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第百六十七話【さあ、活躍しよう】


 不本意な形で魔獣退治の仕事を諦め、案内されたとおりに役場へと向かう。

 どうしても戦いたいわけじゃないけど、戦えるのに、ちゃんと出来るのに、見もせずに無理だって言われたことには……やっぱり悔しさが募ってしまう。


「……はあ。切り替え切り替え、仕事を選ぶ余裕はないんだから」


 悪意から拒絶されたわけじゃない。むしろ反対、心配してくれたからこその言動なんだ。

 そのことがわかっている以上、悩んでも悔しがっても意味はないし、進展もない。


 今からすべきことは、とにもかくにも今日の宿賃と食費を稼ぐこと。

 どっちみち、しばらくは滞在しなくちゃならないんだ。ちゃんと戦えるぞと見返すチャンスはそのうち来るだろう。


 そんなわけで、ため息交じりに役場へと訪れれば、そこはすでに人でごった返していた。

 今まではこんなこともなかったんだけど、時間がズレると人が増えるんだね。やっぱり朝一番に来るべきだったか。


「これ、お鉢が回ってくるんだろうか……? 売り切れになったりしないだろうな……」


 仕事が売り切れるって表現もおかしな話だけど。でも、募集上限に達してしまう可能性はある……だろうか。

 魔獣退治を受け持つ機関があって、それがあれだけの規模なわけだから。その手の仕事はこっちには回ってこないだろうし。


 そうなると……街の施設の手伝いか、あるいは個人の手伝いか。

 どっちにせよ、よそものが飛び込みで受けられる仕事は限られる。はてさて、俺達の番まで残っててくれるか……


「はい、次のかた。本日はどうされましたか」


「こんにちは。仕事を紹介して貰いたいんですけど……」


 さて、しばらく待って順番が回ってきた。

 いわゆる日雇いのバイトはないかと尋ねる。実は、こういうことってあんまりしてこなかったよね。


「今日紹介出来る仕事ですと……そうですね、こちらでしょうか」


 そう言うと、受付のおばちゃんは何枚かの用紙を取り出して、そこに線を引きながら説明してくれた。

 懸念の通り、どうやら稼ぎのよさそうな仕事はもう締め切ってしまったみたいだ。さて、それじゃあどう選んだものか……


「簡単な仕事……で、稼げなかったら意味ないもんな。大変な作業でも、マーリンがいたらそんなに苦じゃない……としたら……」


 こら、そこ。マーリンをアテにするなとか言わない。頼りになり過ぎるんだから、そりゃ頼るよ。


 実際のところ、俺ひとりでも出来る仕事はある。

 でも、そういう仕事の場合は、マーリンが何も出来ない……かもしれない。


 単純な肉体労働を受ければ、そのときにはマーリンの魔術が全員分を補ってもあまりあるくらい活躍する。してしまう。

 その術に頼れない仕事を受けようと思うと、今度はマーリンが何も出来なくなってしまう。


 どっちがいいかという話になれば、それは前者だ。楽をしたいって意味じゃなくてね。

 マーリンには自己肯定感を高めて貰わなくちゃならないと、初めて街へ降りてからずっと考えてたことだ。

 最近はずいぶんと前向きになったけど、まだまだ。マーリンの能力を考えたら、もっともっとちやほやされるべきなんだから。


「としたら……これか。すみません、いいですか」


 そんな事情を鑑みて選んだのは、防壁の工事現場の手伝いだった。

 魔獣対策で街の周りを囲う壁を作る、その作業の手伝い。これなら、マーリンの力が存分に発揮出来るし、俺にもやれることがあるだろう。


「はい、かしこまりました。仕事を受けるのはおひとりでよろしかったですか?」


「ああ、えっと。いえ、こっちの子も受けます。こう見えて、力仕事にも秘策があるんで」


 まさか、魔術でものを運んでしまえるとは思わないだろう。

 おばちゃんは俺の言葉に少し懐疑的な目を向けたが、まあ働きが悪ければその対応は現場に任せるだけだろうから。ふたりでの労働申請はあっさりと許可された。


「よし、それじゃあさっさと行こう。一秒でも早く、長く働かないと」


 金欠ゆえに勤勉な発言も飛び出すよ、はあ。


 役場をあとにして、少しだけ急ぎ足に繁華街を抜ける。

 ちょっとお腹も空き始めてるけど……ご飯の時間までは我慢。おやつを買い食いする余裕もないんだ。


 そうして街の外周へと到着すると、見るからに作りかけの壁が現れた。

 その大きさ、造りを見るに、どうやら俺達が入ってきた方角にはもうあったものだ。なら、残りは多くてもう半分といったところかな。


「こんにちは。役場で紹介されて働きに来ました。何からすればいいですか」


 紹介されたからにはちゃんとやるぞ。お金ないから、そうじゃなくてもちゃんとやるけど。

 さっそく職人さんらしき人に声をかけると、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、嫌な顔をされた気がした。


 まあ……うん。子供がふたりだからね。俺はまだしも、マーリンはなんのために連れてきたのかって思われてもしょうがない。


「まあ、兄ちゃんのほうはガタイもあるし、使い物になるか。とりあえず、その辺の木材を上まで運び込んでくれ。転ぶなよ。割れたら数が足んなくなるからな」


「は、はい。気をつけます」


 ちょっとだけ不愛想と言うか、とっつきにくいと言うか。

 横柄とまでは言わないけど、露骨にめんどくさそうな対応を取られると…………ここらでバシッと見返しておきたくなりますなぁ。


「マーリン、頼める? 俺も運ぶけど……いや。俺が運ぶ分も残らないくらい、本気でやっちゃっていいよ」


「うん、任せてね」


 実力を見せてやろう。そんな意図での俺の発言に、そしてマーリンの行動に、職人さんは険しい顔でこちらを睨んだ。

 遊んでんな、働け。とでも言いたいのかな。でも……


 そんな表情はすぐに引っ込んで、驚愕と畏怖の色に塗り固められることとなる。


踊るつむじ風(ダンサ・ウィーリッド)――」


「なぁ――なんだそりゃあ⁉」


 言霊ひとつで風が巻き起こり、俺の背よりも長い角材は宙を舞う。

 どこにもぶつからず、取りこぼされることもなく。一本一本と言わず、まとめて、丁寧に。

 木材は示された地点まで、ひとりでに浮遊して運ばれていった。


「な、ななな、なんなんだ、お前達! い、いいい今のはいったい……」


「魔導士です。魔術師よりも優れた魔術使い。それが彼女――魔導士マーリンです」


 こういう紹介もなんとなく慣れてきたなぁ。まあ、ここまであからさまにやる機会はそうなかったけど。


 でも、力を示せば信頼はついてくる。職人さんはもう俺達を侮っていなくて、頼りになる魔導士と、その付き人くらいの認識になったことだろう。

 うん……付き人……うん……


「……ごほん。単純な作業も、複雑な作業も、重いも軽いも、マーリンなら自由自在です。任せられる部分は彼女に任せて、俺はほかに何をすればいいですか?」


「お、おお……? ほ、ほかにったってなぁ……」


 このままだと、なぜか偉そうにしてる付き人になってしまうから。なんでもいいから仕事を振ってください、お願いします。


 だけど……こういう工事現場において、マーリンのこの魔術は本当に絶対的だからなぁ。

 重たいものを運んで貰って、じゃあ細かい作業は俺がやろうか……と思っても、運びついでにそれもやっちゃえるし。本当に万能過ぎる。


「そ、それじゃあ……お、お嬢さん。木材を上に運び終わったら、次は倉庫からパイプを運び出してくれ……ください。中にもうひとりいるから、聞けばわかります……」


「パイプだね、任せてね」


 むふん。と、自信満々に答えるマーリンの姿に、職人さんはもうたじたじだった。そりゃそうなるよね……


 そんなわけで、一番大変そうな現場にをマーリンに任せて、俺はまた別の場所に案内された。

 おおかたの作業が終わって、細かい手直しと検査をするんだとさ。うーん……マーリンなら、これも本当についででやっちゃうんだよな……はあ。


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