第百六十九話【期待を裏切らない男】
マーリンの大活躍もあって、お給料は予定よりも多めに貰えてしまった。
でもそれは、どうやら職人さんたちの口利きがあってのことらしい。
みんな、自分の評価や給与が下がるかもしれないのに、マーリンの仕事ぶりを見て欲しいと訴えてくれたんだ。
うれしいし、誇らしいけど……でも、ずっとこうじゃまずいよなとも思う。
特別にはなる予定だけど、特別扱いされる予定はない。最初から特別として仕事を受けて、特別な評価を貰う。いつかはそうならないと。
「でも、大助かりは大助かりだ。マーリン、ありがとう。おかげでしばらくは困らなさそうだよ」
「……? えへへ、頑張ったよ。デンスケも、ありがとう」
俺はお礼を言われるようなことしてないんだけどな。
マーリンはきっと、みんなと同じになりたかった。みんなと同じ、人間としての生活に溶け込みたかった。それはきっと今も変わらない。
その願望が残ってる以上は、特別になっても、格別な扱いを受けても、今のままの無邪気な反応を見せるんだろう。
だからこそ評価されたんだから、いいほうに転んだと言えるけど。
そんなわけで、大量の報酬を受け取った俺達は、また宿へと戻った。
とりあえずは宿賃を払って、フリードと合流したらご飯にしよう。そんなことを考えながら、部屋のドアを開けて……
「……? あれ? フリード? いないのかー?」
帰ったと言えるほどは馴染んでない部屋に戻っても、そこには誰の姿もなかった。
まあ、フリードにもフリードの予定があるし、いないことは不思議じゃない。
まだ明るいし、買い物でも仕事でも、あるいは魔獣退治でも、何かやってるんだろうとは予想出来る。
でも、ちょっとだけ間が悪かった……かな。
おなかが空いてるから早くご飯にしたかったのと、マーリンは今、いっぱい褒められたのをフリードにも報告したいテンションだったから。
その相手が不在とわかると、ちょっとだけさみしそうな顔になってしまった。
「んー、どこ行ったんだろ。ご飯……じゃないよな、たぶん。まじめなやつだし、働きに出た……って考えるのが一番自然だけど……」
王子様が路銀稼ぎに出たって考えることのどこが自然なんだろうか。
でも、街のために魔獣を倒しに出かけた……と考えたら自然だ。そして、今はそれを仕事にしようって話もしてる。
なら、一番最後の部分だけを繋げば自然だ。不自然な繋ぎかただな……
「ま、いないものはしょうがない。前みたいに連れて行かれたわけじゃないだろうから、そのうちに戻ってくるだろう。今のうちにご飯の買い出しに行こうか」
「ごはん……そうだね、フリードもきっとがんばってるもんね。いっぱい食べないとね」
ふんすと鼻息を荒げるその姿には、もうさみしいもがっかりも残っていない。
マーリンにも、フリードはまじめな男に映っているのだろう。だから、今頃は自分と同じか、それ以上に頑張っているハズだ、と。
なら、ご飯をいっぱい準備して、疲れを癒せるようにしてあげないと。なんて、献身的な考えでいるのかな。
何はともあれ、そうと決まったらさっさと買い物に行こう。
これで帰りが遅くなってまたすれ違ったら笑い話にならない。下手すると六人前のご飯が並ぶことにもなりかねないし。
そうなると……せっかくの稼ぎが……
「着替えは置いて荷物持って……よし。マーリン、行くよ。今日は何食べる?」
今日はマーリンが頑張った日だから、マーリンが食べたいものを買おう。そう決めて、部屋を出て繁華街へと歩き出した。
山育ちのマーリンにも、そろそろ好きな料理というものが出来つつある。好きな食材じゃなくて、料理が。
こういうとこもいい傾向だよね。もう野ウサギの丸焼きを嬉しそうにほおばるマーリンはいないんだ。いや、食料がなければ躊躇なく食べるだろうけど。
「ごはん、ごはん……デンスケは何が食べたい? フリードは何がいいかな?」
「こらこら、マーリンが食べたいものを聞いてるのに……」
なんでもおいしく食べられるから、何が出てきてもうれしい……とでも言いたげな顔をして、マーリンは俺やフリードの好物を考える。
正直なところ、この世界の食事は……この国の、か。この国の街の食事は、かなりのクオリティだと思う。とりあえず、現代っ子庶民の俺目線では。
もちろん、牛丼やらハンバーガーやらはない。ハンバーガーはあるかもしれないけど、あの味はない。
この国の料理は、どこで何を食べてもソースの味がする。中濃ソースじゃなくて、料理に合わせたいろんなソースの味が。
端的に言うと、ちゃんと味が濃い。味が濃くて、香辛料の刺激がある。ジャンクフードの概念はないハズだけど、どれもジャンキーな味なわけだ。
だから、俺は何を食べてもそれなりにおいしいと感じるし、だいたいのものは好きだった。
たまに味のない豆のサラダみたいなのはあるけど……栄養を思えば、それも必要なものかな、と。
強いて言えば、保存食の味はちょっとだけキツイ……かな?
食べ過ぎて飽きただけかもしれないけど、酸っぱいかしょっぱいが振り切れてて、ご飯なしで食べるのはきついんだ。
と、そんな俺の食の好みの話を出来る範囲でしていれば、繁華街へはすぐに着いた。
着いて……それから、何やら今朝とは違う盛り上がりを見せているのがわかって……
「お祭り……かな? なんだろう。もしかして、これがあるから工事が早めに終わったとか?」
「おまつり……? えっと……?」
おっと、まだお祭りは知らなかったか。まあ無理もないけど。
「理由はいろいろだけど、何かを祈ったり願ったり、あるいは悪いものを払うために、みんなで同じことをする行事があるんだよ」
「みんなで同じことを……そっか。じゃあ……えっと……?」
ごめん、俺の知識は東の島国に偏ってるから。外国のお祭りがどういう理由でやってるのかは知らないんだ。
でも、そんなに大きく変わった理由ではやらないハズ。健康祈願だとか、豊穣祈願だとか、そんな理由で始まるのはどこも同じだろう。
で……だ。目の前でごった返した人が何をしているか……と言うと。
みんな揃って遠くを……向こうのほうから来る何かを待ちわびている……のかな? じゃあ、お神輿が来る……とか。
「みんなと同じ……みんなと同じ……? みんな、何をしてるの?」
「えーっと……たぶん、そのうちに見えてくるよ。きっと、パレードみたいなものが……」
まさか山車は引いて来ないだろうけど、たとえば……兵隊のパレードとか、そういうのはありそうだよね。
権威を示すための軍事パレード……だとすれば、なるほど納得も行く。
あれだけ大きな軍事組織があるんだから、みんなを安心させるため、そして組織の意義を示すためにも。
あるいは……さっきも考えた、豊穣祈願の雨ごいパレード……とか。なんだそれは、聞いたことがない。
でも、えっと……トマトを投げ合う祭があるくらいだから。
矢倉に乗せられた司祭に向かって、オレンジを投げる祭があっても……この国のオレンジは割と固いし重いから、死人が出そうだな。
「……おっ。ほら、何か来た。やっぱりお祭りだ。あれに向かって、みんなで……みんなが……みんな何してるんだろうな」
拍手の音はする。歓声も聞こえるから、凱旋パレードだったりするのかな?
オリンピックの歴史を考えれば、何かしらの競技大会の成績を祝うものでも不思議はない。
なんにしても、目の前まで来ればわかることだ。
俺もマーリンも、周りの熱狂に押し流されないように踏ん張って、必死になってそれがやってくる方角をじっと眺める。
そして、ついにその正体が俺の目にも捉えられるところまで来て…………
「…………ふ――フリード――っ⁈ 何やってんだお前⁉」
「フリード? え? フリードがいるの?」
やってきたのは、武装した軍隊の行進だった。やっぱりこれは、軍事パレード……あるいは、何かの勝利を祝う凱旋パレードだったんだ。
でも……その先頭には、金の髪の金の瞳の、周りよりも小柄なのに誰よりも存在感を放つ、知った顔の黄金騎士がいた。
「……む。やあ、デンスケ。少しぶりだな。目を覚ましたときに君達がいなかったのでな、せめて路銀を稼ごうと兵団に協力していたのだ」
「路銀を稼ごうと……って、お前……」
やっぱりまじめな男だったなあ。と、感心する暇もない。
どうやらこの男は、俺達が門前払いを食らった……門の中に入れて貰ったけど、そうじゃなくて。
俺達は認めて貰えなかった騎士団に飛び込んで、魔獣退治で大きな成果を上げてきたのだろう。
その結果が、この盛大なパレードなわけだ。
盛大な……盛大過ぎる。お前……いったいどんな手柄を立ててきたんだ……




