第二十話【翼の秘密】
未来を見る能力。ドロシーから貰った、到底使いこなせそうにない力。
その一端をわずかに垣間見ただけで、まだ半信半疑なところもある。
でもその日の朝は、それが少しだけ違った。いや……変わった、のか。
「……はっきりと……うん。はっきり覚えてるな、今度は」
召喚から七日。風の音も遠い寝床で、昨晩に見た映像をゆっくりと反芻する。いつか訪れるのであろう、俺とドロシーの未来を。
ドロシーの髪色は黒かった。少なくともその時点では、魔女として生きる選択に戻ってはいないようだ。
俺はその隣で、誰かと話をしていた。そう、誰かと。
その誰かは……わからない。姿が曖昧なのは、単純に知らない人だから……だろうか。
だから、俺が覚えていられなかった、とか。
けれど、それがもしも確定している未来なら……これは、とてつもなく大きな出来事だ。
だって、ドロシーの隣で、他の誰かと話をしていた……出来ていたんだ。
「……これがいつの出来事かはわかんないけど、やっぱりドロシーは……」
友達……とまで呼べる間柄かはわからない。でも、人前に出て普通にふるまえる日が来るのだ。
ドロシーは言った。見えた未来を避けるのは難しい、と。
その時はそれを、便利なのか不便なのかわからない能力だと思った。
けど、今のこの時にはとてつもない朗報だ。
この未来は変わらない。ドロシーはいつか、人として当たり前にふるまうようになるんだ。
「……っ。ど、どんなとこで、どんな人なんだろうな。えーっと……もうちょっとちゃんと思い出せ……」
これが夢なら……夢と同じ仕組みなら、きちんと思い出せないだけで、仔細を見てはいるハズなんだ。
その思い出せない部分を、なんとかして拾い上げようと必死に頭をひねる。ひねる……けど……
「……思い出せないからそういう話が頭に残ってるんだよな……っ」
簡単じゃなくて、かつ実感も得にくい話だから。
そういう前提があるからこそ、人はそれに感心するし、関心が頭の中に残りやすくもなる。
ううん……その話の通り、全然思い出せない……
それでも、うれしい未来が見えたことには変わりない。
話をしていた相手は……男の人だった。
まだ若い、さわやかな印象を受ける……顔も覚えてないのに、そういう印象を受けたという記憶だけがある。
まだ起こってもないことなのに、覚えてるってのも正しい表現かはあやしいところだけど。
「それがわかったなら、ある程度の無茶はしても平気……かな? いやでも、嫌な思いするのはドロシーだからなぁ……」
人に馴染めることがわかっているなら、今からでも村へ下りて……と、そうも考える。でも……
やっぱりこれも、この能力が便利なのか不便なのかわからない要因。
この未来は、いったいいつ訪れるのかと。それがまったくわからない。
ドロシーの髪は……今とあまり長さが変わらなかった。ただ、ポニテにしてた。夢の中に現れたポニテドロシーたそも萌えですなぁ。
俺は……一応、服が変わってた。たぶんだけど、街に行ったときに買い換えたんだ。
まあ……作って貰った服に文句がないわけじゃない。ドロシーとお揃いの、女物の服だから……
けど、この情報だけじゃこれがいつの未来かまでは推測出来ない。あんまり遠くない未来……って、単純に推理していいものか。
髪なんて、切ればすぐにでもその長さに出来るんだし。伸びてたら多少は目安になるけど。
「むにゃ……ふわぁ。おはよう……デンスケ……えへへ。デンスケは早起きだね……ふわ」
「おはよう、ドロシー。今朝はちょっと……いや。かなりいいことがあって。おかげでもう目もパッチリだ」
これがいつ訪れるのか……と、考えているうちに、ドロシーが起きてきた。まあ、ずっと目の前にいたんだけど。
冷静に考えると、年頃の男女がどうして同じ布団……同じフクロウで寝てるんだろう……
「ドロシー、ちょっと聞いて欲しい。まだ眠いのはわかってるし、それがめっちゃ長いのも知ってるから」
「今だけ。五分だけ。二度寝していいから。今朝だけは起きて話を聞いて」
ま、それはよくて。
せっかくいい夢を……未来を見たんだ。それも、ドロシーにとっても大きな知らせになる。
だから、早くうとうとタイムを終わらせて、きちんと話を聞いて欲しいな……って、思うんだけど。
「ドロシー。ちょっと、ドロシー。こら、おい。フクロウ、お前。寝かしつけるな」
「お前が何者なのかまだ知らないけど、ドロシーの味方なのだけはわかってるからな。甘やかすな、ちゃんとさせて。言葉が通じるか知らないけど」
肝心のドロシーがまだうとうとしてて、どうしてか俺は彼女を包むようにしてる大きなフクロウに喋りかけている。どうして……?
「おーい。ドロシー。あっ、こら。邪魔をするな……俺まで寝かせようとするんじゃない」
「もしかしてお前、ドロシーと意識が繋がってるのか……? 分離したもの……だとするなら、性格は依存してそうだけど……」
このフクロウについても、色々聞かないとなぁ。
ドロシーとはずっと一緒にいるから、話をする時間自体はたくさんあるんだ。ただ……
あれが知りたい、これが知りたい。と、質問攻めにすると、ドロシーはまだパニックになってしまう。
見てわかるくらいわたわたすることはないんだけど、何から答えていいかわからなくなって、えへへと笑うばっかりになってしまう……のに気付いたのは、昨日のこと。
風の気持ちいい丘の上で、そこから見えるものについて矢継ぎ早に質問し過ぎてしまったときに発覚した。
たぶん、彼女はあらゆる問いに対して、完璧な回答を出さないといけないと思ってる……んだと思う。たぶん。
ドロシーは人と話をした経験が少ない。
にもかかわらず、嫌われたくない、友達になりたいという思いは人一倍だから。焦ってしまうんだろうな。
「……むにゃ……えへへ……」
「……はあ。ま、もうちょっと待つよ。時間はあるから」
今すぐ知りたいことだけど……聞いても答えられない状態じゃあね。
眠たそうな顔もかわいいから、のんびり堪能して待ってよう。幸い……俺ももこもこ羽毛に包んで貰えるから……
「……この子が何者なのか……? えっと、何者……えっと……?」
「ああ、えっと……うん。ごめん、聞き方が悪かった。このフクロウは、ドロシーの……翼、魔女の能力や特性の一部……を、切り離したもの……って認識は、あってる? それとも、間違ってる?」
ふたり揃っての二度寝から覚めて、朝ごはんも食べたあとのこと。
俺はずっと聞きたかった……正直、ちょっと怖くて聞きたくなかった気もする疑問に対してメスを入れた。
このフクロウはなんなのか。それを大雑把に聞いてしまうと……ドロシーからすれば、これは見ての通りのものだよ。としか説明出来ないだろう。
出来なさそうだ。たった今試して、そういう反応をされたから。説明出来ないんだ。
そういうわけで……昔映画で見た尋問術を試すときだ。
単純明快に、イエスかノーかだけでも答えられる質問をするだけだけど。
「えっと……うん。この子は、僕の……魔女としての、一部分を分離した結果……なんだ。こんな風になるのは、僕も知らなかった……けど」
「知らなかった……まあ、試したことなかったら、知るわけもないよね。しかし……」
知らなかった割に、フクロウに対してまったく驚いてないし、馴染み過ぎてる気がする。気のせい?
それとも、もともとは自分の一部だったわけだから、すぐに理解出来た感じ? って、この質問は優先順位高くないから。
「……ごほん。魔女としての一部分……ってのは、どんな部分なの? 見てわかる通り、翼と髪の色を切り出した……だけ?」
俺はそうは思ってないけど。
でも、イエスノーだけで答えられる質問をしようと思うと、どうしてもこうなる。
今更思い出したけど、この質問の仕方は、質問する側の知識量がめちゃくちゃ必要なんだった。
「えっと、えっと……ううん、違う……と、思う。そのつもり……だから」
「そのつもり……? じゃあ、ドロシーは翼と髪以外にも、意図的に分離させたものがあったんだ」
あっ、もうイエスノーだけで答えられる質問出来ない。
だって、俺はドロシーが持ってた能力について、全容はおろか、一端すら理解出来てないんだもの。
しかしながら、今のこの問いに対しての答えはすぐに返してくれた。何も言わずに、こくんと頷いて。
髪と翼をうまく隠せば……って、俺が提案したんだ。その目的は、人間のように見せるため。てことは……
ドロシーは自分の翼と髪色以外で、人間として不自然なものがあると思ってた……ってことになる。
それはいったいなんなのか。気になる。気になるけど……これはまだ、聞けない問題な気がした。
もしかしたらあっさり答えてくれるかもしれないけど、嫌な思いをさせる可能性もあるから。
「……そっか。じゃあ……ドロシーの翼も、こんな感じでもこもこだったんだね。ううん……それはちょっと惜しいことをしたかもしれませんなぁ」
「えへへ……水浴び、ちゃんとしてるから」
そこで水浴びって単語が出るあたり、野鳥っぽさがあるんですよな。それもかわいいんでござるが。
とりあえず、このフクロウはやっぱりドロシーの翼を切り離したもの……つまり、彼女がこの姿でいる限り、どうあっても隠せないもの……ということにもなる。
本人は溶け込めても、こんなの連れてたら怪しさが軽減出来てないよ……
それと……うん? あれ? なんか……二度寝する前、ドロシーに聞きたいことがあった気がする。
気がするのに……気がして……思い出せないから、気がするだけ……?