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異世界転々外伝、異世界デンデン 伝説の田原さん  作者: 赤井天狐


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第百六十三話【新しい朝日】


 目が覚めたのは、すっかり日が高くなってからのことだった。


 そうなるまで起きられなかったのは、眠りに就いたのが遅くなったから。

 眠るのが遅かったのは、すべきことがたくさんあり過ぎて、なかなか解決しなかったから。


 そんな時間になっても誰にも起こされなかったのは、フリードも俺と同じ状態で、マーリンはそもそもこの時間までむにゃむにゃしてるのがあたりまえだからだ。



「……さてと。しかし、困ったことになってしまったな」


 目を覚ましてすぐに確認したのは、自分の懐事情について。


 なんと驚いたことに、今日の食費を除くと、路銀が完全に底をついてしまっている。

 昨日の段階では、もう数日分しかない……と思っていたのだけれど。これはどうしたことか。


「……うーん……困ったことに……なってしまいましたなぁ……」


 どうしたことか、何があったのか。問題の原因を探って、対処しなくちゃならない。

 ならない……けども。問題が火急過ぎるから、原因を探る時間も何もあったものではない。

 だって、今日泊まる宿賃が怪しいんだから。


「今日は……たくさん働かないといけませんなぁ……」


 でも……どうしてだろう。こんなにも窮地に立たされているのに、心はすごく穏やかだ。

 気持ちに余裕がある。なんでもやれそうな自身が湧いてくる。それに何より、世界がとても小さなものに感じられる。


 今の俺はきっと、何よりも誰よりも冷静で、俯瞰的な視点を持っているのだろう。文字通り、賢者のごとく。


「ふわぁ……むにゃ。デンスケ……? あれ……フリード、まだ寝てる……? じゃあ……まだ、朝……ふわ……」


「おはよう、マーリン。もう朝だよ。と言うか、昼前、だよ。起きて。かわいいかわいいマーリンたそ」


 冷静になれているのなら、今日は何をすべきかと優先順位をつけるのも容易い。

 何よりも優先されるのは、当然のことだけど路銀稼ぎだ。フリードの財布をアテにしてはならない、それは本当にあとが怖いから。


 路銀を稼ごうと思えば、まずはマーリンの力に頼らざるを得ない。

 うん……すっかり、情けないヒモ男になった気分だ。でも、涙は飲み込むよ。


 だって、そのマーリンがこっちを見てむにゃむにゃしてるんだ。なんてかわいいんだろう、この少女は。

 守ってあげなくちゃ。俺が、マーリンを絶対に守ってあげるんだ。そのためには、生きていく力を身につけさせてあげないと、だね。


「起きて、マーリン。ほら、お仕事だよ。検査所を探そう。そしたら次には魔獣退治も待ってる。大丈夫、君なら出来る。俺も全力で手伝う。だから起きて」


「……ふわ……むにゃ……? デンスケ……えへへ。なんだかいいにおいがするね」


 っ⁈ えっ⁉ ま、まじでござるか⁉ か、帰ってからすぐに水浴びしたし、服も着替えたんだけど⁉ 香水の匂いそんなに残ってる⁈


 マーリンの言葉に大慌てで距離を取って、自分の服を匂ってみる。

 けど……ぜ、全然わからない。俺じゃわからないくらいわずかな匂いも感知する……のか……?


「えっと……ごほん。ちょっとね、フリードにいい匂いの花を教えて貰ってさ。さっき外で探してたんだ。その匂い……かな?」


「いいの匂いのお花……? えへへ、そっか。お花の匂いは僕も好きだよ。またいつか、僕の好きなお花の咲いてる場所にも連れてってあげたいな」


 きゅん。あいかわらずかわいいこと言い過ぎですなぁ、マーリンたそは。ぎゅーっとしてなでなでしちゃいますぞ。


「っとと、そうじゃない。マーリン、ご飯食べて支度して。検査所に行くのは俺達だけでもいいからさ。フリードはこのままにして、先にそっちを終わらせちゃおう」


「フリードはいいの? オールドン先生は、フリードと友達になれないかな……?」


 いや、オールドン先生はいないんだ。先生がいたようなところには行くけど、あの人はボルツの検査所にいるから。


 でも、これから仲良くしてくれるかもしれない相手に、友達をひとりでも多く知って貰いたいという気持ち。昔のマーリンからすれば、ずっと欲張りになれた気がする。


 これはこれですごくいい傾向だ。

 マーリンはもう、たったひとりの友達なんて小さな幸せでは満足しない。ちゃんと、もっと大きな幸せに手を伸ばせるようになったんだ。


 ちょっとだけ感涙しそうにもなりながら、俺も一緒に朝食を済ませ、マーリンとふたりで一度宿を出る。

 連泊の予定は伝えてあるから、フリードはあのままでも大丈夫なハズ。追い出されることはないだろう。きっと。たぶん。


「さてと……それで、問題は検査所がどっちにあるのか……そもそも、この街に存在するのか、だ」


 部屋を出て繁華街へと足を向けてすぐに、まずは最初の問題について思案する。


 検査所は大きな街なら大体ある……と、そう聞いてる。でも、キリエにはなかった。

 このことから察するに、それなりに歴史のある大きな街……に、存在するんだろう。キリエは大きくなったのが最近らしいから。


 それで……この街はどうか、なんだけど。


「……わからん。マーリン、魔術の痕跡を探せるかな? 昨日の痕跡がついでに見つかったらなおのことよし。そうじゃなくても、お手伝い出来そうなとこを探さないと」


「魔術痕だね、任せてね。えっと……うーんと……」


 ちょっとだけ苦戦している様子を見るに、昨日の痕跡はない……のかな。

 あれだけ長く転々と跡を残していたわけだから、街の中に入っていたならすぐに見つけられるだろう。

 少なくとも、マーリンの目ならば。


「……あったよ。こっち。こっちからね、坂の上のほうに続いてる……のかな?」


「坂の上だね。うーん……なんか、前にも急坂を上って探し回った覚えが……」


 ガラガダだね。と、懐かしい名前を答えてくれたマーリンの、そのうれしそうな表情たるや。


 湖の痕跡を辿ってあの街を訪れたこと、そして念願叶ってビビアンさんと出会えたこと。

 そのどちらも、マーリンにとっては大事な大事な思い出なんだ。もちろん、俺にとっても。


「……うん、今度もいい出会いになるといいね。少なくとも、オールドン先生みたいな、話の通じる相手だとうれしい」


 もっとも、話の通じない悪い例を追ってキリエを出てるからね。因果な話なんだけど。


 でも、その話の通じないじいさんだっていい出会いだったんだから。

 今のこのかなり疲れた身体にはしんどい坂道だけど、楽しい未来のためには頑張らないとね。


 繁華街を超え市街地を過ぎ、そうして街のはずれにまでやってくると、マーリンは確信を持ってひとつの建物を指差した。

 それは、大きな煙突のある立派な建物で、見るからに工房といった趣だった。


「ビビアンさんのとこもこんなだったよね。あそこよりもっと大きい……となると、もしかして……」


 ビビアンさんよりすごい魔術師が出てくる可能性が……?

 そうなると……なると…………経験則的に言うと、魔術師として凄ければ凄いだけ、人間として破綻してるやつが出てくるイメージが…………


 いかん。悪い考え禁止、ネガティブ封印。

 そもそも、職も場所も選んでる余裕なんてないんだ。とにかく行って、手伝わせて貰えるかの確認をしないと。


「……ごほん。こんにちは。すみません、どなたかいらっしゃいますか」


 こんこん。と、叩いた音でわかるくらい分厚い木の扉をノックして、立派な工房の中に声をかける。


 比較するとすれば、アーヴィンで見かけた神殿……だろうか。術師五家のハークス家が住んでるらしい、あの大きな建物。

 あれよりももうひと回り大きい……かな。それだけ立派で、とんでもなく威圧感のある建物の、その扉がゆっくりと開かれて……


「こんにちは。あ、あの……我々は旅のものでして。魔術師として、仕事を受けさせて貰えるところを探しているんですが……」


 ドアから顔がのぞくところへ、まずは挨拶と、手短に用件を伝える。


 でも……俺の言葉に、その人はろくな反応を見せなかった。

 屋内にいたのに顔が見えないくらい大きな帽子を被っていて、ずいぶんと背の低い……女性、だろうか。それもわからないくらい、ごわごわとしたローブを身に纏った……


「……魔術師かい。旅の……とは、また奇怪な。工房も持たず、いったいなんの研究をすると言うのか」


「え……えっと、その……ごほん。魔術が使えるのは俺じゃなくて、こっちの子です」

「彼女の名前はマーリン。人を守る魔術師――魔導士マーリンです。彼女なら、きっとどんなことでも力になれると思うんです」


 もうそれなりに慣れた紹介も、口にするのがちょっとだけはばかられた。

 それは……本能的に察したから、なのかな。

 この人が、とてつもなく優秀な魔術師に見えるから。そんな人を相手に、魔術師を超えた存在だ……と、俺から紹介するのが怖くなった……のか。


「……魔導士……? なんだね、それは。人を守る魔術師? そんなものは――」


 語調は少しずつ強くなっていった。いつの間にか、顔がすっかり見えるくらいにこちらを見上げていた。

 男の人だった。あるいは、ガズーラじいさんと変わらないくらいの歳の、けれど活力に満ちた力強い目をしたおじいさん。


 その人の顔がどんどん赤くなるのがわかった。怒っている……? とにかく、興奮していることだけはたしかだ。

 わなわなと肩を震わせて、まるで睨みつけるようにマーリンを見て。そして……


「――そんなものは当然のことだ――っ! それさえわからない魔術師がどれだけ増えたことか! 魔導士と言ったか! 少女よ、よくぞこのロニーの門戸を叩いてくれた!」


 それは……どうやら歓喜と歓迎の興奮だったらしい。

 おじいさんは目をキラキラ輝かせて…………ギラギラと血走らせて、マーリンの手を取って建物の中へと引きずり込んだ。


 どうやら……悪い印象は持たれなかったみたい……?


 でも……やっぱり癖の強い、なんだか面倒なことになりそうな出会いな気が…………


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