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第二十二話【一歩、強行】



 ドロシーには確かに願望がある。

 友達が欲しい、ひとりぼっちになりたくない。その願望は、ひとまず叶えられてはいる。俺を召喚することで、最低限の夢を叶えたんだ


 でも、それで全部じゃない。全部であっていいわけがない。


 彼女はずっと焦がれていたんだ。街を見て、村を見て、そこに住む人々を見て、それに憧れたんだ。


 そして……今、こうして俺とふたりで暮らしてるのは、あくまでもそれらの模倣に過ぎない。


「……ドロシー。深呼吸して。それで、もう一回よく聞いて」


 彼女の願望は、友達が欲しい、ひとりぼっちになりたくない。なんて、そんな小さなものじゃない。


 憧れていた場所に行きたい。ずっと求めていたものを、けれど手に入らなかったものを手に入れたい。だからこそ、拒まれても交流を求めたんだ。


 俺がいる。たったひとりの友達がいる。やっとそれが手に入った。今のドロシーは、本来の夢や願望を忘れて、小さな達成感だけで満足してしまってる。これは、当事者である俺が見過ごしていいことじゃない。


 いつかじゃない。今だ。やっと友達が出来た――俺が友達になってあげられた、この瞬間が、一歩を踏み出すチャンスなんだ。


「――俺が村の様子を見てくる。ドロシーが受け入れて貰えるか……俺達が一緒に暮らせる場所かどうか、確かめてくるよ」


 二度目の説明に、ドロシーは肩を跳ねさせた。


 怖いんだ。過去の経験が、幾度となく積み上げた失敗が、彼女の足を震えさせるんだ。


 拒まれる。嫌われる。受け入れてなんて貰えない。それでも……諦められなくて、こんなに怯えなくちゃならなくなるまで繰り返した。その情熱を、たったひとりの友達程度で満足させちゃいけない。


 俺がここで立ち止まれば――ふたりきりでいることに満足させてしまえば、これまでの彼女の苦しみを無意味なものにしてしまう。


 小さな満足は、いつか彼女が大きなものを求めたときに、厄介な足かせになるだろう。それだけは、絶対にダメだ。


 ドロシーはずっと俺を見つめたままで、首を縦にも横にも振らず、ずっと躊躇してしまっていた。

 そうだ。彼女は今、躊躇している。あくまでもそれは、躊躇なんだ。諦めてなんていない。まだ、ドロシーは……


「……大丈夫、ちゃんと帰ってくるよ。今日のうちに帰ってくる。ほら、あれだよ。ドロシーだって、女の子だから。もっとおしゃれしていいんだ。だから、流行りの服とか、見てくるだけだよ」


 まだ、彼女は一歩を踏み出せない。俺が来るたった一日前まで出来たであろうことが、今は出来ない。


 帰ってくるよと、ひとりぼっちに戻るわけじゃないと説得しても、彼女にはそれを信じることが……ううん、違う。それを想像することさえ出来ないんだろう。


 ずっとそうだったから。ずっといたその場所に戻るんだって、そう思い込んでしまってる。


「……ドロシー」


 でも、拒むことも出来ない。だってドロシーは、嫌われたくないんだ。


 もう何日もずっと一緒にいるのに、彼女は俺に一切のわがままを言わない。俺に従わないことさえ、ほんの一瞬すらなかったんだ。


 置いて行かれたくない。ひとりぼっちになりたくない。


 嫌われたくない。拒まれたくない。


 どっちも本音だから、ドロシーは動けなくなってしまってる。わかったとも、嫌だとも言えないで。


「大丈夫だよ。すぐに戻るから。役割分担も、一緒に暮らすなら大切なことだから。俺はドロシーに、晩ご飯の支度を任せるだけ。代わりに、俺は村で流行りものを調べてくるから」


「……っ。デンスケ……」


 ぽんぽんと頭を撫でて、何度も、何度でも、優しく名前を呼ぶ。提案以外に俺から出来ることは、それくらいしかないから。


 今にも泣きそうな顔だったけど、ドロシーはしばらくしたあとに首を縦に振った。これが当たり前、普通のこと。みんながやってること。そう思って、そうなろうとしてくれてるんだろう。


 だましてる……つもりはないけど、罪悪感は湧いてくる。彼女の非常識を突いてしか、背中を押してあげられないなんて。


「よし、そうと決まれば……だ。ここに戻ってくるから、ご飯の準備が出来たら待ってて欲しい。待ちきれなかったら……せっかくだから、ドロシーもまだ行ったことのないところを探してみて欲しい。明日はそこへ行こう」


 わしわしとちょっとだけ乱暴に頭を撫でて、それから……後ろ髪も後頭部の皮膚も引き千切られる思いで、俺はひとりで村へと歩き出し……


「……ドロシー?」


 歩き出したところで、ドロシーに手を掴まれた。やっぱり……まだ、ひとりでお留守番は……


「……案内、する……よ。デンスケは、村までどう行くか……知らない……と思う、から……」


「…………おぉう、盲点。そうでしたな」


 危ない。遭難するとこだった。


 そうだった、ここは森の中。かっこ付けてみたものの、俺はドロシーなしでは勝手な行動すら出来ないんだ。なんて……なんて締まらない……


「わっはは。ほら、やっぱり大丈夫だよ。俺はドロシーがいないとろくに生活も出来ないんだから。たとえ迷子になっても、遭難しても、どうなったとしてもここへ戻ってくるしかないんだ」


 ありがとう。と、手を握り返すと、ドロシーはちょっとだけ……やっと、少しだけ笑顔を見せてくれた。手を繋ぐと、安心するのかな。




 そして、ドロシーに案内され、俺は森を抜けて村へ向かう……道の、その目前までやってきた。ここまで来れば、村へ行くだけなら迷わないだろう。


「……じゃあ、ここで。ドロシーはまだ見つかるわけにはいかないからな。こんなにかわいい子がいると知れたら、村の男どもがわらわらと寄って来ちゃいますぞ。そんなの、許せませんな。ドロシーたそは拙者の嫁ですぞ」


「……デンスケ。待ってる……からね」


 冗談を言ってもなごみはしない……か。まあ、冗談なんてものを理解出来てもいないのだろうけど。


 やっぱり不安そうなドロシーの手を最後に強くぎゅっと握って、そして……まだ弱々しく握られたその手を放して、俺は村へ向かう道へと踏み出した。


 振り返れば……たぶん、まだ彼女はこちらを見ているだろう。そんな姿を見たら、もしかすると決意が鈍ってしまうかもしれない。悲しい思いを、たったひとときでもさせたくない……って。


 だから、背中を向けたまま手を振ることにした。それで通じるかもわからないけど、そうするしかなかったから。


「……さて。理想は……この村が、魔女ドロシーなんて知らない……って展開だけど……」


 ここの寝床は人里が近過ぎて、見つかる可能性が高いから使わなくなった。ドロシーはそう言ってた。なら……すでに遭遇済み……と、そう考えるべきか。


 彼女が拒絶された……忌避された、迫害された理由は、その姿の異様さが主な理由だろう。あるいは、魔術を使ってるところを見られれば、恐れられた可能性もある。


 確かめるべきは、それがどの程度のものか……だ。姿を見られていたとしても、翼だけで怯えていたなら……うん。今のドロシーなら、問題なく受け入れて貰えるハズだ。


 まだ背中に引力を感じるぶんだけ、やる気も満ち満ちてくる気がする。俺の立ち回り、頑張り次第で、ドロシーは本当の願いを叶えられる。

 そう思えば、もう一回全裸で街を走り回ることだって…………それはマイナスにしかならないか……




 また、ひとりぼっちになった。ううん、違う。ひとりぼっちになったわけじゃない。また、あのころに戻ったわけじゃ……


「……デンスケは……違う……」


 怖い。寂しい。でも……今は、ちょっとだけ違う。


 もう、翼はない。髪の色も、ない。デンスケがそうしたらいいって……そうすれば、人間になれるって教えてくれたから。

 だから、今は……ちょっとだけ、出来損ないの魔女じゃない。


 デンスケは言ってくれた。絶対に戻ってくる、って。優しい声で、約束をしてくれたんだ。ずっと見てた、お母さんが子供にするもの。守ってくれる人が、僕にも出来たんだ。


 怖くない。寂しくない。つらくない。だって、ちょっとだけ違うんだ。


「……約束……ご飯……」


 怖くない。怖くない。怖くない、怖くない、怖くない。


 ひとりぼっちじゃない。デンスケは戻ってくる。だから、約束を……ご飯を用意しなくちゃ。


「……っ。デンスケ……さみしい……よ……」


 怖くない……怖くない……さみしくて……怖い……っ。


 早く……早く、約束を果たさなくちゃ。そうすれば、デンスケは戻ってきてくれる。だから……

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