第百五十五話【見つからない足跡】
予定を決めてからずっと楽しみにしていたガズーラじいさんとの再会は、キリエに来てから十日経っても果たされなかった。
もともとの目的はそこじゃないとはいえ、そんなのはマーリンには関係ない。
ただ、友達とまた会えるんだ。と、それだけのことでうれしかった。なのに……
「……今日もいなかった……となると、本格的に遠出してると考えたほうがいいのかな。これで五回目だもんなぁ」
街に着いてすぐに一度。その翌日に手紙を残すために一度。その手紙に記した日付に一度と、その次の日にももう一度。
そして今日、都合五度目の訪問だったのだが、それでもガズーラじいさんは不在だった。
ただ用事で出かけている……と、そう考えるのはむずかしいだろう。
きっとあのじいさんは、街から出てるんだ。それが用事のために遠出をしてるのか、それとも……
「……会えない……のかな……? もう、おじいさんとお話し出来ないのかな……」
「……マーリン……」
この街はクリフィアから近い。あのじいさんがクリフィアに対して少なからず嫌悪感を向けていた以上、引っ越しをしてても不思議ではないだろう。
でも、そうと決まったわけでもない。むしろ、この街に残っている可能性のほうが高いと言える。
そもそもがかなりの高齢だ。
魔獣のことを考えなかったとしても、遠くまで引越しをするとなればかなりの体力が必要になる。
それは肉体的な話もそうだし、お金のこともそう。
精神的にも、こんなへんぴなとこでひとりぼっちだったとはいえ、馴染んだ場所を離れるのは大変だ。
だから、引っ越したとしても近場……たとえば、このキリエは栄えた街だから。
税金が高い、とか。そんな理由で、近くの小さな村に引っ越した……なんて可能性も十分に考えられる。
でも……そんなのは、頭で考えた理屈に過ぎなくて。
理屈を俺がどれだけ並べ立てても、今のマーリンの落胆を取り除いてあげられるわけじゃない。
「……大丈夫、また会えるよ。ほら、フリードとだってまた会えた、また一緒に旅が出来た。じゃあ、ガズーラじいさんとだってまた会えるに決まってる」
王子という身分が明らかだったフリードと、一庶民でしかないじいさんとでは、探すに必要な情報が段違いだ。
そのことを考えたら、再会は絶望的だ……と、そう断じてしまえるのかも。
だけど、そんな夢も希望もない話を、落ち込んでるマーリンにするわけにもいかない。
それに、俺だって……また会えるものならまた会いたい。話をしたい。
あんな出会いだったけど、せっかく仲良くなれたんだから。
「きっと引っ越しをしたんだ、それも最近に。となると……ここから近い街か、あるいは……ここよりももっと、住みたいと思える場所に移った……のか」
この近くの街……となると、つい先日通った道を戻るか、あるいは北へ南へ西へと、行ったことのない道を進むか。
歩いて数日で行ける街。と、そう限定したとしても、途方もない時間を要する。
はてさて、どうしたものか……
「……っと、そうだ。街の人に聞いてみよう。どこへ行ったかはわからなくても、引っ越したのか、それとも出かけただけなのか、それくらいはわかるかもしれない」
まだ探す余地はある、再会を諦めるほどのことじゃない。と、励まし続けた成果か、マーリンはまだしょぼくれた顔のままでも、力強くうなずいた。
そうと決まれば、さっそく街へ戻ろう。
いや、ここもキリエの街なんだけど。ほかの人とあまりに離れた場所に住んでたから……
そして俺達は、まず露店の並ぶ繁華街へと向かった。
情報を集めるとなれば、やっぱり小さい店の店主に限る。
別にそうと決まったわけじゃないけど、こういうところはお客さんとも立ち話をする機会が多いだろうからね。
何か情報を仕入れてても不思議じゃない。
「こんにちは。すみません、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど」
「はいらっしゃい。なんだい、お前さん達か。最近よく見るけど、もしかして引っ越してきたばかりかい? まだ若いのに、ずいぶんと好景気だね」
好景気……か。やっぱりこの街は、ほかと比べてずっとずっと栄えた、お金のかかる街……なのかな。
となると、やっぱりじいさんは経済的な理由で引っ越した可能性が高いのかな。
あの歳じゃ仕事を探すのも大変だろうし……
「えっと、旅の途中で、ちょっと人に用事があって足を止めてるんですけど。街はずれのご老人って、今はこの街にいらっしゃらないんですか?」
「街はずれの……? ああ、あのじいさんかい。さあ……どうだろうね。いることは前から知ってたけど、買い物をする姿を見るのも珍しいし……」
まだ数回ここを通った程度、この店では買い物もしてない俺達の顔も覚えてるこの店主のおやじでも、買い物姿を見る機会もそうない……か。
あのじいさん、本当の本当に人とかかわるのが嫌だったのかな。
前に聞いた話だと、もうちょっと心を開いてた時期もあったらしいけど……
「悪いね、とても力にはなれそうにない。少なくとも、この商店街にはそう来ないよ。年寄りのひとり暮らしだし、心配ではあるけどねぇ」
「そうですか……すみません、時間を取らせてしまって。あ……っと。ついでと言っちゃなんですけど、これとこれください」
ぐ……と、胸を軽く押さえつけられたような気分になる。
年寄りのひとり暮らし……か。そう……だよな。そういう可能性だって十分に考えられるもんな。
でも、マーリンはその言葉の意味をわかってないみたいで、ただ残念がって落ち込んでいた。
ひとまず、この並んだ露店での聞き込みはあまり効果がなさそうだ。
お礼じゃないけど、ちょっとだけ買い物をして、俺達は次の場所へと移ることにした。
そうして目指したのは、以前にもお邪魔してあのじいさんの話を聞かせて貰った、一件の小さなレストランだった。
「ごめんください。少しいいですか」
この店の店主は、どうやらガズーラじいさんのことを多少なりとも知っているふうだった。
それも、人から離れて生活をする前のころのじいさんの姿も見ている、知っている。
真っ先に来るべきだったかな? と、後悔するくらい、あてにしていい人のハズだ。
「はい、いらっしゃいませ。おや……ええと。すみません、以前にもいらっしゃったことがありましたか? ええと……そう、そうです。もうずいぶん前のことですが……」
「は、はい。覚えててくれたんですね」
おっと、これは望外な展開だ。まさか、一度来ただけの俺達の顔を覚えててくれたとは。
「以前にいらした際には、街はずれのご老人に会いに行く……と、おっしゃっていましたね。よく覚えています。どうも他人事とは思えず、うれしかったもので」
またいらしてくださったんですね。と、店主はにこやかにそう言って、俺達を奥の席へと……きっと前に来たときと同じ席へと案内してくれた。
様子を見るに、どうやら俺達が街を離れていたことはわかってた……のかな。
まあ、広い街とは言え、ずっと暮らしていれば顔を合わせる機会くらいはあるだろうし。
そもそも、旅の人間だってことは教えてたから。不思議ではないか。
「えっと、ですね。それで、またあのおじいさんに用事があって訪ねたんですけど……」
まあ、そんなことはどうでもよくて。
大切なのは、この店主がガズーラじいさんのことを知ってるかどうかだ。
その件について俺が切り出すと、店主は少しだけ困った顔になって……そして、視線を俺よりもむしろマーリンへと向ける。
話をしてる俺じゃなくて、そのとなりで落ち込んだ顔をしているマーリンへと。
「……すみません。とてもお力にはなれそうにありません。以前にはご老人とも接点があったのですが、あの離れに住むようになってからは……どうにも……」
「……そう、ですか。こちらこそすみません。またお邪魔して、また同じようなこと聞いて」
店主は俺の言葉に、少しだけ笑顔を見せてくれた。今度はこっちに。マーリンじゃなくて、俺に。
「……いえ。ご老人を気にかけてくださるかたなど、そう多くありませんから。以前も、今度も、うれしかったですよ」
気にする人も少ない……か。その言いかたは、なんとなくだけど……店主自身も戒めるようなものに聞こえた。
同じ街に住んでるのに、自分を含めた誰もがかかわりを戻そうとはしない。もう諦めてしまってる。
そのことを、どこか悔いている……と、そんな意味なのかもしれない。
「……ありがとうございます。もうちょっとだけ粘って、ダメなら街の外を探してみます。黙っていなくなってても不思議じゃないですからね、あのおじいさん」
その意見には店主も笑って同意してくれて、そんな様子を見てかマーリンもちょっとだけ元気になった……ような気もする。
うん。そうだ。やっぱり、あのじいさんのことだから。ふらっとどこかへ行ってても不思議じゃないよ。
「っと、そうだそうだ。えっと……あ、そうか」
「すみません、何か持ち帰りで作って貰うことって出来ますか? 前と違って、今はふたりじゃないんです。そいつにも食べさせてあげたくて」
「持ち帰りですか? はい、大丈夫ですよ。少し待っていてください」
お礼もかねて食事を……と思ったところで、フリードにも食べて貰いたいなと思い立つ。
そうして飛び出た急なお願いにも、店主は笑顔で応えてくれた。本当にいい店。味も最高だし。
それから少しして、紙の容器に包まれた料理を受け取ると、俺達は一度宿へと戻ることにした。
ご飯食べながら、これからのことをフリードとも話し合わないと。今はあいつの事情、予定もあることだしな。




