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第二百三十八話【いつものあたたかさ】


 街の人は、みんな笑顔だった。


 いつか、魔獣の巣を壊滅させて、その武勇を祝うパレードの先頭を歩いたことがある。

 大きな街で、大きな騎士団もいて、それでも困らされていた脅威を、今までにない規模で破壊し、安全を確保した。

 その事実を祝して、これからの平和を喜んで、分け隔てなく誰もが笑顔になれる。そんなパレードだった。


 そのときと同じだ。と、何を言われずともそう思った。

 魔獣を倒したわけじゃない。何か大きないいことがあったわけじゃない。

 年に一度、決められた日に行われる、当たり前の出来事。この街の歴史を称える、この街にとっての日常。


 そんな当たり前が、特別なお祝いと変わらないくらい幸せを振りまいている。

 そのことが、俺達にとってどれだけ大きなものなのか。それを体感するまで、きちんと意味を把握しきれていなかったらしい。


 俺は主役じゃなかった。マーリンでさえそうだ。

 この日に限って、特別はお呼びじゃないんだ。そう言われてるみたいに。


 この街の歴史を少ししか知らない。この街の生活を数日しか見ていない。

 だから、俺にはこの事象の全部を知ることは出来ない。それでも、一端を垣間見ただけで、よかった。と、そう思える感動があった。


 行進する列の一番前が曲がり角を曲がるたび、その向こう側から歓声が沸く。

 列の中腹にいる俺達の、そこからわずかに後ろのリヒターさんに向かって、喝采が鳴り響く。

 通り過ぎて、ずっとずっと後ろになってもまだ、称える声と楽器の音が届いてくる。


 年に一度の特別な出来事は、毎年あるいつもの事柄に変わる。

 お祝いを喜んだ誕生日も、プレゼントにわくわくしたクリスマスも、隣にいる人との日々を感謝する日になるように。


 この祝祭は、いつもの出来事だ。少なくとも、この街に住む人々にとっては、とっくに。

 それでも、これだけの熱量が生まれるんだ。と、それを見せつけられたら、俺には……



「――お疲れさまでございます。デンスケ殿、マーリン殿。此度の祝祭は、ご覧いただけた通りの成果を収めることが出来ました。ご助力いただき、ありがとうございます」


 街をぐるりと回って、そして俺達は屯所へ、そしてバンクィッチ邸へと戻っていた。

 そこで出迎えてくれたのは、満足げな笑顔を浮かべるバンクィッチさんと、そして……なぜか誇らしげにしているフリードだった。


「どうだった、ふたりとも。ネボントリアの祝祭は、この国でも有数の規模だからな。これだけの熱を感じる機会は、今までにもそうあったものではないだろう」


 それを目の当たりにして、何を思い、何を感じたか。聞かせてくれ。

 フリードのそんな言葉に、俺は……何から言うべきかと悩んでしまった。


 悩んで言葉が出ない俺を尻目に、マーリンが興奮気味に身を乗り出した。

 あのね。あのね。と、まだまとまってない言葉を必死に紡ごうと、フリードの手をぎゅっと握って。


「みんな、楽しそうだったよ。みんなね、うれしそうにしててね。あったかくて、にぎやかで、みんなが笑っててね。それで、それでね……」


 ふんふんと鼻息を荒げる姿は、いつも見るものよりもずっと興奮していて、ずっとずっと楽しそうだった。

 マーリンにとってみれば、あんなにも大勢に囲まれる機会は初めてだろうから。興奮もやむなしと言ったところだろう。

 もっとも、それは俺も同じなんだけど。


「みんな、みんながね、友達になったみたいだった。みんながね、隣の人をね、友達みたいに見てて、笑ってて。だから……だから、僕も……僕も、友達になれたのかな、って」


 えへへ。と、いつもみたいに笑って、マーリンはそう言った。


 みんなが友達になった……その輪の中に、自分も加わったように思えた、か。

 それは、マーリンにとっては本当に特別な意味を持つ、特別な感情を意味する言葉、表現なんだろう。


 そんなことはフリードもわかってるから、しみじみとした顔でゆっくり頷いて、いつもより赤くなった彼女の手を握り返した。


「街のすべてが友となったように思えた……か。マーリンらしい感受性だ。君の口から語られるその言葉の重さを思えば、いったいどれだけの感動があったかと窺える」


「すっごくたのしかったよ。すっごくうれしかったんだ。だから……だからね。もっと、もっとずっと、ああしていたかったな、って」


 終わっちゃったのがすごく寂しいんだ。と、マーリンはちょっとだけ目を伏せてそう言った。


 祭の終わりはさみしいものだ。と、それには俺も経験があるけど。

 マーリンの場合、これが初めてのことだからね。この空虚感を前に、どうしたら埋め合わせが出来るかと困ってるのかな。


「そのさみしさは、明日になればすぐに埋まるとも。何せこの街は、全員が友となったのだからな。君は隣にデンスケがいて、さみしさに苦しむ日があったか?」


「デンスケがいて……えへへ。デンスケがいたら、さみしくないよ。じゃあ……みんな、さみしくないね。えへへ」


 フリードの言葉に、マーリンはこっちに目を向けて、そして……いつものにこにこ笑顔でうなずいた。

 そうだね。いつもと違う日が終われば、次はいつもの幸せが来るものだ。


「それで……デンスケ。君はどうだった。君はこの日に何を感じ、何を見た。聞かせてくれないか」


「……俺は……」


 視線がこっちに向けば、自ずとそういう流れになるよね。

 マーリンもわくわくした顔でこっちを見てる。フリードも期待の眼差しを向けている。


 そんな大仰なことは言えないけど……まあ、そこまでは求められてないだろうし、思った通りでいい……よね。


「俺は、心の底から悔しいと思ったよ。俺はまだ、特別なことでしかみんなを喜ばせてあげられないつもりでいたから」


 それは、勇者としても、そうでないただの子供としても思ったことだった。


 この世界にいる俺じゃない俺は、演劇を通じてみんなを楽しませたいと思っていた。

 それは、自分がそうだったから。自分が、偶然見ただけの劇に、大きな感動を覚えたからだった。


「魔獣をたくさん倒した。その巣を壊滅させた。街を脅威から守った。脅威が来ないように対策をした。それって全部、いつものこと……じゃない、だろ。今はまだ、さ」


 映画を見る。テレビドラマを見る。漫画を読む。ゲームをする。俺が知る限り、特別じゃない感動はこんなにもありふれている。

 それでも俺は、劇が特別なものだと思えた。思っていた。劇場なんて近くにない田舎だから……ってのもあったけど。


「いつものことじゃないから、憧れて貰えると思った。憧れて貰えて、当たり前になったら……そのときにはじめて、このお祭りに追いつけるんだと思うと……遠いよな、って」


 特別なことだからこそ、みんなを喜ばせられると思っていた。いつも見るものじゃないから、興味を惹けると思っていた。

 でも、そうじゃない。それじゃあ志が低い、低過ぎる。


「……だから、悔しくてたまらない。俺はまだ、山のふもとにいるんだな、って。まだ一歩も登りだせてないんだと思ったら、途方もなく悔しく思えたよ」


 もっと身近で、もっとありふれてて、もっと普通のこととして、みんなを喜ばせられたら。

 そこまで考えたことは一度もなかった。だから……


 この世界の俺としても、そうじゃない俺としても、この出来事はなかなかに重たい一撃だった。

 考えを改めないと。そうじゃないと、俺はただの変なやつで終わってしまう。そんな気にさせてくれた、大きなお祭りだっただろう。


「よし。マーリン、フリード。明日からは、なんか……こう……うーん。出来ることもやることも変わんないけど、今まで以上に頑張ろうな」


「……ふふ。君らしくない、曖昧な結論に至ったらしいな。いや……今歩いている道は変わらず、ただその全容だけを把握した……と、そんなところだろうか」


 そこまでは言わないけど、でも……道を進んだ先に、こういう結末があると知れたのはうれしいよ。


 フリードがどういう意図でこの祝祭に参加させてくれたのかはわからない。

 でも、意味も意義も十分にあったと思える。


 俺は今まで以上に気合が入ったし、マーリンも今まで以上にたのしそうだ。

 なら、この街を訪れたこと、そして出発することに、不満も不足もあるわけがないだろう。


 これがきっと、勇者としての第一歩なんだ。

 としたら……うん。なかなかな滑り出しと言っていいんじゃないかな。


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