第二百五十一話【出立のとき】
この国の名はユーザントリア。その首都の名はユーゼシティア。
国土の大半を戦争によって勝ち取った軍事国家で、その歴史はまだ浅い。
浅いながらに、他国との競争に勝ち続けた、力のある国。
軍事国家としての側面は、今の国王になってから強まったもの。
より正しくは、軍事的侵略によって国を奪い取ったものこそが、現国王――アンドロフ=ハイン=ユゼウス。
俺達の仲間である、フリードリッヒの父。
そのことを悪と唱える人物は少なくない。しかし反対に、そのことを善と唱える人物もまた少なくない。
勝てば官軍なんて言葉もさることながら、かの王は治世が“上手かった”のだろう。
民に不満を持たせない。もとよりの国民にも、侵略した土地の民にも、圧政による不満を抱かせなかった。
それでもかの王は、暴君であると言わざるを得ないだけの所業を行っていた。
暴君でありながらも、支持されるにふさわしい人物だと認められていた。
そんな主君を掲げた国は、今は戦争による国土拡大の手を休めている。そうせざるを得ない状況に陥っている、とも。
魔獣――どこからともなく現れた、名実ともに人類の仇に相当する存在。
こんな敵が国の内側にも外側にも現れた以上は、人間同士で争っている余裕はない。今の段階では。
ゆえに王は、魔獣の掃討を急いだ。魔獣の退治に力を入れた。
他国よりも先んじて回復するために。他国が疲弊するさなかに攻め入るために。
そんな目的があろうがなかろうが、それは民衆の知ることではない。
ゆえに、王は支持を得た。
民を守るために、外ではなく内に目を向け、魔獣を倒す軍隊を強化、派遣する、国民の盾になってくれる王である、と。
これが、フリードから聞かされた、この国と、この国の王についての話。
あくまでも、王子フリードリッヒから、黄金騎士フリードから見た認識についての説明だ。
そんな話を、今どうして聞かされたのか。その答えは、単純で、当たり前のものだ。
「――それでは、ここで一度お別れだ。その瞬間を並んで迎えられるよう、こちらも務めを果たす。また、もう一度会おう」
「おう。また、な。そのときはきっと、お前のくれた余計な名前にふさわしい男になっとくよ」
外殻の王都へ到着したのが、今から二十日前。そこから中心部へと進み、いくつもの王都を目の当たりにして十数日。
そして今日。俺達はついに、本来の意味での王都へ――王都ユーゼシティアへと辿り着いた。
辿り着いて、そして……そこで、フリードとの別れを迎えた。
「……フリード、行っちゃう……ね。また……今度も、また会える……よね?」
「うん、そこは大丈夫。また会うよ。約束もしたし、してなくてもそのつもりだからね。だから、ボルツのときよりもっと大丈夫」
旅人フリードの存在は、この街では認められない。そんなことは、一緒に旅をし始めたころからずっとわかってたつもりだ。
フリードはそもそも、王子として国に生まれ、王子としてこの街で働いて、王子として大勢に認められてきたんだ。
そんなフリードリッヒ王子が、この街に帰ってからもふらふらと遊んでいられるわけがない。
それが許されるような状況じゃないことは、一緒に戦った俺がわかってなくちゃいけないことだ。
で……それについては、義務であると、責任であると、本人も自覚してたことだからさ。
街に着くなり、ここが首都ユーゼシティアだと説明してくれて、そして……一足先に王宮へ戻らなくちゃならないことも打ち明けてくれた。
言われなきゃわからないようなことじゃないけど、ちゃんと言葉にしてくれたんだ。
で、その一環として、この国について、国の現状について。それから、俺達がこれからすべきことについて、説明してくれた。
もう一度、肩を並べて戦う日を迎える。そのために必要なことを、全部。
「……さてと。それじゃ、さっそくだけど……」
俺の名前は、デンスケだ。でも、それは今の段階での話。
冒険者。勇者。それが、自分で決めた、そしてフリードに背負わされた、これから名乗らなくちゃいけない名前。呼ばれなくちゃならない肩書だ。
そしてそれは、間違ってもフリードの――王子の推薦で手に入るものじゃない。
俺はその肩書きを、自分の力で、活躍で、勝ち取らなくちゃならない。
そのためには、国に有益だと認めさせなくちゃならないわけだけど。
でも、その方法、手段については、教えられたし、教えられなくても知っている。
「マーリン、がんばろう。いや、がんばるのは俺なんだけど。でも、一緒にがんばろう。がんばって、そばで支えてて欲しい」
「うん、がんばるよ。まかせてね」
ふん。と、鼻息を荒げるマーリンには、もうさみしそうな様子は見られない。
フリードとのお別れはこれが初めてじゃないからね。きっとまた会えると、前向きに受け止められるんだろう。
マーリンが元気なら、だいたいのことはなんとか出来る。少なくとも、今すべきことに限ったら。
そんなわけで、俺達は今までと同じように役場へと……今までに行ったような小さなお役所なんかじゃない、もっともっと大きくて、威圧感のある建物へと向かった。
目的はひとつ。俺の、マーリンの、力を示すために。
「こんにちはー……って、挨拶も届かないね、これじゃ。ひぃ……なんか、もう緊張してきた」
訪れたのは、王宮をすぐそばに見上げる役場だった。
そこは国の騎士団も仕事を受けるような場所らしくて、今までお世話になったのどかな街の役所とは醸す空気から違う。
建物に入って挨拶をしようにも、そもそも受付が遠くて、人がごった返してて。
もう……なんと言うか、駅のほうの大きい銀行がこんな感じだった気がするんですなぁ。
「この辺は聞いてた通りだな。はあ……気圧されるな、しっかりしろ。すべきことはわかってる。ここまで導いて貰っといて、何を怖気づいてんだ」
フリードの威光を借りていきなり認められるわけじゃない。フリードの推薦でものごとが優位に進むわけでもない。
でも、進むべき方向は示して貰った。なら、フリードの名前に恥じない行いをすべきだ。肩を並べる仲間で、友達なんだから。
腹をくくって、俺もほかの大勢と同じように受付へと向かった。
どっちを向いても屈強な男ばっかりで、場違いな気もしてしまう。
でも、身長の話なら俺だって負けてない。と言うか、結構高いほうだからな。
大丈夫。負けてない。身体的にも、精神的にも、それに……志も、誰にも負けてない自信はある。
そういう男だって、やたらめったらと言われてきたからな。フリードのやつ、このときのためにやたら持ち上げてたのかな……
そうして受付で名前を登録すれば、あとは自分で仕事を選んで、ちょっとした面接を受けて、弾かれなければ現場へ行くだけ。
規模感はかなり変わったけど、やることは基本的に一緒だ……って、事前に教えて貰ってたおかげで、なんとかスムーズに話が進んだよ。
これから俺達は、この大きな街で、フリードの力を借りずに、あいつと同じ場所にまで登り詰めなくちゃならない。
なかなか険し過ぎる道のりな気もするけど、不思議と出来ないとは思わなかった。




