第十三話【魔女の贈り物】
「眠ってる間に、断片的な未来を無作為に予知する能力……? それを、ドロシーは俺にくれた……のか?」
長い長いうとうとタイムを終えたドロシーから、とんでもない事実をもう一度聞かされる。そう、もう一度。
幻聴を聞いたのでも、寝ぼけて変なことを言われたのでもない。どうやら本当に、ドロシーは俺に未来視の能力を付与した……そうだ。
「……でも……ね。僕は……その……出来損ない、だから。見える未来がいつのものかはわからなくて……それと、自分に起こることしか……見えない、から……」
「自分に起こること……しか、か……」
ごめんね。と、ドロシーは少しだけうつむいてそう言ったが……どんな未来さえ見えないのが当たり前なんだ。それを、ちょっとばかし制約があるからなんて謝られると、こっちの感性がおかしい気がしてしまう。
それに……出来損ないなんて彼女の自己評価……いや、きっとほかの魔女からの評価もまた、この話を途方もないものにしている。
ドロシーの能力が不完全なものだと言うのなら、完全な魔女には完全な未来が見えている……なんてことがあり得てしまうのか。そんなの……
「……それで、どうしてそんなトンデモ能力を俺に? 怪我が治る能力だってそうだけど、わざわざそんなことしなくても」
友達が欲しいだけなら……ドロシーにとってはそれがとても難しい問題だったのは無視出来ないけどさ。それでも、やり過ぎにもほどがあるやり方だ。
そもそも、そういうのは後出しにすべきだ。こういう能力を、あるいはほかの恩恵を与えられるから、代わりに友達になってくれ、とか。先にあげたんじゃ、気味悪がられるか、その時点で用なしと見捨てられかねない。
もっとも、そんな打算が出来るとは思えないんだけど……さ。
「……怪我したら……つらい、から。つらい思いは、して欲しくない……から」
「……嫌な思いをして欲しくない……まあ、それは……うん。正義感として、理解出来るものだけど。けども」
それは、まだ会ったこともない、友達になってくれるかもわからない人間に、そんなとんでもなく強大な力を与える理由にはならない。いくらなんでも不足し過ぎてる。
ドロシーの説明を聞けば、どうしてもそんな感想が頭に浮かんだ。それと同時に、未来視の能力をくれた理由も。いや、もう全部説明されたようなものだけど。
「未来が見えたら……嫌なこと、避けられる……かもしれない、から。その……僕は、一度も……避けられなかった…………けど……」
「そんな気はしてたよ、わかってた。うん……わかってたけど……しかし……ううん」
献身的……なんじゃない。ドロシーのこれは、散々失敗してきた恐怖と、打ちひしがれてきた孤独感とがそうさせたんだろう。
もう絶対に失敗したくない。もうこんな寂しい時間は終わりにしたい。切羽詰まれば人も魔女も盲目になる……か。彼女の心理状態は、弱みに付け込まれた詐欺被害者と同じなのかもしれない。
「…………それでも、一度も避けられなかった……か」
この際、ドロシーの常識のなさや性格、それと……いろんな方面への危機感の薄さと、間違った方向への警戒心の高さは問題にしない。これは俺が一緒に……友達と一緒に暮らすうちに、自然と身に付いてくものだ。
で……この話の中で問題に上げるべきところがあるとすると、ドロシーが補足してくれた部分だろう。
「……見えるのはあくまでも未来……確定している結果、ってことか……? でも、その結果を知らないからこそ訪れる未来なわけだから……あ、いや……」
ドロシーがトンデモ能力オンパレードのすごい子なのは、昨日の日が高い間だけでもわかってたんだ。そこにはもう驚かない。それはいい。
そのうえで、彼女が未来を知って、それでもその結末を避けられなかった……ってのは大きな問題だろう。
避ける手段がなかったのか、避けようとしても別の形で訪れたのかは知らないけど、あるいはどっちもと考えればこの話はさらに厄介になる。
未来が見える。それは、ともすれば最強の能力のひとつだろう。漫画やアニメのキャラクターで、最強は誰だって議論をするときには必ず最有力候補として挙げられる力だ。
でもそれは、あくまでも結果を改変出来るから――知った結果に応じて行動出来るから、だ。知ったとしても、その結果は必ず訪れる……のでは、まるで意味がない。
「今朝見た夢は……起きてから違和感に気付くまでだった。その違和感は……実際の結果は……」
夢は、何かに気付く直前に目が覚めた。現実は、その直後に既視感を覚えた。
もしかして、その結果を知る前提で未来が見える……のか? 今回みたいに、それが予知した光景だって理解する瞬間までが見えて、だから訪れる未来では、どれだけ警戒しててもその瞬間までが地続きだとは気付けない……とか。
「か、考えれば考えるだけ頭が痛くなる能力だな……これ。ドロシーはこんなのとずっと一緒に生きてたのか……」
うれしい未来が見えたらいいけど、悪い未来が見えたら最悪だな。その瞬間が来るまでテンション下がりっぱなしなわけで……いや。うれしい未来でも、サプライズ系なら嬉しさ半減だな……
「……嫌……だった……? 余計なこと……した、かな……」
「……嫌じゃないよ。余計かどうかは……うーん。そこまでしなくても、俺はドロシーの友達になったのにな、とは思うくらい」
俺の返事に、ドロシーはちょっとだけ困った顔で笑った。友達って言われるの、本当の本当にうれしいんだな。
ともかく、この能力はうまく使いたい。と言うのも……この世界には、魔獣なんて危険が存在するわけで。
それに……ドロシーよりももっとやばい、不完全じゃない魔女ともどこかで出会いかねないとなったら……
「……そうだった……はあ。ドロシー。もう一個だけ……ホントはもっとあるけど、もう一個だけ聞いてもいいかな。その……」
いろんな理不尽を、ドロシーはすごい魔女なんだなぁという結論の一本鎗で封殺してきたが、しかしそればかりでは解決しなくちゃならない問題は未解決のままだから。
首を傾げるドロシーに俺が尋ねたのは、この世界が俺の元居た世界とどれだけ違うのか…………を確かめるための、たったひとつの問い。
この世界には、あとどれだけ危険なものがあるのか、と。
「魔獣にはもう襲われた。それと、ほかの魔女が現れれば嫌がらせを受けるかもしれないのもわかった。ほかに、ドロシーが知ってる危ないものがあれば、思い付く限りで教えて欲しい」
「危ない……もの……? えっと……」
大雑把な問いだろうか。でも、こればかりは仕方がない。
この世界特有の、変わったものは他に何がある? なんて聞いてみろ。
ドロシーはその日一日うんうん唸って……挙句、嫌われたくない、変な子だと思われたくない、嫌な場所だと思って欲しくないって、いろいろ思考が飛んで飛んで、まともな情報も得られない。
何が変で変じゃないかは、それも俺が感じる違和感は、俺以外には測れない。部外者の視点を当事者が持ってるわけないんだ。
だから、ドロシーが思う危険そうなものはなんだろうか。と、そういう問いになる。
怪我をするのは嫌なことだ。未来が見えれば、もしかしたら危険を避けられるかもしれない。そう考えたから、俺にその力を与えてくれた。
逆に言えば、これだけ力があって、世俗とも乖離しているドロシーでも、危険の範囲は俺とそう変わらない……人間にとっての危険がなんであるかは、把握してる可能性が高いんだ。
「…………えっと、ね。村の人は、熊に気を付けろ……って、子供に言ってた……よ? それから、それから……」
俺にはそういう意図があったからこその質問だけど、ドロシーからしたら……ごめん。堪ったものじゃなかったね。答えるの難しいよね。
そんなドロシーの口から出てくるのは、俺も知ってる脅威……野生の、特に大きかったり狂暴だったりする動物の名前だった。魔獣なんてのがいたうえでも、熊や猪はやっぱり危ないんだな。
「それから……それから……あっ。えっとね、えっと……ずっとずっと北に行くと、もっと危ない魔獣がたくさんいる……んだよ」
「……北に行くと、より危ない魔獣がいる……か。うーん……い、嫌なこと聞いたなぁ」
と、言うことは……だ。なんとなく察してた……いや。ゲームで知ってた程度の知識で予想してたけど、魔獣ってのはあれ一種類じゃないんだね……
「……そのうちに魔王とか魔神なんてのも現れかねないな……はあ」
まんまRPGだけど、魔獣と魔女がいて魔王がいない道理は…………ないこともないけど、あって欲しくはないよね。
それからもまだ必死に答えを絞り出そうとするドロシーの隣で、ちょっとだけ不安を募らせながら考えごとにふけった。
もしかしたら、その危ないものこそ、ドロシーの友達を作るのに使えるかもしれない……なんて。