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第百八十六話【最悪の仮説】


 地図で確認した地形情報に調査結果を引用して、村の周囲で魔獣が現れやすい場所を洗い出す。それが、昨晩遅くまでかけてやったこと。


 で……そうやって導き出した仮説は……


「……寝て起きたらスッキリして、もうちょっと違う結果が出るかな……と、期待してたんだけどな」


「……どれだけ見直しても変わらないな。しかしそうなると、昨日の魔獣はいったい……」


 この村の周囲で魔獣が住み着くようなところは、もうすでに調査し終えて、安全であると証明されていたのだ。


 この村へ来る道中、魔獣退治に出かけたとき、農作業の手伝いをしたとき。

 そして昨日の調査のときに、生き物が住み着くような場所はすべて確認してしまっていたことがわかった。


 もちろん、相手は自然の摂理に反した生き物だから。

 動物が住みそうな場所、今まで魔獣の巣があったような地形以外にも、隠れていないとは限らない。


 でもそういう可能性は、事前段階では調査も対策も出来ない。それこそ、別の場所に引っ越してくれって言うくらいしかないんだ。

 わざわざ残ってまですることがそれじゃあ、みんなをがっかりさせて終わりだ。


 それに、根本的な問題はまた別にある。

 そんな環境、状況にもかかわらず、昨日は魔獣が現れたんだ。それも、桁外れのやつが。


「あいつはどこからやってきたのか。土の中……じゃないとしても、生きてるついでに流れ着いたんじゃないのか……?」


「何らかの意図があって、別の場所から一目散にここを目指した……あるいは、どこかを目指している最中だった、か」


 魔獣がいなさそうだ、来れなさそうだという推論は、何もあとから見て姿が見当たらなかったからではない。

 足跡やフンなんかの直接的な痕跡をはじめ、その近辺の動物の様子や、植物の食い荒らされ具合など、いろんな情報を拾って出した答えだ。


 少なくともあの大きな魔獣は、ここからそう遠くない場所に住んでいて、餌や寝床を求めて移動してきた……わけではない。

 その結論には、ほとんど間違いはないだろう。


「あれだけ巨大な、それも単独の魔獣だ。どれだけ臆病な性格であったとしても、経路には必ず痕跡が残る。にもかかわらず、何もなかったということは……だ」


 あの大型は、そもそもすぐ近くに生息していたのではないか。と、フリードはそう言って、昨日さんざん書き込んだ地図の、ちょうどこの村がある場所を指差した。


「すぐ近くに……って、群れの魔獣もいたのにか? あいつはあの群れを俺達が倒したから……」


「いや、そうとも限らない。その可能性が最も高いことは間違いないのだが、しかしそれとは違った関係性であったとも考えられる」


 それとは違う関係性……えっと、それはつまり、あの大型魔獣は、群れの魔獣のせいでこの村に近寄れなかった……わけじゃないってことだろうか。


 でも、それはやっぱり違和感がある。

 障害がなかったんだとしたら、あんな大きな魔獣を、今まで誰も目撃してないなんてことがあり得るだろうか。


「本当にこの近くにいたんだとしたら……それで、今まで誰にも見つからなかったとしたら……」


「ひとつ考えられるのは、群れと大型とのあいだに共生関係があった可能性だろうか。餌を多く必要としないあの大型は、自ら獲物を探す必要性がない。だが……」


 それはまったく必要ないという意味ではない。まったくの飲まず食わずで生きていられる生き物なんていないんだから。

 なら、普段から狩りをしないことがあだになって、獲物を捕らえるのが苦手かもしれない。それを群れの魔獣に補わせていたか。


 それに、食事以外の面でもメリットを受けていた可能性はある。フリードはそう続けて、地図の上を何度も何度も繰り返しなぞる。

 その経路は……昨日登った山道だろうか。あるいは……


「互いに安全を確保しあっていたのではないだろうか。群れの魔獣は、その多くの目と鼻によって周囲を警戒し、大型の魔獣は、その存在で他の生き物を威圧することで」


「互いに互いを……か。うーん……それが普通の動物だったら、なんとなく納得も出来るんだけどな……」


 残念ながら、相手にしているのは魔獣……普通の動物とは、根本的なところが違う、狂った生き物なんだ。

 共生関係については俺も考えたし、理にも適ってる。でも、魔獣が理で動くわけがないとも思ってしまうんだ。


「直接的な協力は難しいだろう。互いがその存在を認知すれば、その時点で食い合いが発生する……っと、あれは食わないのだったか。なんにせよ、そこで争うだろう」


「それとも、俺達のこの認識が間違ってるのかな。あの凶暴性は、人間に対して……テリトリーに侵入する外敵に対してだけ向けられるもの……だとか」


 うーん。でも、街を襲う例がいくらでもあるからなぁ。

 それがたまたまそういう個体だった、今回は違った。と、それで片づけるのはいささか乱暴だろうか。


「……あ、ちょっと待って。もしかして、逆の可能性ってないかな?」


「逆……だろうか。と言うと……群れと大型とは、互いにけん制し合っていて……?」


 ああ、違う違う。そこじゃない。そこをひっくり返すんじゃなくて。

 俺の訂正が要領を得ないから、フリードは困った顔で首をかしげてしまった。今説明するからちょっと待ってて、言葉をまとめるね。


「……えっと、魔獣はテリトリーに侵入するやつに攻撃的なんじゃなくて、テリトリーにしようとしてる場所にいるやつを攻撃してるんじゃないか……って」


「……っ。なるほど……生まれながらの侵略者である可能性……か」


 それなら、今までの魔獣とあの大型との差や、今の状況にもつじつまが合う。

 もっともそれは、つじつまを合わせられる答えを無理矢理ねじ込んでるだけだから……でもあるんだけどさ。


「魔獣などと呼ばれながらも、野生に生きる獣だ……と、そう認識していたが、そこから間違っていた可能性は……十分にあるかもしれない」


 でも、フリードは俺の説を本気で考えて、現実にあり得る可能性として考慮してくれている。

 いつもいつも俺を過大評価するフリードだけど、こんなときにこんな話題で俺を持ち上げる意味も理由も筋もない。とすると……


「……あり得る。君の言う通り、魔獣は侵略性の高い超攻撃的生物であると定義出来るかもしれない」


「……なんとなく思いついたことだから、ちょっとでも違和感あったら否定してくれよ……? で……それを言ったうえでもう一回聞くけどさ。魔獣は……」


 このようなとき、このような議題で、君の栄誉を傷つけるだけの世辞など言わないとも。と、フリードはなんだかさみしそうな顔でそう言った。

 ごめん……疑い過ぎたね。でも、そもそもは普段からやたらめったらに俺を持ち上げるお前がだな……


「であれば……の話だが、それは魔獣に備わった特性なのだろうか。それとも……」


「……? それとも……って、そういう話をしてるんだろ? ほかに何かあるのか?」


 そういう生き物なんじゃないか……と、俺が勝手に想像して勝手に言って、それをフリードが真に受けてるところ……なんだけど。

 まるでそうじゃない話をしてるかのような口ぶりで、フリードは眉間にしわを寄せる。


「……魔獣が何者かに使役されている可能性はないだろうか。あるいは、今見えているけだものとは違う、知性のある魔獣が存在する……と。それを考え過ぎと切り捨ててよいものか」


「使役されてる……って……っ。そ、それはさすがに無理だろ。だって、あんな理性もへったくれもないような……」


 理性はない。けれど……本能ならば備えている。


 不意に手足がしびれたような気がした。もしかして今、フリードはとんでもない可能性を示唆したんじゃないのか……?


「……魔獣を統べる存在……それこそ、魔王みたいなものが、本当にこの世に存在するってのかよ……っ」


 理性による統治ではない。それはきっと、本能による隷属だろう。けれど、その在りかたについてはどんな形でも構わない。

 魔獣は、圧倒的に強い個体がいたならば、あるいはそれに平伏し、使役された状態に陥るんじゃないのか。


「魔王……か。なるほど、魔獣のすべてを隷属させ、自らの領地を広げんとする。実に直感的で違和感のない呼び名だろう」


「あっ……と、悪い。フリードの前でそんな呼びかたするもんじゃなかった。ごめん。さすがに不謹慎だし、すごく失礼なこと言った」


 それは構わない。と、流してくれたけど……本物の王子であるフリードの前で、よりにもよって畜生に王なんて名前をつけるなんて。

 いくらなんでも空気読めてない、幼稚な発言だった。怒られないぶん、自分で目いっぱい反省しよう……


 でも、嫌な名前の嫌な可能性について、フリードは本気でそれがあり得ると思ったようだ。

 どこか苦々しい表情を浮かべ、地図をしまい込んでまた俺を見る。


「一度、北方を徹底的に調べるべきかもしれない。デンスケ。その際には、君も力を貸してくれるだろうか」


「っ! 北……魔獣の脅威がほかよりも高いって話は聞いてる。それで、そこへ調査に行かなくちゃって話もマーリンとしてたよ」


 いろんな目的をすっ飛ばし、いきなり最終目的に手が届くとは。さすがに思いもしなかった。

 でも……それが最終目的である以上は、断る理由もない。


 フリードは俺の返事も態度も表情も、すべてを加味してゆっくりとうなずいた。

 遠くない先に、きっと一緒に調査へ行くのだと決意を固めたんだろう。


 まだここは小さな村で、のどかな場所で、危険はとりあえず迫っていなさそうだと判明したばかり。

 けれど、嫌な未来がちらりと顔を出した気がしたから。


 まだまだ先の話ではあるし、そもそも未確定の仮説でしかないのに。俺もフリードも、緊張から笑うことも出来なかった。


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