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第百二十九話【出発の朝】


 この街を守る騎士の邪魔はしない。そう決めて、俺達は俺達だけであの魔獣の調査を進めることにした。


 そうとなったら手早くやろう。と、俺は朝早くに起きて、荷物もさっさとまとめて、いつでも出発出来るように準備を整えた。

 でも……まあ、いつもの通り、マーリンはそんなに早く起きてこないから。


「……はあ。のんびりしてられる時間が余計にストレスになるとは……」


 強化魔術をかけて貰えるようになってから、ただの一度も魔獣にケガをさせられたことはない。

 それどころか、危ないと思う瞬間すらなかった。


 それでも、怖い。魔獣と戦うことが、わからないものを前にすることが、怖くてしょうがない。


 本能的な問題なんだ、これは。

 自分より大きくて、重くて、とがった爪や牙を持ってる怪物を前にすれば、逃げたいと思ってしまう。

 生き物なら当たり前に持ってる防衛本能が働いているに過ぎない。


 それでもやると決めたから、やる。

 でも……今から怖い思いをするってわかってるのに、ただのんびり待つだけのこの時間が、とってもとっても緊張するんだ。

 なんか……こう……ああ、今から怒られるのかなぁ……みたいな、そういう緊張。


「……むにゃ……ふわぁ。おはよう、デンスケ……むにゃ」


「おはよう、マーリン。ほら、起きたらちゃんとして。二度寝しちゃダメだよ。調査に行くんだからさ、今日は」


 ちょうさ。ちょうさ。と、ただ音だけを真似して繰り返してる九官鳥みたいなマーリンの姿に、身体のこわばりはゆっくりと解きほぐされていく。

 これは……かわいいマーリンを見て癒された……のではない。

 このかわいくてしょうがない生き物が、どんな魔獣よりも強い、頼もしくて仕方がない友達だって知ってるから。

 これもまた、本能が安心させてくれるんだろう。


「ほら、顔拭いて。髪やってあげるから、ご飯食べて」


「むにゃ……えへへ。デンスケ、ありがとう」


 あれ。なんか俺、お母さんになってない?


 ビビアンさんのところを離れて以来、マーリンの髪を縛るのは俺の日課になっていた。

 ビビアンさんにやって貰ったのがうれしかったんだろう。ポニーテールがお気に入りになってしまわれたようだ。


 まあ、手間のかかる髪型じゃないだけよかったと思うべきか。

 それとも、おしゃれに目覚めたなら、自分でやるようになって欲しいと願うべきか。


「えへへ。デンスケは手が大きいね。ビビアンも大きかったけど、デンスケはもっともっと大きい」


「そりゃ男だからね。それに、マーリンと比べたら誰でも大きいよ」


 マーリンたそはおててちっちゃいですからな。おくちもちいさいし、なんか全体的にちまっとしてるんですぞ。

 まあ……ちゃんと成長してる部分もあるから、あんまりかわいいかわいいと抱き締められないんですが。


「はい、出来たよ。ご飯は……まだ食べてるとこか。そのままでいいから、耳だけこっちに傾けてて」


「……耳……だけ……? えっと、えっと……」


 ああ、こんな比喩表現はまだ使ったことなかったね。

 ふたつの指示を両立しようとして、マーリンは手に持っていた瓶詰めを動かさないように、頭だけを必死にこちらへ傾けようとしていた。


「ああ、えーっと……そうじゃなくて。ご飯食べながらでいいから話を聞いててね、ってこと」


「食べながら……うん、わかったよ。もぐもぐ」


 おくちがちいさいからひとくちもちいさいですな、本当に小動物のよう。

 それと、食べるのに夢中で全然こっちに気が向いてない気がするんですが。寝起きだと本当に小さい子と変わんないんだなぁ……って。


「……ま、俺がわかってれば最悪それでいいか。えっと、まずは今日行くところを再確認だけど……」


 さてと。説明は必要ならあとでもう一回するとして、だ。

 自分で再確認する意味も含めて、ちゃんと見ておこう。


 騎士団の調査範囲を完全に把握しているわけじゃない。

 だから、昨日調べた地点よりも外はとりあえず全部見て回りたい。


 ただ、俺達にも目的はある。キリエに向かって、そこから首都を目指すって目的が。


 どちらも両立させるために、進路と反対方向の調査は諦めることにした。

 もっともそれは、この街へ来るまでにも一度通っているから。そういう背景も含めてのこと。

 そっちの調査は終わっているとすべきだろう。と、そう判断したわけだ。


「ってわけだから、こっちの門から出て、このまままっすぐ西へ進むよ。それで、ここの林をぐるっと回って……」


 そんなわけで、俺達がこのあと調査するのは、街から北西へと進んで、次の街へと辿り着く少し手前にある地点……となる。


 街の西側には林があって、そこから北へ進むと川が流れている。

 調査するとすれば、林を南側からぐるりと回って、川のほうへと回り込む。そしてそのまま川沿いに次の街を目指せばいい……だろう。


「林の中へは踏み込まないけど、そう大きな林じゃないから、外側からでも十分に確認出来ると思う。昨日の調査でもそんなやりかたをしてたしね」


 本職がやるのと素人がやるのとでは精度が段違いだろうけど、林の中をくまなく調べていると、それはそれで問題が発生するんだ。

 端的に言うと、俺達が次の街へ辿り着けなくなる。野宿しなくちゃならないのは避けたい。


 だから、今回は林を外側から窺って、川沿いの調査をメインに進める。

 その結果、もっと詳しく調べたほうがいいかも……となったなら、次の街で一度宿を取って、場合によってはまた現地の組織を頼りにして、林の中を本格的に調べる。

 と、俺としてはそんな予定を立てたんだ。


「……どうかな。問題があれば、あるいはわかんないとこがあれば、なんでも言って」


 そう、俺としては。これはあくまで、早起きした俺が勝手に決めた段取りに過ぎない。


 魔獣についての知識は、俺よりもマーリンのほうが持ってる。

 もっともそれは、専門的な知識じゃない。経験に起因する体感的な知識。つまりは経験則ってやつだ。


 マーリンはそれを言語化するのが苦手だけど、直感を外したことは今のところほとんどない。

 だから、出来れば彼女の意見を取り入れて、より綿密な準備を進めたいけど……


「むぐむぐ……もぐもぐ……ごくん。あーむ……もぐもぐ……」


「……おくちちっちゃくてかわいいですなぁ、マーリンたそは」


 そんなに多くもない瓶詰めを、まだ全然食べ終わる気配がない。そんなわけだから、まだまだ話に参加出来そうにもない……と。


 まあ、これもわかってたことだから。

 マーリンが一生懸命大口を開けて放り込むひと口は、俺が高いアイスをちまちま食べるときのひと口とそうかわらない。

 彼女にちょうどいい例えをするなら、小鳥がついばんでるようなものだから。


「ま、出発してからでも話は出来る。目さえ覚めれば、なんだかんだ超優秀な魔導士だからね」


 目さえ覚めれば、物事への理解力はかなり高いほうだと思う。目さえ覚めれば。


 そんなわけで、マーリンの食事が終わるのを待ってから、俺達は少し曇った空を見上げながら出発した。雨は……来ないと思う。

 どさっと降ったら…………川の調査は明日に回そう。まずは街に着かないとね、また野宿になっちゃうから。

 せっかく人間らしい生活に馴染んだんだから、もう外で寝泊まりするのは避けようね。


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