第百二十六話【不明の過去】
地中から現れた魔獣について調べるために、近隣の憲兵にも声をかけて調査団を結成する。そう伝えられて、俺達は一度街へと戻った。
残された死骸の大きさを見て、数人程度じゃ返り討ちに遭いかねないと判断したんだろう。
そして、出発は翌日に予定された。
「さて、今日はゆっくり休もう。急ぎ足で疲れたのもあるし、明日は頑張らないといけないし。夜更かし厳禁だ」
魔獣の討伐をしたのが俺達だってことで、調査の同行を許された。
本来なら、こういうのは騎士や軍みたいな組織だけで対処するらしい。
それでも一緒に行かせて貰えるのは、あの魔獣が本当に危ないものだってわかってくれてるからだ。
街を、国を守る騎士の能力の高さが、なんとも安心感を与えてくれる。
それと同時に……やっぱり、ちょっとだけのガッカリ感もあった。
「……やっぱり誰も知らなかったね、俺達のこと。もっともっと……いや。こういう場面で、公的に記録が残るやりかたで活躍しなくちゃいけないんだ」
「きろく……? えっと……ちゃんと魔獣を倒したよって教えてあげて……それで……お金を貰って……?」
俺の意見を聞いて、マーリンはやっぱり首をかしげてしまう。まあなんともかわいらしいお顔ですこと。
彼女は良くも悪くも純粋過ぎる……のかな。平たく言うと、社会的な野心がまったくと言っていいほどないんだ。
俺は、この国がちょっとでも幸せになれば……なんて、そんなことを思って、冒険者って名前を使い始めた。
でも……本心からそう思ってる事実を前にしても、それだけが原動力じゃないんだとわかってる。
憧れて貰いたい、認めて貰いたい、褒めて貰いたい。人間にはそんな承認欲求があるから。
この話とその部分を切り離して考えることは難しいだろう。
「……マーリンも、いつかもっと大きい夢を持てたらいいんだけどね。みんなから尊敬される魔導士になって、今よりずっと幸せな生活を送りたい……とか」
「……みんなから……今より……うーん」
今より幸せな、みんなから愛される人生。そんなものさえ想像出来ないのか……なんて、一瞬だけ不安になってしまった。
まだそんなところにいるのか。もうすっかり人と過ごすことにも慣れて、当たり前の幸せを享受出来るようになったと思ったのに……って。
でも、それは本当に勘違い、早とちりだって、すぐにわかった。
「……デンスケも、ビビアンも、フリードもマグルも、みんな……みんな一緒に、楽しく旅が出来たら……えへへ。頑張ったら、そんなふうになるのかな?」
マーリンにとっては、ほかのどんな幸せよりも大きいんだ、誰かと一緒にいられることが。
それは決して、かつてのようにほかの幸せを望めないのではない。
そのころに比べたら、ずっとわがままを言えるようになったし、それが悪いことじゃないと自覚も出来てる。
「うん、そうだね。いっぱい活躍して、みんなから褒められたら、そのときにはきっと、ビビアンさんもフリードも、それまで友達じゃなかった人も、一緒に笑ってくれるよ」
「……えへへ。そうなったらいいなぁ」
がんばらないとね。と、マーリンは気合を十分に入れて、そして……いそいそと布団にもぐりこんだ。
言葉とは裏腹な行動に思えるけど、まあ……今すべきことって、早く寝て明日の備えることくらいだから。
暴走して何をしたらいいかわからない……なんてことにならない、意外な冷静さを垣間見た気がする。
「……そういえば、しばらくは会ってないな。元気かな」
そうしてもぞもぞとシーツにくるまったマーリンの姿を見て、ふと懐かしい光景を思い出す。
それは、まだ山での暮らしをしていたころ。あるいは、一度山に戻ったころのこと。
彼女が……いや。俺達が眠るとき、休む場所には、必ずそいつがいたんだ。
人間よりもはるかに大きな、やたらもこもこして触り心地のいいフクロウが。
今更になって思ってみれば、あれも魔獣の一種……だったのだろうか。
マーリンの知識が正しいもの……世間一般に言われてるって意味じゃなくて、誰も解明出来てない真実と同じものだとすれば、魔獣は魔力の影響で生まれるわけだから。
当然、濃くて強い魔力のそばには、とてつもない魔獣が生まれて然るべきだろう。
濃いとか薄いとか、魔力にそういう概念があるのか知らないけど。
「…………魔獣が生まれる理由が、もしも魔力……魔術師の影響……だとしたら」
そういえば、ビビアンさんはその研究をしているんだっけ。マーリンから聞いた話で、直接説明は受けてないけど。
魔獣は、魔力の影響で生まれるのか。それとも、魔力によって作られるのか。
又聞きしたビビアンさんの研究は、魔獣の発生が人為的なものかそうでないかをはっきりさせるもの……とも言えるのだろう。
もしも、魔獣が人為的なものだとすれば。それは……きっと、あのフクロウはそれに当てはまる……気がする。
だってあれは、マーリンが自分の翼を切り離したものだ。
魔術に関係する力を切り離した結果生まれたのであれば、ほかの魔獣とは一線を画したとしても、類するものと言える。
でも反対に、魔獣が不自然な環境下で自然発生したのだとすれば……それは、つまり……
「……マーリン。君は、どこからやってきたんだろうね」
生まれながらにその姿をしていた。生まれながらに人と違っていた。生まれながらに、その力を有していた。
彼女は人間を求めた。人間とともにあることを求めた。だから……こうして一緒に笑って、幸せを噛み締められている。でも……
もしも、君が違う願望を抱いていたなら。
そのとき君は、人からなんと呼ばれたんだろう。
なんだか嫌な考えごとで寝つけなかった晩を超え、俺達は朝日の照らす街道を進んでいた。
「ふわ……むにゃ。デンスケ、まだ眠たい……よ」
「ふわぁ……むぐ。マーリン、歩きながら寝ちゃダメだよ。転ぶよ。痛いよ」
俺が眠たいのは寝不足だから。マーリンが眠たいのは……いつも通り、朝が苦手だから。
ふたりして大あくびをしながら、緊張感なんてこれっぽちも持たずに、昨日訪れた騎士団の駐屯所のドアを叩く。
「おはようございます。冒険者デンスケと魔導士マーリン、ただいま参りました」
おっと。眠くて変な言い回しが出た。
ここが騎士の務めるところだからって、俺がかちっとした喋りかたをする必要はないのに。
けど、そんな俺達の寝ぼけた姿を茶化すでもなく、騎士のみんなは真剣な顔で出迎えてくれた。
それはそれで目が覚める……怒られたほうがまだのんびりしてられたよ……っ。
「よく来てくれたね。君達が話の通りの実力ならば、そしてあの魔獣が見た通りの脅威ならば、たとえ寝ぼけていても戦力は多いに越したことはない。感謝するよ」
「わっ、とっ、と。ごほん。誠心誠意手伝わせていただきます。俺達に出来ることがあったら、どんなことでも」
まじめに来られるとボケる余裕もなくて、寝ぼけた気持ちが蹴っ飛ばされた気分だ。
それを全部わかってやってるんだとしたら、この若いお兄さんは相当なやり手だろう。人をその気にさせるのが、そして人を使うのがうまい。
「それでは、さっそく出発しよう。まずは昨日の現場に戻ろうか。道中、君達にも確認して貰いたいものがある。馬車の中で目を通して欲しい」
若い騎士はそう言うと、くるくると丸められた一枚の紙を俺に手渡した。
こんなとこじゃ広げられないけど、ちらっと見えたその内側には、魔獣災害報告書と書かれていた。
「……今までに出た魔獣被害の中に、あれがやったものがあるかもしれない……ですか」
「そういう意味もある。けれど、それについてはこちらで十分に検証して、ほとんどあり得ないだろう……と、結論を出している」
「君に確認して欲しいのはそこではなくて……」
おっと。話は馬車の中でしよう。と、お兄さんはそう言うと、視線を俺から少し向こう……俺の後ろでふらふらしてる、今にも眠りそうなマーリンへと向けた。
子供っぽいけど意外と大人だよ……って思ってるのに、こんなところはちゃんと子供なんだよなぁ、もう。
今にも眠ってしまいそうなマーリンを馬車の内壁にもたれさせたら、お兄さんに教えて貰いながら、過去の魔獣被害についてのまとめをひとつずつ確認していった。
あの魔獣による被害はこの中には確認されてない。でも……もし、あんなのが紛れ込むとすれば。
いったいどんな被害が悪化して、最悪のケースに至ってしまうだろうか……と。




