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第百九十九話【転換】


 クリフィアを出発して、俺達は西へと進路を向けた。


 マーリンの提案は、今までに行かなかった街へ行きたい、だった。

 それは、ビビアンさんとの約束を果たすため……だけじゃないんだろう。


 マーリンはもう、友達ひとりで満足するような夢の小さい子供じゃない。

 出会って別れてを繰り返しているうちに、もっともっとと大きな夢を追いかけられるようになったんだ。


 まだ出会ってない人に会いたい。そして、友達になりたい。

 そんな願望に突き動かされて、前に進まないと気が済まないんだ。


 それに、提案はそのひとつではない。

 マーリンが示した進路は、クリフィアから北西へと進み、そしてまたキリエへと行きたいというもの。


 その目的は……


「みんな、おじいさんのこと心配してたから。ちゃんと、クリフィアに帰ったよ、って。そこで、みんなと仲良くなってたよって、教えてあげないとね」


「そうだね。変わり者の偏屈じいさんだったけど、それでも街の人からは信頼されてた。ちゃんと教えてあげないと」


 マーリンらしい、優しさに満ちたものだった。


「それに、じいさんの家も掃除してあげたいよね。俺達が出発してからそう間を置かずに引っ越したみたいだから、ホコリも結構たまってそうだ」


 不在がずっと続けば、じいさんの家もいつかは取り壊されてしまう。

 そうなると、じいさんの思い出や生活の痕跡が、ほとんど残されずになくなってしまうだろう。


 交わした言葉は多くなかった。関わった時間だって、ほんの数日に過ぎない。

 それでも友達だったんだ。その生きた証がなくなってしまうのは心苦しい。

 大荷物でやって来たとは聞いてないから、きっといろんなものを残して出たことだろう。ちゃんと整理してあげなくちゃ。


 クリフィアのお墓にまで持っていくのは難しいけど、でも……せめて、キリエのどこかでは弔ってあげたい。

 じいさんは故郷で眠ることを選んだんだろうけど、俺達にとってはキリエが思い出の街だから。あの場所に、何かを残したいじゃないか。


「和やかに話をしているところにすまない。これからの進路について……だが。ひとつ、提案させて貰いたい」


「うん? そりゃいいけど、いきなりどうしたんだよ。あくまでも今まで通り……俺達の行く末を見届けるみたいなスタンスだったのに」


 わざわざ口を挟んだってことは、もしかしてこのままだとめちゃめちゃ遠回りになっちゃう……とか?


 目的が出来た以上、あまりにもそれから離れる進路については口を挟む……と、そうも約束していた。

 だから、今がそのとき……なのかな? でも、前とそう変わらない道を進んでる気が……


「ああ、いや。その部分については変わりない。ただ……まだ行ったことのない街へ。と、君はそう言っただろう」


 その問いはマーリンに向けられたものだった。


 もちろん、それを決めたのは今朝のこと、まだまだ記憶に新しいつい最近の出来事だ。

 マーリンも元気にうなずいて、それがどうしたの? とでも言わんばかりに目を丸くしている。


「このままでは、以前に立ち寄った街へと到着してしまう。君の目的を達成するにも、例の錬金術師を探すにも、英雄として名を揚げるにも、それでは不足してしまうだろう」


「前に行った街……おじいさんがいるところだね!」


 おじいさんと会えなかったけど、おじいさんとは会えるかもしれない! と、それはそれは要領を得ないことを言い始めたマーリンに、ついつい笑みがこぼれてしまう。

 この場合のおじいさんとは……


「そっか。デンじいさんがいた街はこの先だっけ。そうなると……なるほど」


 なるほど、フリードの言いたいことはわかった。


 あの街は、もうとっくに俺達の名前が売れている場所なんだ。

 騎士団に同行し、魔獣の巣窟を片っ端から掃討したふたりの英傑。黄金騎士フリードと、冒険者デンスケ。

 街の誰からも喝采を浴び、その活躍を胸に刻みつけ、そして……お姉さん達にも大人気になった街でしたなぁ。むふ。


「そもそも、錬金術の痕跡を追ってあの街に入ったんだっけか。で……その手がかりも完全に途絶えてたから……」


 半分忘れてたのもあるけど、そのまま西へ進んで、そこからまた別の村を訪れて。

 その村で厄介になるかもしれないものを見たから、北の調査を急ごう……って話になって。


 なるほど、思い返せば思い返すほど、同じ道は歩くべきでない気がする。

 この先の街ではもう名前が売れてて、その次の街には国の軍があるから、将来のことを考えるとあまり関わりたくなくて……


「……ああ、なるほど。わかった、そういうことか。ここから先は、むやみやたらに進むと……」


「国軍の探索範囲に侵入しかねない。ただ通り過ぎるだけならば問題も起こらないが、しかし……」


 もしもその場所で魔獣が現れたら、俺達は戦わない選択肢を取らない。

 つまり、マーリンの力を国に知られてしまうかもしれないんだ。


 もちろん、それだけなら悪いことじゃない。むしろ、魔導士としての格が担保されるし、箔だってつく。


 でも……いつかフリードが王宮に戻って、俺が元の世界に帰ったら。

 そのあとに国がマーリンに助力を求めたら、彼女はきっと協力するだろう。


 そして……格別な強さを持つ彼女を、軍がやすやすと手放すとは……


「キリエまでの安全なルート、案内任せてもいいか?」


「ああ、頼りにしてくれ。軍に見つからず、それでいて刺激的な旅路を約束しよう」


 なんか観光ガイドブックの売り文句みたいなのついたけど、それも割と求めてるから期待しちゃうぞ。


 そんなわけで、クリフィアから西へ、そして最後にはキリエまで。と、マーリンが示した大まかな指針に従い、フリードに道案内を頼んで旅は再開された。


 前は滞在期間が長かったから、ここからキリエまでがどのくらいの距離なのかイマイチわからない。

 はてさて、どんな旅路がどれだけ続くのか。と、そんなのんきな気持ちでいられるのは、直近の目的が一応は果たされたから……かな?




 彼は果たして気づいているのだろうか。


 キリエを出発し、クリフィアを訪れ、二日にわたって老人を探し求めて、結果……大切な友人との死別を、その後になってから知らされたのだ。

 彼女は……マーリンは、本当に以前と変わらない心で笑っているのだろうか。


 若い女性から宗教観を説いて聞かされた。

 死とは悲劇的な終わりではなく、一時的な別離でしかない。声は聞こえずとも、心を届けることは出来る。

 あの女性の言葉で、マーリンが救われたこと。その事実に、彼は果たして気づいているのだろうか。


 それがどれだけ重たい意味を孕んだものかと、彼は果たして気づいているのだろうか。


「……和やかに話をしているところにすまない。これからの進路について……だが。ひとつ、提案させて貰いたい」


「うん? そりゃいいけど、いきなりどうしたんだよ。あくまでも今まで通り……俺達の行く末を見届けるみたいなスタンスだったのに」


 同じ道を辿ってはならない。同じ記憶をなぞらせてはならない。同じ出会いを繰り返させてはならない。


 私には他者の感情の機微などはわからない。わからない……わからなかったはずだ。

 それでも、まるで電流を流されたかのような、鋭いしびれが脳髄を襲ったのだ。


 彼女は今、瀬戸際にいる。残るか、崩れるか。不確定な未来の、そのあいだで揺らいでいるに過ぎない。


 彼が気づかないわけがない。けれど……それでも、そのそぶりを見せない。


 ならば私は、そのときが来るのを全力で先延ばしにするほかにない。

 違う道を進み、違う記憶を刻み、違う出会いで塗り替える。そうすることで、かの老人を求めた感情を、別のものにすり替えなければ。


 彼は果たして気づいているのだろうか。彼女はすでに、無垢なだけの時期を過ぎたのだと。


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