第百七十五話【友達の友達の家】
その日は遠征に同行する予定もなかったから、俺もフリードも一緒にデンじいさんの屋敷を訪問することになった。
じいさんに用事があるんじゃなくて、マーリンと一緒に行動するのが目的。友達だからね、楽しいことは一緒にしたいんだ。
「それはそれとしても、気になることは気になるんだよな。あのじいさん、術師五家の出身ってことだから」
デン=ロニー。マーリンが仲良くなったご老人の名前で、この国の誇る魔術の大家、術師五家のうちのひとつ、ロニー家の当主の実兄。
自己紹介で聞いただけでも胸焼けしそうな情報量の、ただものではない錬金術師。
ロニー家は医療錬金術を修めているとのことだったから、出来ることならその恩恵に預かりたい。
何かして欲しいってんじゃなくて、マーリンがその術の一端でも学べたなら……と。
あるいは、俺やフリードでも簡易的な処置が出来るようになったらな、とか。
もちろん、享受目的だけで会いに行くわけじゃない。
俺だって一度は話をして、その人となりを確認している。あの人は、他人のために術を研究している、心優しい錬金術師だ……と、思う。
少なくとも、人を守る魔術師という紹介を聞いて、そんなものは当たり前だと答える人だ。
出来ることなら仲良くしたい。マーリンだけじゃなく、マーリンのためだけでもなくて。俺が、個人としてそう思う。
「こんにちは。おじいさん、遊びに来たよ」
そんなわけで、街はずれの屋敷に到着すると、マーリンは慣れた手つきでドアを叩いて挨拶をした。
そんなものに慣れるもくそも……と、そう侮るなかれ。
マーリンにとってみればその行動は、拒絶の可能性を捨てきれないものなんだ。それがこうもすんなりと……
「……ぐす。本当に友達になれてよかったねぇ……」
「……? えへへ、おじいさん、ともだち……えへへ」
語彙が消えるくらいうれしいことだったんだね。
マグルのときも、ビビアンさんのときも、なんだかんだと言って遊びに行く経験はほとんどしていないから。
似た例があるとすればガズーラじいさんだけど……あのときは俺が一緒だったし、そう何度も訪れたわけじゃないからね。
とまあ、そんなことにひとりで感動しているところへ、返事の代わりに足音が近づいてきた。
家の中から聞こえる慌ただしいそれは、マーリンを歓迎するデンじいさんのものなんだろうなとすぐにわかった。
「今日も来たか、マーリンよ。ほれ、あがれあがれ……おや。なんだ、今日は付き人も一緒か。それに……知らん顔もあるな」
「はじめまして、ご老人。私はフリードと。マーリンの友であり、旅を同じくするものです」
そうかそうか。と、デンじいさんはにこにこ笑って、俺とフリードのことも受け入れてくれた。
その様子を見るに、マーリンとはもうすっかり打ち解けたようだ。彼女の友人ならば……と、そんな信用が見て取れる。
「しかし……ふむ。この様子だと……」
「……デンスケ? どうしたのだ、神妙な顔をして」
しかし、ふむ。と、出た結論には少しばかりの不満があった。いや、そこまで大げさじゃないけど。
じいさんはどうやら、俺のことは前にも来たマーリンの付き人として認識したままだし、フリードについては完全に知らない人扱いだ。
そのことが、ここ二日三日の俺としては、多少なりとも……まあ、ショックなんだろうな。ガッカリ感がある。
「あれだけ騒ぎになったんだから、ちょっとくらいは知られててもいいのになー……と、そんな小さいことを考えてしまうわけだよ。小市民の俺としてはさ」
魔獣の群れを、住処をいくつも壊滅させた、街の騎士団を率いたふたりの英傑。
黄金騎士フリード。冒険者デンスケ。その名前は、あのパレードのおかげもあって、かなりの人に知れ渡っている。
少なくとも、この街の中では。
それが、このじいさんはそんなものはまったく知ったことではないと言った顔。うーん……
「魔術師や錬金術師が世俗とかけ離れた存在なのはわかってたけど……この街に住んでたら、ちょっとくらいは聞いててもいいもんなのに」
別に、それでちやほやされたいわけじゃない。まあ……びっくりして欲しかったとは思ってるけど。
ただ、俺やフリードの活躍と、このじいさんの生活とは、これっぽっちも関係してないのかな……と、そう考えたら、少しばかりやるせなくもなる。
少なくとも、昨日フリードと一緒に行ったお店のお姉さん達は、みな例外なく俺達のことを知ってたのに……
「……だからこそ、マーリンがいるのではないか。術師が世俗に興味を持たずとも、魔導士の活躍には目を向けずにいられまい。希望の光は、私達だけではないのだから」
「……フリード……」
フリードの言葉に、俺は俺の考えの浅はかさについて後悔させられる。いや、マーリンだったら……って考えがまったくなかったって意味じゃなくて。
俺はあくまでも、俺が活躍して、そのことが大勢に知られるのがうれしい……知られなかったらさみしいと、その程度の話しかしてなかったから……
「それに、私達の活躍はまだ始まったばかりだ。これからどれだけでも名前を広めればいい。そして、そのたびに落胆すればいいさ。ああ、まだこの程度だったか、と」
「ら、落胆するのも予定に入れるのか……」
当然だとも。と、フリードは自信満々にそう言った。そんなことに自信持たれても……
「どれだけでも落胆すればいい。私達はこれから、日々目標を更新し続けるのだから。たとえ昨日の満足を十全に超えたとて、明日にはそれが不満と傲慢にも求めるのだ」
だからこそ、英雄と呼ばれるのだから。
そんなフリードの言葉には、ちょっとだけ納得して……残りのほとんどは、そんな大きな話をするつもりはないんだけどなぁ。と、呆れてしまいそうにもなる。
「……目標が毎日更新される……か。そりゃまた、針のむしろじゃないけど……」
自分で自分を追い込み過ぎじゃないかな……? フリードとしてみたら、そのくらいはわけないことなのかもしれないけど。
でも、その考えかたはちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、うらやましいと思えた。思ってしまった……が、正解なのかな?
俺はそこまで自分を英雄的なものとして扱えない。
フリードは自分を自分でそれだけ追い込んでも平気なくらい、自己がしっかりしてるんだ。
俺もそんなふうになれたら……と、そこまでのことは考えられない。
でも、その姿には憧れる。かっこいいと思ってしまうから。
「……これか? いつか、これにならないといけないのか……? それは……きついなぁ」
憧れてしまう……のなら、憧れて貰うには、こうなるしかないのでは……? と、そんな考えも浮かんでしまって……
いかんいかん、勘違いするな。目の前にいるのは、本当の本当に特別な存在なんだ。
俺は俺の憧れて貰う姿を探して、それになればいいんだから。
「デンスケ、フリード。ふたりも一緒におはなししようよ」
「っとと。うん、そうだね。せっかく遊びに来たんだからね」
考えごと、相談ごとをする俺とフリードに、マーリンは声をかけてくれた。
じいさんとふたりで遊んでても……もとい、話をしても、魔術の相談をしても楽しいだろうに、俺達を仲間はずれにはしまいと気を遣ってくれたのかな。
そんな気遣いを無碍にするわけにはいかない。俺もフリードも、マーリンに誘われるままにじいさんと同じテーブルに着いた。
しかしながら……そこで繰り広げられる会話は、やっぱり魔術や錬金術に関するものばかりで……ぜ、全然わからん……