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第二十一話【選択をするのは】



 何かをドロシーに言いたかった気がしながら、それが思い出せないままその日を終えた。


 そりゃ、ドロシーに言いたいこと……聞きたいことは、山のようにあるなんて言葉じゃ済まない。だから、あれだったかなこれだったかもと考えてるうちに……


「ドロシー。ほら、もっとこっち来るでござるよ。うふふ、ドロシーたそはかわいいですなぁ」


「……えへへ。デンスケ」


 ドロシーにかけてあげたい言葉ランキング堂々の一位はかわいいなので、そればっかりになってしまうんですなぁ。


 ご飯も採って、寝床に戻った俺達は、水浴びで濡れた身体を乾かすために、火にあたりながら晩御飯を食べていた。山菜と焼いた肉と、そのどっちにも味はないけど……


 味はなくても美少女はいるから。しかも、美少女の手作りご飯ですから。じゃあこれはごちそう。世界で一番おいしい。お母さんのご飯と並ぶくらいおいしいんですぞ。じゃなくて。


「……やっぱりなんか忘れてるんだよな。なんだったかな」


 何かを言いたかった……伝えたかったのは覚えてるんだけど。それがなんだったかは思い出せない。

 ドロシーをどれだけ撫で回してももやもやは解決しない。そのドロシーのためにかけたい言葉を、一日中思い出せないままだったからこそ。


「ドロシー。その……こう、物忘れをなくす魔術なんてものはないのかな……? あると……そして、出来れば忘れてることを思い出せる魔術なんてものだと、もっと助かるんだけど……」


「忘れたことを……ううんと、えっと……」


 ごめんね。と、ドロシーは肩を落として謝ってしまった。ごめんはこっちのセリフなんだ、謝らないで。と、慌てて頭を撫でても、ドロシーはしょんぼりしたまま。ううん……申し訳ないことを……


「ほら、ご飯食べて食べて。元気になって、明日もいっぱい遊ぼう」


 なんだか子供をあやしてるみたいだけど……実際、ドロシーは実年齢よりもずっと幼い。社会性なんて身に付ける場所は、どこにも許されてなかったんだから。


 そういうわけだから、ドロシーといるとついつい……こう……赤ちゃん言葉みたいなものが出そうになる。父性ですかな? 父性が湧き上がってしまっているのですかな? それとも母性ですかな⁈


「それ食べたら、今日はもう寝よう。明日はちょっとだけ……今までよりほんのちょっとだけ遠くまで行こう。早く起きれば、その分長く遊べるから」


「うん。早く起きて、いっぱい遊ぶんだね」


 よーし。って、ドロシーは張り切ってるけど……気合い入れたら眠れなくならないかな? 楽しみにしてくれるのはうれしいけど、基本的に寝起きが悪いから、あんまり期待は……


「……よし、寝よう。寝て起きて、起きれたらすぐに出かけよう」


 期待は出来ないけど、してはおこうかな。そうなったらきっと楽しいし、うれしいから。


 さっさとご飯を放り込んでごろんと横になると、ドロシーもそれに倣って俺の隣に寝転んだ。その……やっぱり、この距離感はいろいろとまずい気がする。


 でも…………そういうことが起こったり、そういう気が暴走する前に、フクロウが俺達を包むように……のしかかるように? もこもこ羽毛で布団をかけてくれる。この生き物、寝具としてあまりにも有能。


「……ドロシーの意思とは関係なく、守ろうとしてる……なんてことがあるのかな……?」


 見張られてる……? もしかして俺、猛禽類に警戒されてます……? 男はオオカミって、捕食者被捕食者の関係だったの……?


 フクロウの真意はわからないまま、ドロシーの頭をポンと撫でれば、急激に睡魔が襲って来た。まあ、たくさん歩いたからな。それに……このもこもこには、これっぽっちも抗えない……




 翌朝、ドロシーはやっぱり寝起きが悪かった。でもそれは、いつもより早い時間での話。長々とうとうとしてたけど、そうなるまでが早かったから。


「さて。今日はどんなとこに行くのかな」


「えへへ……えっとね……」


 おっと、ネタバレ厳禁。どこかなって言ったのは俺だけど、それには答えちゃダメなんですぞ。なんて、ちょっと偏った知識をドロシーに与えて、今朝はいつもより早くから寝床を飛び出した。


 朝ごはんも食べずに出かけたからには、きっと何かおいしいものが、それもたくさん手に入るところなんだろうか。ドロシーも心なしか少し速足だし。なんて、さっき食い止めたネタバレの答えを勝手に予想する。


 常識から外れてるとは言え、ドロシーはそう突飛なこともしない。おなかが空くのも同じだし、今は空も飛べない。

 だから、俺がしたいと思ったことは、ほとんどドロシーにも当てはまるんだ。まあ、哺乳類全般に当てはまるものでもあるけど……


「もうちょっとだよ、デンスケ。この先、ここを超えたら着くからね」


「おー、もうちょっと…………か……もうちょっとかぁ。よーし……」


 だから、予想するから大きく外れた答えが現れることはない。ただ……


 もうちょっとだよ。と、かわいいドロシーが小さい手を差し伸べて進もうとする先には…………ちょっとじゃなく険しい、岸壁がそびえていた。


 ドロシーは突飛なことをしない。魔女も人間も変わらないんだと言わんばかりに、俺から見ても当たり前の欲求を持ってる。でも……


 突飛なことをしないのは、結果に限ったことでもある。その……手段については……


「……ここを、どう進むの……? ドロシー? その……今は空を飛べない……んだよな?」


「……? ここ、だよ。ここから登るんだよ」


 俺の当たり前の疑問に対して、ドロシーは首を傾げてしまうばかり。そして、手本を見せるとも言わず、そのつもりもなく、ただ普通のこととして崖を登り始め…………ま、待って! いろんな意味で待って!


「――ま、待ってドロシー! 登れない! これは! 普通は登れない! 登れないし、登らないで! そんな格好で!」


 ワンピースが! スカートが‼


 ドロシーには常識がない。突飛なことはしないけど、それは生物としての話。人として……社会性を前提とした部分については……


 いや、彼女のしようとしていることは理解出来る。崖を登れればまっすぐ進める……なんて、子供の理屈ではなくて。


 この崖は、登ろうと思えば登れるのだ。険しいとは思うけれど、向こう側に傾いている……あくまでも、とてつもなく急な坂なんだ。


 それに、手足をひっかける場所も多い。登ろうと思えば、進もうと思えば、やってやれない場所じゃない。じゃないけど、そうじゃなくて。


「ドロシー、よく聞くんだ。人間は、こういうところは登らないの」


 少なくとも、それが目的でない限りは。


 目的はあくまでもこの先、この崖は通路として選択肢の中にあるひとつに過ぎない。


 なら、ここは選ばない。もっと緩やかな坂を探して迂回する。

 その理由は、何も疲れるからとか難しいからだけではない。荷物があれば通れないような道は、普段から使わないに越したことはない。


「少し回り道をしよう。見た感じ、ずっと壁が続いてるわけじゃない。もうちょっと緩やかなところから登ろう。そして、もうちょっとでいいから恥じらいを持とう」


 スカートはやめよう、やめさせよう。いつか人の社会に混じったとき、大き過ぎる問題が起こる。風紀が危ない。


 ドロシーは説得に応じてくれて、素直に別の道から案内してくれる。こういうところは本当にいい子なんだ。

 自分がずっとやってたことだからとゴリ押さない。柔軟で、他人の立場になって考えられる子。たぶん、そんなつもりでやってないだろうけど。


 そんなこんなでしばらくの迂回後、さっきの崖を見下ろしながら進んだ先で、ドロシーはここだよと指を差してくれた。

 そこにあったのは、やっぱり朝ごはん…………にするつもりなのだろう……


「……なるほど。もしかしたら、ここは火山の近くなのかも」


 以前水浴びをした湖よりもさらに大きい、火口湖のような場所だった。その水は透き通っていて、そこに魚が泳いでいるのはひと目見るだけですぐにわかる。今朝は焼き魚ですか。


「ここはね、人があんまり来ないんだ。だから、魚もたくさんいるんだよ。それに……」


 それに。と、ドロシーがじっと見ている先には……崖を登って見晴らしが良くなったこの場所から見下ろせる場所には、切り開かれた林が――村か集落のようなものが見えた。ああ、そうか。


「……ここからなら、子供の声がよく聞こえる……ってことかな?」


 俺の問いに、ドロシーはゆっくり頷いた。その表情は、どこか寂しそうだった。それに……うらやましそうだった。


 やっぱり、彼女は人と仲良くしたいんだ。もっと関わりを持って、その営みに混ざりたいんだよ。


 まだ小さな……今はひとりで満足したつもりになってるかもしれないけど、彼女の中にある孤独への恐怖心は、もっともっと大きな願望の種になる……ハズ。


「……よし。ドロシー、ちょっといいかな。嫌ならやめるから、俺のアイデアを聞いて欲しい」


 無責任なことはすべきじゃない……って、そう思ってた。


 でも、今の彼女は行動を縛られてる。

 それは……たったひとり、出来たばかりの友達によって。俺のせいで、彼女は勇気を出して人の前に出ようとはしない。出来ない。俺が来るより前は、きっとそれを繰り返していたのに。


 背中を押す……なんて、押し付けがましいことは思わない。ただ、ドロシーがしたいことを邪魔したくないから。邪魔はしない……けど。黙って見過ごすこともしない。


 俺がひとりで村を訪れて、ドロシーが受け入れて貰えそうかを確かめてくる。そんな提案を聞いて、彼女は少しだけ身体をこわばらせた。

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