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第二百三十七話【晴れの祭】


 ネボントリア滞在の四日目。ついに、祝祭の日を迎えた。

 その日は、雲ひとつない快晴だった。


「さてと……こっちは準備出来たぞ。マーリンももうやる気満々。あとはお前だけだ、フリード」


 今朝も早くに目を覚まして、フリードとちょっと話をして。

 普段よりもずっと早くにマーリンも起こして、荷物も気持ちもしっかりと準備した。


 あとは出発……だけど。それには、俺とマーリンだけじゃダメな理由がある。

 警護をするのは俺達だけど、そうなった理由のほうが案内してくれないと。


「ああ、任せてくれ。今日のこのときに、まさか君達を辱めることがあってなるものか」


 そんなに重たい話はしてないんだけどな。と、ちょっとだけ頭の痛くなることを言ってるフリードの手には、俺の剣が……いや。

 かつてフリードが持っていた、立派な飾りのついた剣が握られていた。


「勇者デンスケ。魔導士マーリン。君達ふたりに、私から命を下そう。その勇壮な振る舞いで、その清廉な在りかたで、このネボントリアの民に希望をもたらすのだ」


 そう言うとフリードは、両手で剣をこちらへと差し向ける。

 俺はそれを、膝をついて丁寧に受け取る。


 やらなくちゃならないこと……として、昨日決めていたことだ。

 これは、この国の人のためにすること……この国の政治に仕える、公的に認められる勇者としての責務だ。


 なら、それには必ず任命されたという事実が欠かせない。

 ただの旅人、ただの浮浪者でこの依頼を受けることは許されないだろう。


 本来ならばきっと、バンクィッチさんかリヒターさんに任命されて仕事を受けることになるだろう。

 でも、俺達はそのルートを通ったわけじゃない。裏道を、どうどうとやって来たわけだから。

 なら、その裏道を通した人間から、ちゃんと責任を押しつけられないといけないだろう。


 つまるところ……王子フリードリッヒからの命令で動かないなら、俺達はただの用心棒止まり。

 それじゃあ、勇者として認められたことにはならないよね、って。


「いつかは王様から直接任命される予定らしいけど、今は代わりに……な」


「案外、形にこだわるのだな。君はもっと、既定のものには囚われない、風のような男だと思い込んでいた」


 法に捕らわれそうになったところを助けられてるから、何も言い返せないな、それ。


 でも、俺はむしろ形式にはこだわるタイプだ。少なくとも、そうでなくちゃ物語が進まないなら。


 だから、俺からフリードに頼んだんだ。

 いつかは王様から任命させるつもりで、王子として俺達と接するつもりがないとしても、こういう場面では正しく後ろ盾があって然るべきだろう、と。


 歴史ある街の、その歴史を守るためのお祭りなんだ。

 その一員として参加するなら、ちゃんとその輪の中に加わりたい。ただの流れ者で済ませたくなかった。


「では、行こうか。ふたりとも、どうか胸を張ってやり遂げてくれ。そして、君達の名をこの街に刻みつけて欲しい」


「いや、警護してるのは俺達だけじゃないから。そのうちのひとりでしかないなら、名前は刻まれないと思うけど……まあ、やるべきことはちゃんとやるよ」


 刻めるものなら刻みたいけどね。だってそれは、勇者としてのたしかな一歩になるんだから。


 そんな思惑も胸の奥にしまって、フリードの案内のもと、俺達はまたバンクィッチさんの屋敷を訪れた。

 今度は挨拶が目的じゃない。街の歴史を称える祝祭を、一緒に盛り上げるために。


「おはようございます、殿下。本日はどうぞよろしくお願いします」


「おはよう、バンクィッチ老。私はただ見ているだけだが……ふむ。今日は天気に恵まれてよかった。晴れの街の祝祭にふさわしい一日となるだろう」


 雨が降らなくて困った過去をして、晴れの街なんて呼ぶのか。

 そりゃまた、皮肉半分、洒落半分なネーミングだこと。


 でも……晴れの舞台って意味も含まれれば、なるほどこれ以上ない呼びかたかもしれない。

 少なくとも、今日の祝祭のあいだは。


「デンスケ殿、マーリン殿。警護のお願いを受けていただき、誠にありがとうございます。この日をよい祭日にすべく、お手をお貸しください」


「こちらこそ、いきなりの訪問、いきなりの要望を聞き入れていただいて、感謝してもしきれません。私に出来るすべてでお手伝いさせていただきます」


 今日はきっといい一日にしましょう。と、俺がそう言うと、バンクィッチさんは穏やかな笑顔を見せてくれた。

 フリードの紹介だから……ってのもあるだろうけど、どうやらそれなりには信用して貰えたみたいだ。

 何をしてみせたわけでもないから、ひとまずは最低限の振る舞いが出来ていた……と、そう思っていいのかな。


 少しのあいだ、バンクィッチさんとフリードの指導のもと、今日の祝祭の、俺達の出番について再確認が行われた。


 警護が必要なのは、リヒターさんが街を巡回するあいだ。

 経路に立って周りを見張る役と、行進の中でリヒターさんの盾となる役。

 俺達が任されたのは後者で、つまりは最初から最後まで気の抜けない役回りを求められるってわけだ。


 危険な魔獣を相手するわけでもなければ、この街の治安が悪いわけでもない。

 警護とは言いつつも、気をつけるべきは行進を乱さないことだろう。少なくとも、俺達はそういうのに慣れてないから。


「……運動会の行進にだって、ちゃんと練習があるんだけどな……」


 それをぶっつけ本番で、よそから来たやつを入れても大丈夫なものだろうか。

 そんな不安は、正直なところすっごくある。


 でも、受け入れて貰った、ねじ込んで貰ったからにはやり通さないとね。

 幸い、いつかどこかでやったような、パレードの先頭を歩く必要はないんだ。主役は俺達じゃない。


 緊張はあるけど、恐怖はない。足を引っ張る不安はあるけど、不思議と気分も高揚してる。

 前向きでいられるのは、バンクィッチさんやリヒターさんがいい人で、この人達に報いたいと思えてるから……なのかな。


「殿下、おはようございます。デンスケ殿、マーリン殿。おふたりも、本日はよろしくお願いします」


「おはよう、リヒター。貴殿の振る舞いを、輝きを、今日はバンクィッチ老と共に見学させていただく。例年通りに気負うことなく、けれど普段よりも胸を張って望んでくれ」


 またそんなプレッシャーかかるようなことを……なんて、そんな心配が必要な相手じゃないね。


 リヒターさんはフリードの言葉にも笑顔を絶やさず、誇らしげに胸を張ってうなずいた。

 言われずともそのつもりだ。と、そんな決意さえ垣間見える。


「……では。デンスケ、マーリン。君達は騎士団と合流し、各々の配置を再確認するといい。私はその場へ赴けないが、しかしここからでもその輝きを見届けるとも」


 ここからじゃ見えないだろうし、あとで街の人からでも感想を聞いてくれ。なんて、そんな軽口を聞ける場じゃないから。

 俺もマーリンも静かにうなずいて、そして屋敷をあとにした。


 言われたとおりに騎士団と――リヒターさんの警護を務める部隊と合流すると、俺達は隊列の中腹に組み込まれた。


 みんな儀礼用の装備を着ていて、俺にもそれと同じものが渡される。

 白を基調として、金と赤の飾りがあしらわれた、遠目からでもわかる晴れやかな礼服だ。


 で……マーリンだけは、ほかの人と違う、鮮やかな緑色のローブを渡された。

 魔導士だからか、それともたったひとり混じった女の子だからか、特別な装いに着替えるみたいだ。

 マーリンは小さくて埋もれちゃいそうだからね、こうやって目立つ格好にして貰えるのはありがたいかも。


 そして準備が整えば、騎士団は屯所を出発して、隊列を組んだままバンクィッチさんの屋敷へと向かい始める。

 リヒターさんをお迎えして、そこから半日以上をかけて街をぐるりと一周する予定だ。


 まだ祝祭は始まってない……のだろう。だって、主役はいないんだから。

 それでも、街道にはすでに見物人が多くいて、嬉しそうに、誇らしそうに、乱れのない隊列に手を振って笑っていた。


 そんな様子を見れば、緊張も不安も全部吹き飛んで、晴れやかな気分で胸を張れた。

 俺も、この輝かしいものの一員になれてるんだな、って。


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