第百七十九話【現在地】
今の俺達の目的は、キリエで再会出来なかったガズーラじいさんの行方を追うこと。
けれど、その目的についての進捗は、とても芳しいとは言い難い状況だ。
街から街を転々として、冒険者、魔導士、黄金騎士としての名を揚げることこそ成功しているけど、だからってそれでじいさんが俺達を探してくれるわけでもない。
たとえ噂を聞いて探してくれたとしても、それだけで都合よく出会える可能性は絶無だ。
そういう意味で、現状はあまり喜べる状態じゃない……のかもしれない。
目的達成までの道のりが今までにないくらい険しく、そして先の見えないものだけに、本来ならば鬱屈とした空気が漂っていてもおかしくない。
でも、そんな現状をきちんと理解したうえで……
「街だよ! デンスケ、街があるよ! フリードはやっぱり知ってたかな?」
先頭を歩くマーリンの明るい声が、それを聞いてうなずくフリードの笑顔が、この状況を悪いものとは思わせない。
もちろん俺だって笑ってるし、元気に返事もする。ふたりがそうじゃなかったとしても、俺が今を悪いと思ってないから。
「フリード、あの街はどんなところなんだ? ああ、えっと。今回も例に漏れず……」
「ふふ。ああ、わかっているとも。街の仔細を先んじて暴くような無粋はしないさ」
三人で楽しく旅をしている、そのことが悪いわけない。楽しくないわけがなくて、うれしくないわけもない。
だから、今のこの瞬間がちょっとでも悪い状況だ……とは、とてもとても、思おうとしても難しいだろう。
わかってる。ガズーラじいさんと再会するって目的を一番に考えるなら、それは絶望的と言えるだろう。
でも、絶望的なだけで、不可能なわけじゃない。
旅を続けていれば、あるいはふらっとキリエに戻ってみれば、あっさり会えてしまう可能性だってあるんだから。
それに、キリエを出発したときにあった不安要素についても、ひとまずは払しょくされている……と、そうしてしまってもいいだろう。
クリフィアの手前で見つけた、林の一角を枯らしてしまうほどの錬金術。
その正体について、そして術師について、手がかりらしいものはいっさい手に入っていない。
あれが悪意によって……それも、人を標的とした攻撃意思によって発生したものなら……それはとても悪いことで、すぐにでも犯人を見つて捕まえなくちゃならない。
でも、もしもそうだったとすると、今のこの楽しい三人旅という状況が、最適で最速の解決になるんだ。
単純な理屈だけど、悪いやつの噂、危険な事件の情報は、頼りにされる人間のもとにこそ集まるものだ。
となると、俺達が活躍すればするだけ、あの痕跡についての情報も勝手にやってくる……と、そういう寸法なわけだ。
もしもそれでも何も聞こえてこなかったら、じゃあそれは危険な思想によるものじゃなかったんだろう……と、そうしてしまえばいい。
絶対に安全とは言えないかもしれないけど、少なくとも、手の届く範囲は安全なんだと思っていいだろう。
で、だ。そういう現実的な割り切りとは別に、またもうひとつ現実的な安心材料がひとつある。
それは、旅の仲間にフリードがいることだ。
「今見えているあの街は、規模こそ大きくないものの、しかし重要な戦術拠点としての意味を持つ。国軍の駐屯所があり、そこから東西へと部隊を派遣しているからだ」
「ふむふむ、なるほど……ってことは、ここでもちゃんと仕事は受けられそうだな。もしかして、一日二日で戻れないような遠征もあったりして?」
それはどうだろうな。と、少しもったいつけるこの男の存在こそ、ガズーラじいさんとの再会が急務でなくなる理由になる。
そもそも、じいさんと会いたかったのは、じいさんだけが俺達の事情を知っていたから。
召喚魔術式なんてもので異世界から呼び出された、まともな人間かどうかもわからない男。
それが俺で、それだけは出来るだけ隠してきた。まあ……意図して隠したわけでもないけど。
そんな俺と、山育ちのマーリンしかいなかったから、地理にも常識にも、あらゆるものごとに疎かったんだ。
最終目的地を首都と定めたものの、それがどこで、なんて名前で、どんなところかもわからないくらい。
そんな、常識を知らない幼児の質問を、まさか道行く人には尋ねられないから、と。うっかりで事情を打ち明けちゃったじいさんを頼ることにしたんだ。
でも、その点についてはもうそこまで心配する必要はない。
フリードにならぶっちゃけてもいいか……と、そういう話じゃなくて。
「しかし、本当にどの街のことも知ってるんだな。なんか……ほんっとうに申し訳なくなる。こうやって勝手に連れ回して、下手したら野宿するような旅を一緒にしてるの」
「その懺悔はきっと、私に宛てたものではないのだろうな。もっとも、そうであるならば、私は今晩にもさめざめとひとりで泣いてしまうところだが」
そうだよ、お前には申し訳ないと思ってないよ。だって、自分で出てきて、自分で俺達と一緒にいるんだから。
申し訳ないのは、納得させられてしまったから、今も王宮とやらで不安になってるお前の身の回りをお世話してた人達だよ。本当に申し訳ない。
そう。フリードは本来、王宮……つまり、首都で暮らしていた男だ。
なら、最終的には彼に尋ねれば道はわかる……と、そういう保険もある。でも、本題はそこじゃない。
フリードはこの国の全貌を……この国を網羅する軍の情報を把握している。
このことは、いろんな面で俺達の歩みを楽にしてくれる。
今みたいに軍や騎士団がどの程度の規模で存在するかがわかれば、街に入る前にどんな仕事を受けられて、それでどのくらい収入を得られるのかがわかる。
それに加えて、軍の情報網もある程度共有して貰えるから、さっきのガズーラじいさん捜索の件や、不審な錬金術師の情報もいち早く手に入る。
そして何より、国軍との関係性が深まれば、彼らのおおもとである本隊……つまり、首都にあるであろう組織とかかわる機会が訪れる日も来るかもしれない。
そうなれば、否が応でも首都へ行くことが叶うという寸法だ。
まだるっこしい遠回りに思えるかもしれないけど、直接的な手を打てない以上、そしてフリードにも怪しまれないためにも、回り回って……という結果での到着が望ましい。
そもそも、最終目的であって、急いでるわけでもない。
そりゃあ、北の魔獣はより凶暴だ……とかなんとか聞いてるから、その調査は急ぎたいけど。
でも、それこそ今の道が正着で王道だ。
実力をつけ、成果を上げて、順当に評価を上げていけば、自ずとその場所に導かれるだろう。
「さてさて、それじゃあ今度はどんな街なのやら。出来れば友達が大勢出来るといいね。それで……叶うことなら、大勢に活躍を知って貰えるとうれしい」
とまあ、そんな打算も込み込みで。俺はこの旅を、三人での人助けの戦いを、それはまあのんびりと楽しんでいるわけだ。
「えへへ……みんな友達になってくれるといいね。それで、またいっぱい褒めてくれたら……えへへ」
楽しいのが俺だけじゃないのもやっぱりお約束、先述の通り。
期待が爆発したマーリンが一目散に走りだしたから、俺もフリードもあとを追いかけて街へと向かった。
見えた……と、マーリンに言われてからしばらく走ったその先で、俺はようやく街の全貌を視界に収める。
フリードの言う通り、あまり大きくない、けれど……遠目からもわかるくらい高い壁に囲われた、堅牢堅固な強い街の姿を。




