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第百四十三話【いまさら確認】


 出来れば野宿はしたくないんだけどなぁ。と、心の中でちょっとだけ愚痴をこぼして、今朝は三人で街を出発した。

 時刻は……推定午前十時。とりあえず、朝早くではなくて、昼にもなってないくらい。だからそんなもん。


 一応、この世界にも時計はある。そして、その文字盤に記されている数字も読める。


 でも、俺はこの世界の時計を見て、それがいつごろを示すものなのかを知らない。


 今更になってみて、これも当然の話なんだけど。

 俺は文字を読めるし、言葉を聞き取れる。もちろん、こっちからの意思疎通も可能だ。


 それは、マーリンが召喚魔術式をやったときに、そういうふうにしてくれた……んだと思う。

 まだ説明下手なころに聞いた気がするくらいの覚えしかないから、よくわかんない。


 で、だ。そういうわけで、俺には見たものを理解する能力はとりあえず備わってる。

 このまったくの異世界にやってきて、なんだかんだ困らずに生活出来るくらいには。


 でも、それが完ぺきじゃないことも事実。


 俺はこの世界の常識を知らない。

 それはつまり、言葉を知っているかどうか……ではなく、その言葉によって何を口にしていいか、悪いかを知らないという意味。


 つまるところ、知ってる悪口は避けられるけど、知らなかったら自然と言っちゃうかもしれないってこと。

 バカとは言わないように出来ても、木綿豆腐が差別用語だったりしたらそれを避けられない。木綿豆腐がそもそもないけど。


 それでそれで、時計の話に戻るんだけど。

 文字盤に数字が書かれてるのはわかる。でも、それが何時を指すのか、そして一日が何時間なのかを知らないから、時計として読むことが難しい。


 俺の知ってる時計なら、十二進法で午前午後合わせて二十四時間。各数字ごとに五分刻みで六十分。同じく六十秒を計って、今が何時何分何秒なのかと知ることが出来る。

 でも、この世界の時計の針が数字を指示したとき、それが何時で何分で何秒なのかという意味はわからない。


 至極単純な話だけど、数字を覚えたばかりの子供が時計を見ても、それが何時かわからないのと同じ状況なんだ。


「……もっと早くに解決しておくべきでしたなぁ。うーん、我ながら情けなくなるくらいの凡ミス」


 とは言っても、俺はもう大人。教えて貰えば時計くらいすぐに読めるようになる。

 そう、教えて貰えれば。


 しかしながら残念なことに、教えて貰う相手がいない。

 俺はもう大人。つまるところ、そんなことは知ってなくちゃいけないんだ。この世界でもそれは変わらない。


 こんなデカいやつが、時計の読みかたがわからなくて……なんて言ったら、当然…………悪いことになる。

 恥をかくとかそういう話じゃなくて。


 ものを知らないよそものなんてのは、いいように使われておしまいなんだ。


 だから、マーリンと一緒に山を降りた時点から、出来る限り堂々と、わずかでも弱みを見せないようにと心がけてきた。


 幸いなのは、今のところは時間を気にする必要のある生活を送ってないこと……かな。

 陽の傾きさえ見てればそれで充分くらいの、とっても大雑把な生活に救われてる。救われちゃってる……はあ。


「デンスケ、どうしたの? 疲れた? おなかすいた?」


「ため息など、らしくないな。悩みごとだろうか」


 時計くらい、どっかのタイミングで買って、体内時計と照らし合わせるだけでなんとかなったハズなんだけどな……と、ついついため息が出てしまった。

 そんな俺に、マーリンもフリードも心配そうな顔を近づける。


「……あのね。マーリンもフリードも、俺を何だと思ってるの……」


 疲れてなくてもお腹空いてなくても、ちょっとため息つくことくらいあるでしょうが。

 それと、悩みごとがらしくないってどういうことだ。能天気ってことか。たぶん違う意味だろうけど。


「いや、今まではさ、なんとなーくで生きてたから、時間も日付も気にしてなかったんだよ」

「でも、いつまでも旅人生活ってわけにもいかない。いつかはどこかに根を下ろさなくちゃいけない。それを考えたらさ」


 あれ、なんだろう。まだ高校一年生なんだけど、そろそろ青春も終わり、社会人になったら夏休みなんてないからなぁ……みたいなこと考えてる気分。すっごく……嫌。


「……なるほど。いや、すまない。そうか……私はてっきり、君達は自然の在りかた、在りように身を任せる主義があるのだとばかり思っていたのだが……そうではなかったか」


「……違うよ、違うんだよ。たしかに……たしかに、俺もフリードの立場だったら……そういうこだわりのある人かなって思ったかもしれないけど……」


 目に見えてないところにも変な誤解が発生してたよ、危ない。話題に出しておいてよかった。

 下手したら、そろそろ野宿させてあげないといけないかな……なんて気を遣わせてた可能性もあるやつだ。危な……


「……しかし、そういう事情であるならば…………君達はいささか荷物が少な過ぎやしないだろうか……?」


「ぐっ……そう、そうなんだよね。ああいう生活を一回経験しちゃって、ないならないで困らないって思っちゃったせいで……」


 そもそも、マーリンが万能過ぎるんだ。

 火を起こすのにも何かを作るのにも、道具らしいものを一切必要としないんだから。


 そんなマーリンにおんぶにだっこで旅を続けていた俺達の荷物は、保存の利く食料が数日分と、飲み水の入った水筒、それ以外に使う水の水筒、そして着替えが何着か。

 とても旅をしようって人間の荷物じゃない。ちょっと泊りで遊びに行くときの準備と変わらないんだよ。


「まあ、収入が限られてたってのが大きいかな。今でこそそれなりに路銀もあるけど、ガラガダを出たばかりのころには、ボルツでの貯金はほとんど使い果たしてたし」


 普通は、お金もないのに旅に出るな……って言われるところだけど。残念ながら、お金を稼ぐために旅をしてるからね、俺達は。

 そんな事情を知ってか知らずか、フリードはちょっとだけ悩んだ顔をして、そしてすぐに自分の荷物を確認し始めた。


「……私が使っているものを貸してもいい……のだが。しかし、そういうことではないのだろうな」


 いや、貸してくれるならめっちゃうれしいんだけど……とは言えない。言わない。

 俺にも矜持がある。少なくとも、そんなたかりみたいなことはしないよ。だって……本当に困らなかったからね……


 そんな俺の顔色を窺って、フリードはなんだか納得した様子だ。


「であれば、キリエに到着したのちには、しばらく別行動を取るべきかもしれないな。冒険者として仕事を受ける必要があるだろう。その際に私が隣にいてはな……」


「……そっか。フリードはお金も貰わずに戦ってたんだもんな。それが今更になって、やっぱり報酬を出せ……なんて、みんなをがっかりさせちゃうよな」


 すまない。軽率な判断だった。と、フリードは頭を下げるけど、悪いことなんてしてないんだから、謝る必要なんてないのに。


「……しかし、その口ぶりからするに、キリエに行くまでの街は全部、問題を解決してきちゃった感じかな? いやはや、強いのは知ってたけどさ……」


 魔獣退治ってそんな簡単なことじゃないと思うんだよね……

 少なくとも、俺はマーリンから強化魔術を受けないと戦うどころの騒ぎじゃない。鍛え上げられた兵士だって苦戦する相手だ


 それを、あの別れのあと、王宮でやるべきことをやって、それからこっちに来てすぐに始めたとして…………とんでもないな、やっぱり。


「ま、そんなに大きな問題じゃないよ。魔獣だけがみんなを苦しめてるわけじゃない。どこの街へ行っても、だいたいは人手を欲しがってるからさ」


「そう……だな。どうにも王都へ移住する若者が多く、人手不足に陥っている街は多い。そこへ君の体力とマーリンの魔術が訪れたなら、どれだけ感謝されることだろう」


 王都へ移住……か。そりゃまあ、やっぱりみんな都会に住みたいよね。

 俺の世界でも、流行りものが田舎のほうに来るころには、もうテレビでも扱われなくなってるくらいだし。


「……と、そうしたら。マーリン、これからは調査依頼とか、工事や建築なんかの手伝いを受けることが多くなるかも。そのときは頼りにしてるからね」


「うん、任せてね。フリードも、いっぱい頼ってね。僕は魔導士だからね」


 えっへん。と、鼻高々に胸を張る姿は、もしかしたらフリードには珍しく映るかな?

 以前に一緒にいたころには、どちらかと言えばうつむきがちで、自信なさげな振る舞いが多かったから。


 それだけ成長したんだよ、それだけ頑張ったんだよ。と、言わずとも伝わるマーリンの変わりざまに、フリードはとても微笑まし気な目を向けていた。

 そうなるよね。かわいいからね。本当にかわいくて……かわいいですからなぁ。


 かわいいかわいいマーリンたそが元気いっぱいに先頭を歩いて、俺達はまた次の街へと向かった。本当に……小動物ですなぁ。


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