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第十一話【まだ、人でないもの】



 ドロシーはこれから人間になる。人間として生きて、人間の中で暮らしていく。それを最終目標に定めて、今からちょっとずつ練習していく。


 それが正しいかはわからない。でも、友達が欲しいって願いを叶えるのなら、光が見える方に進まなくちゃならない。


 少なくとも、俺が隣にいる間に。


「――こっち。こっちだよ、デンスケ……えへへ……」


 さてと。そんなわけで、俺はしばらくドロシーと一緒に…………山の中で暮らすことなった。どうしてこうなった。どうしてもこうするしかなかった。


 まだ街へは行けない。まだ、ドロシーは人が大勢いる場所へは行きたがらない。


 彼女からすれば、ようやく友達がひとり出来た……願いが叶ったばかりなんだ。その幸せに浸ることもなく、もっと大きな目標を……なんてのは、まだまだ重荷にしかならない。


 友達と一緒に過ごすことがどういうことか、そもそも友達ってなんなのか。そういうのを学ぶ意味も込みで、俺が一緒にいる時間は長い方がいい。と言うのが……まあ、建前。


「ひい……ひい……ふー。体力はそれなりに付けてたつもりだけど、ドロシーはすごいな。こんな山道を……」


 本音のところは、俺も俺でまだ街へ行くのは怖い。と言うか……一番近い街には顔を出しにくい。


 いや、あの……全裸で走り回っちゃったんだよ。そういう撮影かなとか、試験かなとか、今更思えば意味不明な思考回路を働かせて、奇行に奇行を重ねてしまったんだ。


 結果的にはあのフリードリッヒ王子に見逃して貰った……わけだけど。ここが異世界で、ちゃんとした国で、街なら、あの時俺に剣を向けてた人達は本物の警察、あるいは憲兵なわけで……


「次はない、か……」


 今度も救いの手が……なんて考えるのは、いくらなんでも楽観的過ぎる。だから、街に行くにしてもまた違うところ……それなりに離れた、出来ればもっと規模の小さな村なんかに入りたいものだ。


「デンスケ、こっちだよ」


 そういう事情もあって、ひとまずはドロシーが普段寝泊まりしてる場所へと案内して貰ってる。髪の黒い、翼の生えてないドロシーに。


「……飛べるなら飛んだ方が楽かもしれないけど……うん」


 ドロシーはその姿でいることをあまり苦にしてなさそうだった。元に戻って楽をしようとか、必要な時だけ切り離そうとか、そんな考えは頭に浮かばないんだろう。


 人間になろうって言ったのは俺。ドロシーはそれを、新しい自分の願いとして受け取ったのかもしれない。自分自身が掲げる目標として。まあ、勝手な憶測だけど。


 そういうわけで、空も飛べないドロシーは、それでも身軽に山道を登って行く。いや、違うな。山道……なんて、どこにもない。険しい山を、野生の動物みたいにすいすいと……


「……たくましいんだね、ドロシーは。なんだか……なんだか涙が出てきたよ……」


「……? デンスケ……? どうしたの……泣かないで……」


 骨格は人間と同じ……翼の分は違うけど、それも今はないわけだから、寸分違わず同じ形と言って差し支えないだろう。


 で……人間はそんな風にすいすい山を登れないんだ。少なくとも、普通に暮らしてたら。


 そういう事情からも透けて見えるのは、ドロシーは本当に小さなころから苦労してたんだろうな……ってこと。魔女からも虐げられ、人里にも受け入れて貰えなくて。とにかく目につかない、険しい環境で暮らしてたんだろう。


「デンスケ……嫌……だった……? やっぱり……ちゃんと、他の人みたいに……街で……」


「ああ、いやいや。嫌なわけじゃないよ。ドロシーが可愛過ぎて、うれしくて泣けてきちゃっただけだから」


 勝手に憐れんで勝手に泣いてる俺を見て、ドロシーはとっても寂しそうな顔で近寄ってくる。ごめんねと今にも謝りそうな顔で。


 さすがにそれは申し訳ないと言うか、色々と失礼だし情けなさ過ぎるから。大丈夫と頭を撫でて、また案内を続けてくれるようにと頼んだ。


 まあ……靴もなしで山を登るのは、本気の本気でつらいんだけど。ドロシーのためだし、多少は我慢しよう。一応……その……怪我もすぐ治る……から。


「……足の裏がめちゃめちゃにかゆいのは……そういうことなんだよな。うん……」


 これについてもちゃんと聞いておかないとな……と、ちょっとだけげんなりするのは、やたらかゆい足の裏……本来ならズタボロにケガしてても不思議じゃない、なのに無傷に見える俺の身体の摩訶不思議さ。


 ドロシー曰く、そういう風にしてある……とのことだけど…………ど、どういう風に何をやったの…………?


 炎を出すとか、異世界から召喚するとか、それはまだなんとなく魔法っぽい。でも……怪我がめっちゃ早く治る……ようにする、ってのはちょっと理解し難い。せめて治しておくれよ、パッシブでそんなの付与しないで。心配になる。


 そんな俺の心配もよそに、ドロシーはようやく足を止めてこちらを振り返った。途中で何回も振り返ってはにへにへ笑ってたけど、そういう意味じゃなくて。


「……ここがドロシーの……」


 目的地に辿り着いて、ここだよって合図をするためにこっちを見た。それが…………高い山の深い森を奥へ奥へと進んで、もうすっかり日も暮れるころのことだった。


 甘く見ていた……わけじゃない。でも、結果的にはそうなる。人目に付かない場所に隠れてた……って、聞いて想像してても、しんどいものはしんどいし、実際に歩くと……信じたくなくなってしまう。


 ただそれでも、嫌な感情だけが残ったわけじゃない。


「……いいとこだね。いろんなものが見える」


「……えへへ。ここは、ちょっとだけ……好き……なんだ。えへへ……」


 少しも離れないところから水の音が聞こえる。それなりに激しいから、もしかしたら滝なんかあるのかもしれない。


 木々の間から向こうを望めば、さっきお邪魔して迷惑を掛けた街が小さく見える。まだ解像度が低いけど、こっちに慣れればどっちの方角にどんな場所があるかくらいは見て取れそうだ。


 そして何より……空が広い。森の奥の奥に進んで、この場所だけは木々が密集していない。いや……たぶん、ドロシーが拓いたんだろう。自分の居場所として。


「流れの速い川があるなら、水には苦労しないよな。食べるものは……魚か、それとも何かを狩るか。ドロシーは普段何食べてるんだ?」


「え……? えっと……ね。えっと……えっと……」


 デンスケと同じだと思う……よ? と、ここへ来てもまだちょっとだけ誤魔化そうとしているのは、信頼してないからじゃなくて、癖になってるから……だと思いたい。


 俺と同じだと思う……貴方と同じように暮らしている、友達になれる存在ですよ……と、そんなアピールをするのが、彼女にとっての自己紹介なんだろう。ちょっとさみしいし悲しいけど……今はそういうのじゃなくて。


「……俺と同じわけないだろ、もう。俺はこっちに来たばっかなんだから。ほら、ちゃんと教えて。俺はドロシーのことが知りたいんだ。友達なんだから、いっぱい知りたいの」


「……デンスケが……僕の……えへへ。えっと、えっとね……」


 食糧事情は死活問題なので、ドロシーたそはかわいいでござるなぁで済ませてはならない。せっかくの美少女も、死んだ後には愛でられませんな。


「……魚を捕まえたり、うさぎを捕まえたり。たまに……蛇も捕まえるけど……」


「魚、うさぎ、蛇……ふむふむ」


 魚はともかく、牛豚以外の哺乳類と爬虫類は……食べたことなんてあるわけないんだよな……


 でも、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、ドロシーの食性には納得がいった。いや、勝手な偏見だけど。


 さっき分離させた翼は、フクロウの姿になって表れた。つまるところ、彼女の中にはそういう性質があっても不思議ではない……んだろう。たぶん。


 ドロシーはどう見ても被捕食者の小動物なんだけど、しかしフクロウは捕食者……猛禽類だ。魚にうさぎに蛇にと、挙げられた動物は獲物で間違いない。


「まあ……食べたら食べられるだろう。食べなきゃならないとなったら、人間なんでも食べられる……ハズ」


 最悪の場合、愛情たっぷりなドロシーの手料理だと思い込んで食べよう。それならたぶん、生のカエルだって食べられる。気がする。美少女の作ったご飯は残さない、これジャスティス。


「えへへ……えへ…………あっ。デンスケ……おなか、空いた……? すぐに捕まえるね……っ」


「えっ……あ、いやいや。ごめん、催促したわけじゃないんだ……けど……」


 けど……まあ、そろそろご飯食べないとな。もう夜も近い。夜になったら、ご飯はおろか狩りすらろくに出来ない。捕ってくれると言うのなら……今日のところは甘えさせて貰おう。


「明日からは俺も手伝うから。その……やったことないからさ。お手本を見せて貰えると助かる」


「……お手本……うん、わかった。見てて、デンスケ……えへへ」


 見てて。と、そう言って彼女は…………何もないように見える、さっき歩いて登ってきた道になってない道の方をじっと見つめた。


 気付かなかったけど、やっぱり野生動物はいたんだ。それを察知して探し出すドロシーの感覚は……やっぱり、フクロウに近い……のかな?


「……? ドロシー? どうした? えっと……道具とか、使わないのか……? おーい……?」


 じーっと木と木の間を睨み付けて……ドロシーは動かなくなってしまった。探してる……感じじゃない。もう見つけてて……で、どうやって捕まえるか……を、今考えてる?


 狩りをするなら、何か道具が必要になりそう……だとは、素人考え? でも、うさぎみたいに動き回る野生動物を素手で捕まえるのは、いくら慣れてても効率が悪そうだ。


 さっきは人間離れしてると思ったけど、どこまでいってもドロシーは人間で…………


「――――燃え盛る紫陽花(バルナ・ハイディジア)――――」


 人間で…………はないから、迫害されていた……んだっけ。


 思い出させられたのは、彼女が謎の言葉を吐ききってから。その言葉が赤い光を放ってから。そして……


「……うん。デンスケ、いっぱい……いっぱい食べられるよ。たくさん捕まえた……から……えへへ」


「……あー、うん。そう……そうだった……ね。捕まえ……うん。調理も済んだ感じ……かな?」


 さっき登ってきた森が、木々が、紅蓮の炎で焼き払われたから、否が応でも思い出してしまった。彼女が魔女と呼ばれる生き物で、その力があの怪物をも簡単に焼き殺してしまえるものだということを。


 にこにこ笑うドロシーに手渡されたのは、こんがり…………おなかを壊す心配などどこにもないくらいしっかり火を通された、推定うさぎのような……お肉だった。匂いは……めっちゃおいしそうだ……うん……

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