第十五話【営みの確保】
ドロシーはいつか人間社会に溶け込めるようになる。いや、そうしてあげる。それを決意したのは、出会った当日のこと。
それが難しいと再認識したのは今朝の水浴びの時で、それからまた半日が過ぎて今。日も傾き始めて、森の中から寝床へ戻ろうかと話をしていたところ。
「……さすがに靴くらいは欲しい。と言うか、服が一式欲しい」
格好付けて上着だけ腰に巻いてきたけど、あの時ちゃんとサイズが合う服が欲しいって言えばよかった。
まあ、その時にはここが異世界で、ドッキリじゃないなんて思ってもなかったけど。
このままだと……この格好のままだと、これからも事故は起こりかねない。いや、起こる。
毎日一緒に生活してたら、何をどうあがいても起こってしまう。ちゃんと服があっても起こり得るんだから。
そして、それはドロシーのこれからに悪い影響を与えかねない。男女が共に半裸ないし濡れ透けでいることに慣れさせてはならない。
恥ずかしいことだときちんと教えてあげないと、将来恥をかくのは彼女で、その時には取り返しがつかない可能性だってある。
「……となれば、か。ドロシー、ちょっといいかな」
森の中をすいすい進むその背中に声を掛けると、ドロシーはくるりとこちらを振り返り、にこにこ笑って近付いてきた。
「どうしたの、デンスケ。えへへ……」
「……いや、ちょっとね。さすがに靴とか服とか、ちゃんと揃えたいな……って」
で……そうなったら、だ。手段は基本的にはひとつ。街に行って、お金を稼いで、それで買い物をする……んだけどさ。
ここから一番近い街には行けない。たぶん……いや、ほぼ確実に。俺は通報されてしまうだろう。格好が格好だけに、あの時のやつだってすぐにばれる。
だからちょっと離れた街に行くことになるんだけど……これも、問題がないわけじゃない。そもそも、半裸の男がやってきたらどこでも身構えられるに決まってる。
それに……
「……ドロシーは……その……服って、どうやって手に入れたんだ? いや、その……」
ドロシーはまだ人に対して……俺以外の、迫害される可能性の高い相手に対して、強い警戒心を抱いている。
彼女は目的を達した。友達がひとり出来て、ひとりぼっちじゃなくなった。
だから、これ以上のリスクを冒したくない。それはわかる。わかってるから……
彼女を連れて街へ行くのは難しい。それは、彼女がもっと欲深くなってから……もっと大勢の友達が欲しいとか、もっと人らしくなりたいとか、そういう願望を育ててからの話。
「……服……わかったよ、デンスケ。えっとね……」
街に行くのは難しい。俺の問題と、ドロシーの都合と、どっちの面でも。
じゃあ、服は諦めるのか……って言われたら、それは違う。衛生的にも、いろんな意味でも、そこは妥協してはならない。衣食住は確保しないと。
街に行けない、買えないとなったら、いったいどうするのか。どうしたらいいのか。その答えは……もう、目の前に立って歩いてる。かわいい顔で、にこにこ笑って。
「こっち、だよ。こっちに……ね……」
街に行けなくて、買い物も出来なくて。そんな状態でも、ドロシーは服を身に纏っている。
水浴びをしてる時に見た白いワンピースと、顔も姿も隠してしまいそうなくらい大きな、暗い色のローブを。
それらはとても、小さなころになんとかして手に入れて、それをずっと使っている……なんて様子ではない。街の人のものほどではないにせよ、ずっと山にいたとは思えないくらいには綺麗だ。
少なくとも、何か月かに一回……何週間に一回といったペースで取り換えている。あるいは、繕っていると考えていい。
そんな俺の予想はおおかた当たっていたようで、ドロシーはこっちこっちと手招きながらまた森を奥へと進む。
「着いたよ。えへへ、ここでね……」
案内されたのは……製糸工場などであるわけもなく。そこには、俺の目からは何もない……ように見えた。ただ……
「何かを作るための部屋……ってところなのかな。ここもドロシーが?」
「うん、そうだよ。この森はね、植物の質が良いから……」
何もない……なんて、鬱蒼と茂る森の中には似つかわしくない言葉が飛び出すくらい、整理された場所なんだ。それこそ、彼女の寝床と同じように。
「やっぱり、そういうのも作れちゃうんだな。ほんと……ドロシーはすごいな」
「えへへ……そう、かな……えへ」
切り倒されたのだろう大きな切り株の上で、ドロシーは木の皮や枝、それに積んであった板をごちゃごちゃと並べ始める。そして……
「……あっ、そっか。デンスケ、ちょっとだけ離れてて」
離れてて。と、そう言ってからそう間も置かず、ドロシーは小さな声で何かをつぶやいた。
すると、彼女の視線の先から……木々の合間から、根元から刈り取られた植物がふよふよと飛んできて、そのまま切り株の上へ……作業机の上へと並べられた。
「……その……魔法……で、いいの? 本当に…………便利だね」
呆れるくらいに便利で万能に思えてしまう。感嘆百パーセントでこぼした俺の言葉に、ドロシーはちょっとだけ困った顔で首を傾げた。
「……えへへ。これは……ね。魔術……だよ。魔法は……僕には、使えない……から」
「……魔術。魔法……とは、何が違うんだ? その……俺には何が違うのか……」
魔法は使えない……ってことは、炎を出すのも、怪我が治るようにするのも、未来が見えるのも、魔法ではない……と? そ、それは……無茶な……
でもどうやら、彼女が言いたいのはそういうことではないらしい。そういうこと……ってのは、俺から見たら全部魔法みたいなもので……なんて、こことは別の世界の価値観の話。
「魔術はね、魔力を使って、自然に起こることを再現した……しようとしてる、ずっと弱いもの……なんだ。魔法は、もっともっと、ずっと大きな力……って。そういう風に、人間がわけた……んだよ」
「……人間が……ああ、えっと。俺をここへ召喚したのも、人間が作った……魔術、だっけ。ふむふむ……」
言葉での説明だけで理解するのは無理だけど、ちょっと想像は出来た。魔法は魔術のさらにすごいやつ。
なるほど、法が術よりもずっとずっと大きな力を持つのは当たり前、か。
ドロシーには魔法が使えない……のは、もしかしてそれが出来損ないなんて呼ばれる原因……なんだろうか。
翼が灰色だから使えないのか、使えないから灰色なのか……まではわかんないけど。
「……俺からしたら、この光景は魔法使いの不思議な実験だけどなぁ……」
「……えへへ。僕は……出来損ないでも、魔女……だから。人間の魔術師よりは……えへ」
人間の魔術師よりは、ずっとずっと上手に出来る……かな? ちょっとだけ誇らしげに、うれしそうに、にやにや笑いながらその様子を見守るドロシーからは、小さくないプライドみたいなものを垣間見た。
彼女にとって、魔術は自信のある分野……あるいは、アイデンティティを形成するひとつなんだろう。
で……そんな彼女が見守る様子。魔法使いの実験にしか見えない光景……ってのが……
ふよふよ漂う植物の周りには、同じように泥の塊が浮かんでいた。空中に泥だまりがあって、そこに植物が浸ってる……って、そう言えばいいのかな。
そこでしなしなになった……ただ湿っただけとは思えないくらいくたくたになった植物は、その隣でぐるぐると回り始める。自発的に、何に振り回されるでもなく。
泥と水分を飛ばしたんだろう植物は、かさかさと音を立てながら木の皮の上に積み上げられて、そこに木の板や石が何度も何度も降り注ぐ。
潰れてばさばさと毛羽だった植物は、そのまま何本も並べられた枝の合間を潜り抜けて……また石と板に何度も圧し潰される。その工程が三か所で順々に繰り返されて……
「……踊るつむじ風」
最後にはまた作業台の上に……ドロシーの待つ目の前に並べられて、彼女の言葉に合わせて踊るように織り合わされる。
「……えへへ。出来た……よ。デンスケは大きい……から。このくらい……かな?」
出来た。と、そう言ってドロシーが手渡してくれたのは、薄黄色の…………彼女とお揃いの、綺麗な…………ワンピース……だった……
「……女物とかの概念もない……よね、そりゃ。ありがとう、ドロシー。大切に着るよ」
結局お股がス―スーするままなんですがそれは。なんて、文句を言える立場でもないし、言う必要もない。
寒いといけないから。って、ドロシーはそのあとにまた分厚いローブを……今度はまた違う植物の繊維から作ってくれたけど、その……ふたりきりとは言え、ペアルックはちょっと照れるでござるなぁ。




