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第二百三十九話【文明の足音】


 領主の催す街の祝祭に参加する。貴族との縁を繋ぐ。ただ人に知られるんじゃなく、正しい意味で公的に認められる。

 それが、ネボントリアで成したこと。フリードが準備してくれた、俺達に必要なステップのいくつか。


 冒険者なんて名乗って、目に見えて派手な活躍をして、みんなに希望を与えて。

 それで、そんな姿に誰かが憧れてくれたら。憧れて、同じように誰かを守ろうと思ってくれたら、立ち上がってくれたら。

 そんな俺の願望は、いつしか本格的に実現を控えたものになりつつある。そう実感する滞在になった。


 ネボントリアでは魔獣を倒したわけじゃない。マーリンの魔術も、一部の人にしか披露してない。

 それでも、今までで一番前進したような達成感があるあたりに、やっぱりフリードは偉大だなぁ……なんてことを思ったり、思わなかったり。


 そして……思い出もいくつか出来たネボントリアを出発した俺達は、またいくつかの街や村を渡り歩いて……


「……うおお……おお? な、なんだこれ……」


「川……なの? それとも湖かな? 飛び込んだら……あぶない?」


 目の前には、大穴があった。

 道を横切るように流れる川の、そのど真ん中に、まるでガンダ△にドリルで掘らせたみたいな大きな縦穴が空いていた。


 川の水はその穴へと流れ込んでいて、遠目からでも空が白く濁るくらい激しく水しぶきを噴き上げているらしい。

 らしい……とは、その底が目では見えないから、そうなっているんだろう……という、推測の域を出ないという意味。


 いくつも街を渡り歩いて、やっと辿り着いたこの街で、俺達はそんな途方もない光景に出迎えられていた。


「ふふ、久しぶりに新鮮なリアクションを見られたな。ここのところ、何ごともない平和が続き過ぎていた。やはり、旅にはいくらかの刺激が必要なようだ」


「いやいや、何ごともないならそれが一番なんだけどな。まあ……刺激的な体験って意味では、ネボントリア以降はほとんどなかったけど」


 そういう言いかたすると、お世話になった街に失礼だから。あんまり言わすな。


 でも、この光景にはさすがに度肝を抜かれた気分だ。

 これは……きっと滝なんだろうけど、それを下からや遠目から見るんじゃなく、至近距離で上から眺める機会なんてそうそうないもんだから。


「これはいったい何があってこうなったんだろうな。川の流れで削られて、ここまで滝口が後退してきた……んだったらわかるんだけど……」


 でも、目の前には大穴がある。そう、穴が空いているんだ。


 普通の滝だったら、地面の終わりで水が落下するだろう。でも、ここは違う。

 大きな大きな穴が空いていて、そこに水が流れ込んでいて。なのに、その先にまだ地面が続いている。こんな光景があり得るんだろうか。


「なんでもここは、ずっと昔に地盤が崩落したらしくてな。今の国が出来るよりもはるかに昔のことだ。そのころには、まだ小さな穴だったらしいのだが……」


 雨や風にさらされて、ゆっくりと削り取られて。いつしか雨水が溝を作るようになって。

 長い長い月日を経て、その溝が離れた河川と繋がって。川の水が来るようになってからは、一気に穴も大きくなって。


 そんなフリードの説明を聞いても、これっぽっちもイメージが湧かない。

 それだけ規格外で、何より……今までに写真や映像ですら見たことのないものだった。


「もっとも、それがすべて自然によるものかは定かではないがな。川の水を集落へと引くに際して、偶然この場所に繋がってしまった……とする説もある」


「歴史的に古いものだけど、だからこそちゃんとした資料は残ってない……ってことか。そりゃまたなんとも」


 ナスカの地上絵とか、モアイ像だとか、古代文明的なものの匂いがしますなぁ。拙者、そういうのもそれなりに好きですぞ。


「……知った口が語ったがな。現実的には、それらすべてが嘘偽りである……と、そう捉えて貰ってもかまわない。この場所については、それだけ多くの俗説があるのだ」


「俗説? まあ……そうだな。こんな光景を前にしたら、これはこうだったんじゃないか……って、思うところはいくらでもあるもんな」


 しかし、わざわざ解説したことをひっくり返すような発言は、フリード的には珍しい気がする。

 自信がなければ最初から変なこと言わないし、疑わしければ、どう思う? って、最初に言うだろうし。


「この場所は、この光景は、この街にとってそれだけ重要なのだ。人を集めるためならば、面白おかしい話はどれだけあっても困らないだろう」


「……ああ、なるほど。それっぽい誕生秘話がいくつもあるのは、ここが観光名所だから……誘致したいターゲットが広かったからなのか」


 現金な話だな、そりゃ。


 でも、納得も納得。言われてみずとも、この景色を売らない理由はこれっぽっちもない。

 売り込むにあたって、それを歴史的な価値のある資料として売るか、神秘的なパワースポットとして売るかと、いろんな人がいろんな方法でプレゼンしたんだろう。方々に。


 その結果、今では何が真実なのかがわからない……と。

 なかなか面白い話だけど、なんとも拍子抜けしてしまう、人間臭さを感じる場所でもあるんだな。


 でも、もし世界三大絶景……みたいなくくりがあるとすれば、この場所は間違いなくランクインするだろう。それだけの迫力はたしかにある。

 まあ、そんな企画をするテレビなんてものがそもそも存在しないけど。


「で……この街を通り抜けるには、この川を超えるしかないわけだな? そんでもって、そのための道が、今目の前に見えてる……」


 ど真ん中に穴の空いた川の、わざわざその上を通っている橋が一本。

 もちろん、簡素なつり橋なんかじゃない。骨組みもしっかりして、幅も馬車がすれ違えるくらいあって、落下防止に高い柵までこしらえられた、立派な立派な鉄橋だ。


「ああ、その通りだ。度胸を試す必要は今更ないが、渡るにはそれなりに腹をくくらねばならない。奇しくも、心の関門とでも呼べそうなものだな」


 この道以外に進路はないの? と、そう尋ねると、フリードは意外と真面目な顔で首を横に振った。

 それはあれだな。本当にここを通らなくちゃならないってことだな。インフラ整備が追いついてないよ……この国……


「これだけ巨大な、それも鉄鋼による建造物は、国内外問わずほかに存在しないだろう。それに、架かってしばらく経つが、事故のひとつも報告されていないほど安全なのだ」


「ん……そうか。こんだけ大きいのはまだほかにない……のか。しかも、事故も起こってない……と」


 フリードのその説明に、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、落胆に近い感情が湧いた。


 まだこの国では、この世界では、鉄筋コンクリートのビルなんてものはない。それは見たからわかってた。

 で……だ。目の前にある鉄橋が、おそらくは国内外問わず、鉄鋼を用いた最大の建築物だろう、と。


 たしかに、今までに見たあらゆるものよりも大きく、頑丈そうで、文明の発展を感じさせる……けど……


「……ふむ。意外……と、言うつもりもなかったのだがな。君は存外、この光景には驚くものの、この技術には驚かないものだな」


「え? ああ、いや。驚いてるよ。驚いてるけど……」


 子供のころ、出来たばかりのところを見に行ったレインボーブリッジを思い出せば、その……さすがに、ね。


 大きい大きいとは言っても、この橋の全長は……パッと見た限りでは百メートルかそこら。

 建造物としてみると、そこから伸びる道や、川の上を通ってない部分を含めて、二百か三百かといったところだろうか。


 もちろん、橋脚を下ろすところに大穴が空いてるから、これ以上伸ばせないのかもしれないけど。

 でも、これと同じくらい大きな橋自体は、鉄鋼性じゃなければ、作りかたが違えば、ほかにもあるんだろう。


「もっと……もっともっとすごいものがありそうだな、って。そう思うとさ、なかなか……うーん。驚くけど、まだ驚かされないぞって気分になるんだよ」


「ふむ……奇妙な対抗意識を持っているのだな、君も。気持ちはわかるが、ふぅむ……」


 ここから先の進化を知ってる。で……なんとなくだけど、この国の文明レベル的に、このくらいはあるかなぁ……の、その範疇を出ない。

 学生の俺の知識くらいは余裕で乗り越えてくれ。少なくとも、魔術なんてインチキがあるんだから。と、そんな気分になるのだ。


 でも、面白いものもは面白いし、興奮するものは興奮する。

 俺もマーリンも、それにフリードも。みんないつもよりテンション高めに、その国内最大級の鉄橋をわいわい渡った。

 なんか、高いとこってわくわくするよね。ちょっとヒュンってなるけど。


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