第百八十一話【英雄性の弊害】
国軍とは出来るだけかかわらない。それが、フリードと一緒に出した結論。マーリンの将来に、選択肢を狭める可能性を残さないための配慮だ。
もちろん、作戦規模や行動範囲、それに活動に際しての物資や移動能力などなど、力を借りられればもっともっと楽になることも多いだろう。
でも、それがなくても十分だと判断した。そして、再認識もした。
そう断言出来るだけの実績を、“ふたつの街と村”であげたんだ。
小さいながらに軍事力の高い街。そう評された街で、俺達は三人で戦った。
冒険者と、魔導士と、黄金騎士として。みんなの頼みを聞いて、魔獣を倒したり、危ない場所の調査を受け持ったりした。
それが、今から十日ほど前の話。
そして、今から三日前の話。
長いような短いような滞在を終えた俺達は、一度南へ向かうことにした。
その目的は、キリエを訪れるため。前回会えなかったガズーラじいさんがひょっこり戻ってやしないかと確認するためだ。
貯金は潤沢にある、急ぎの目的も今は特にない。
なら、憂いの種になりかねないものは、早めに摘んでおきたいというもの。
今はそう気になってないみたいだけど、何かの拍子にマーリンがさみしさを感じて、ガズーラじいさんと会えてないことに落ち込んでからじゃ遅いからね。
で、だ。三日前にそう決めて、すぐに進路をそちらへ向けたわけだけど。。
まっすぐ向かったとて、すぐに着く距離じゃない。だから、その日は小さな村にお邪魔したんだ。
ひと晩足を休めるために。そして、どんなにわずかな人数だとしても、冒険者の活躍を知って、広めて貰うために。
それから今日までの三日間。俺達は村の人の頼みを聞いて、魔獣を倒していた……だけなんだけど。
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、いわゆる田舎というものをなめていたんだと思い知らされていた。
具体的には……
「おおい、坊や。こっちへ来ておくれ。どうもな、井戸の具合が悪いようで……」
「む。水源に不具合があっては一大事だ。すぐに修繕しよう。案内してくれ」
そろそろ出発しようか。と、そう切り出したいところに、朝早くから村のおじいさんが訪ねてきた。
どうやら、井戸の修理を頼みに来たらしい。坊や。と、フリードを呼んで、手伝ってくれと頭を下げていた。
俺達が想定していなかった、田舎の具体的なやっかいさ。それは、小さな問題が山ほど積み重なっていることだった。
人の数が少ない、道具や施設が古い、指導者がいない。
そういった問題を肥大化させている何よりの原因は、若者……つまり、知識や体力の豊富な、みんなを守る存在がいなくなってしまっていることだ。
そんなところへ、頼もしい三人の旅人がやってきたのだ。
村の人の気持ちとすれば、そりゃあ……出て行って貰いたくない、出ていくならせめてその前に……と、あれもこれもと頼みごとをしたいというもの。
そんなこんなで、一番背の高い俺をお兄さん、小柄なフリードを坊や、かわいいマーリンをお嬢ちゃんと呼んで、村の人は俺達を……たいそう歓迎してくれているんだけどね。
「……困った。頼みを聞けばちゃんとお礼があるし、なんでもかんでも押しつけられてるわけでもない。うーん……弱った」
もっと偏屈で、利己的で、かつ排他的で、がめついじいさんばあさんばっかりだったら、さっさと先へ進もうとも思えたのに。
この村の人達は、みんな心優しい人ばかりだ。
助けて貰えるから優しくする……って感じじゃない。表情からも、態度からも、心根の温かさを感じる。
そうなると……俺達が出発したあとのことがちらついて、どうにも……そろそろおいとましますねと言い出せない。
親戚の家に行ったとき、そろそろ帰りたいと言い出しにくい感じ。歓迎されてるぶん、なんだが罪悪感が芽生えてしまうんだ。
「デンスケ、僕も手伝いに行ってくるね。畑でね、ニンジンを収穫するんだって」
「う、うん……いってらっしゃい。気をつけてね。農具で怪我しないように」
で……これまた問題なんだけど。
出発したいのは俺だけじゃない。でも、出発したいと言い出せないのも俺だけじゃない……ハズ。
フリードはきっと、俺の決断を待っている。待ってくれている。
そういう約束で、あくまでも俺とマーリンの旅に同行するってスタンスを崩す気はなさそうだから。
だから、いつまででも待ってくれるだろう。それこそ、人を助けずにはいられない、それでこそ君だ。とかなんとか、また変なことを言い出しかねない。
もっと困ったちゃんなのはマーリンで、こっちはもう……おじいさんおばあさんにかわいがられ過ぎて、まるで昔から村にいた子みたいに馴染んでる。
もっともそれは、かつて憧れた光景に溶け込んだ気分でもあるだろうから。
やっぱりこれも早く切り上げてと言い出しにくい案件で……
「……俺が言わないといけないのに……っ。俺が言わないと、フリードは動かない……俺じゃなくフリードに言わせるようなことはあっちゃいけないのに……っ」
目的地はキリエ。目的はガズーラじいさんとの再会。でも、どっちも急いでるわけじゃない。
そんな状況が、いいことしてるんだしな……という感情と相まって、決断をなあなあで先送りにしてしまっている。
いいことをしている。悪いことはしていない。でも、足踏みをして何もしていないに等しい今は、冒険者として、憧れて貰うつもりのものとしてはダメなんだ。
今日、切り出さないと。このままだとずっとここにいることになるから、そろそろお別れをして出発しないと、って。
「おーい、お兄さん。おや、坊やとお嬢ちゃんはもういないのかい。昨日摘んで貰ったお茶を淹れたから、よかったらみんなでどうかなと思ったんだけど……」
「ああ、えっと……フリードは井戸の修理に行って、マーリンはニンジンの収穫を手伝いに行きました。もしよければ、ふたりに届けてやってもいいですか?」
あら、なら一緒に行こうかしらね。と、のんびりした喋りかたのおばあさんは、にこにこ笑って俺を手招きする。
せっかくわけてくれると言ってるんだ、なら好意には甘えよう。
この村は財政が苦しいとか、生活が大変だとか、そんな事情を抱えてるわけじゃない。なら、歳上の優しさは受け止めてあげるのが礼儀だ……
「……じゃなくて。ぐぐぐ……どうしても……どうしても、つい……」
礼儀の話はしてなくて。
ダメだ。なんか、今までずっと頼まれごとを引き受ける旅をしてたせいか、無意識的にいいよって言っちゃう。断れない。
これじゃダメだとわかってて、今日こそはと覚悟を決めた直後だったのに……
でも、貰うと言ったものを貰わずにいたんじゃ悲しませるよね……
招いてくれたおばあさんの家にお邪魔して、淹れたてのお茶を一杯と、そして朝食代わりにとケーキまでいただいてしまった。
「ふたりのぶんもすぐに淹れてあげるからね。ケーキも持って行ってあげて」
「あ、ありがとうございます。おいしいです。ごちそうさまです」
おいしいのは事実だから、ごちそうになったことへの感謝を伝えるのは間違ってない……うん。これは間違ってない。
いかん……なんか、決定のひとつひとつに疑心暗鬼が……
それからすぐ、陶器の水筒とケーキを持って、おばあさんと一緒にふたりのもとへと向かった。
せめて……せめてフリードには相談しよう……っ。そろそろ出発しようねって、その意思があることだけは示さないと……




