなさったんですか、そんなお姿で。もしや、野盗に襲われましたでしょうか。なんとおいたわしい……」


「えっ……えっと、そう……そうなんですよ。荷物を持っていかれて、文字通り身ぐるみまで剥がれてしまって」


 なんと、そうでしたか。と、男は気の毒そうに眉をひそめ、どうにも低い姿勢でこちらに近付いてきた。

 そして……あろうことか、よろしければお着換えなさってください。と、家へ案内してくれると言い出したではないか。


「いえ、初対面でそこまでして貰うわけにはいきません。ありがとうございます、気を使っていただいて」


 あろうことか。そう、あろうことか、なのだ。

 この世界がどれだけセキュリティについて遅れていたとしても、村で見たこともない顔の浮浪者をいきなり家に招くなんてありえない。だって、それこそ盗人の可能性が高いんだから。


 そういうわけで、いきなり面食らってしまった俺をじっと見ながら、男はやはり低姿勢で……腰が悪いとか、足が悪くて杖を突いているとかではなく、どうにもへりくだった態度で接してくれる。それが……どうにも不審で……


「……何かあったんですか? それこそ、この近くに盗賊が拠点を作ってしまった……とか。それに悩まされてるとか」


 ここがめちゃくちゃ回りくどい嫌味を言う文化圏なのでなければ、この反応は不自然過ぎる。となれば、その裏には事情が隠れてるハズだ。


 まず考えられるのは、俺の今のこの姿に思い当たる節がある説。それこそ、さっきこの人の口から飛び出したように、野盗に襲われた……襲われる可能性が高いと知っていた……とか。


「いえいえ、我々の知る範囲では、そのような被害は出ていません。ですので……なおのこと、なんと悪いめぐりあわせがあったものか、と」


「……そう、ですか。いえ、安全ならそれに越したこともないですから。よかったです」


 けれど、男の反応はその説を否定する。ここのところ盗賊被害が続いていて、だから同じように……と、そう考えたわけではないらしい。


 じゃあ……次に考えられる可能性は……それこそ、この村が盗賊団のアジトである説……だけど……


 それも、正直どうだろうかと思ってしまう。

 こんな子供の感性、推理力なんてたかが知れてる。それでも、さっきのこの人の受け答えに、ぎくしゃくしたところや悪意みたいなものはなかった……と、思う。


 ならなんだろう。どうしてこの人は、俺に対して……ろくに服も着ていない、見ず知らずの人間相手に、ここまでへりくだって…………あっ、もしかして。


「……ああ、そういうことか」


 今の俺の服装が……この不審者然とした姿こそが答え、か。


 今の俺は、ドロシーに作って貰った薄黄色のワンピースと、暗い色のローブを身に纏っている。纏っている……けど。


 スカートなんて履いてたら、そりゃ……ねえ。下半身が心もとなくてしょうがないから、もう一枚巻いてたんだ。この世界に来て最初に手に入れた衣服を。


 そう。俺が腰布として巻いているのは、フリードリッヒと呼ばれていた、いかにも高貴そうな王子様に恵んで貰った上着なんだ。


「すみません。その……着替えを準備していただく必要はないんですけど、ちょっとだけ話を聞かせて貰えませんか。このあたりの事情を少し詳しく知りたくて」


「ここらの事情……でございますか。私などでよろしければ」


 比較出来るものがドロシーの服しかなかったから、今まではあんまり気にしてなかったけど。よく見比べるまでもなく、この人が来てる服とこの上着との間には、素材や縫製技術、装飾など、あらゆる部分において大きな差がある。

 それを見て、この人は俺を貴族か何かだと判断したんだ。文字通り、盗賊に狙われるほどの金持ちだ、と。


 この状況を利用しない手はない。だますようで申し訳ないけど、ものごとが円滑に進むならそれに越したことはないんだ。


 ただ……一応、もしかしたらここで暮らすことになるかもしれないから。立場を意図的に偽ったり、傲慢な態度を取ったりはしない。

 あとで事情を……王子様に助けて貰ったんだって説明をして、誤解を解く余地を残しておきたいから。


 そんな子悪党の悪だくみを知ってか知らずか、男は俺を家まで案内してくれる。うーん……いや、家に上がり込むのはちょっと気が引けるな。あとで来たときにも気まずいだろうし。


「すみません、ここで大丈夫です。仕事の邪魔をするつもりはありません、すぐに済む話ですから」


「そうでございましたか。気が利かず、申し訳ありません」


 いえいえ、気が利かないのはこっちなんで……って、あんまりやり過ぎると貴族じゃないかもって疑われるかな……? ちょっと罪悪感あるけど……このままやり過ごそう。


「……ええと。単刀直入に聞きます。この村で、魔女……の目撃情報はありませんでしたか」


 さて、本題だ。本当に誤解も誤解なんだけど、この状況なら回りくどいことは必要ないから今だけありがたい。


 魔女の目撃情報はありませんでしたか。なんて質問を、ただの浮浪者がしたらそれはもう白い目で見られただろう。けれど、今に限ってはこれが最良。


 立場のありそうな人が、何か意味深な質問をしてきた。となれば、反応はふたつ。ひとつは、本当にそれを知らないから、知らないと素直に答えるだけ。そしてもうひとつは……


「……もしや、あの魔女を討伐にやってこられたのでしょうか……っ! ああ……ああ、なんと。このような場所まで、なんと慈悲深いお方か……」


……っ。少しだけ……ある程度予想はしてたけど、少しだけ腹の奥が熱くなった。やっぱり……って、頭の奥のほうで声が聞こえた気もする。


 もうひとつの反応は、目の前で見せられた通りのもの。

 魔女というものを知っていて、それを……悪いものだと思っているのなら、そして迫害されるべきものと断じているのなら、成敗のためにやってきたのだと勘違いする。

 嫌な可能性の、またさらに嫌な可能性のほうを引き当ててしまった。


「……詳しく説明して貰えますか。聞いた話でしか知らないものですから」


「ええ、ええ。ああ、ようやく私どもも心穏やかに過ごせる日が来ます。どれだけ感謝してもしきれません。どうか、あの悪しき魔女に断罪を」


 せめて……せめて、悪と断じてさえいなければ……って、それは甘い考えだったのかな。でも……ドロシーと一緒に過ごして、あんな姿を見せられたら……っ。


 男は膝を突いて、歓喜に肩を震わせながら、しかし目には涙を浮かべながら語ってくれた。彼が見た……いや。この村の人間から見えた、魔女ドロシーの姿についてを。

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