第百二十五話【頼もしい組織】
魔獣は地下にも生息出来る。その事実を前にして、俺達のテンションはとても低くなってしまっていた。
これじゃあ、目で見て何もない場所だって安全じゃない。街の中も、開けた畑も、どこにでもこいつらが現れる可能性がある。
こんなのがいるって知れたら、みんな怯えながら暮らさなくちゃならないだろう。
じゃあ……もう退治したからと、これを伏せたまま先へ進むか? 答えは……否だ。
「あれだけ大きな街なら、魔獣に対処するための組織があるハズだ。警察でも憲兵でも、軍でも騎士でも、なんでもいいから。そこに報告して、出来るなら調査を手伝おう」
大勢は知らないままのほうがいいかもしれないけど、知ってなくちゃならない人にはちゃんと知らせる。こんなのを見つけてしまったからには、そのくらいはやらないと。
そういうわけで、俺達は道に戻って街を目指した。
高い壁に囲われたその街は、もしかしたらもうあの魔獣の存在を知っていたのかもしれない。だからこその堅い防御なのかも。
しばらく歩いて街に辿り着くと、俺達は真っ先に役所や屯所のような場所を探した。
魔獣を退治するのが公的な仕事かどうかは知らないけど、それを仕事として振り分けるのはきっとそこの役割だ。
きちんと報告すれば、そして能力が認められれば、仕事としてあの魔獣の調査を受けられるかもしれない。
「はい、こんにちは。本日はどうされました。見たところ、旅のおかたですかね? 宿の紹介でしたら、こちらで受け付けてますよ」
「こんにちは。えっと……旅をしてるのはその通りで、宿を探してるのもあってるんですけど。その前に、報告と言うか、相談がありまして……」
なんとも慣れた対応を見るに、この街には観光客が……あるいは、よそから避難してくる人が多いのかなと推測出来る。
まあ、ここはどう見ても安全そうな街だ。それに、とても栄えている。
以前立ち寄った村が人の寄り付かない場所だとすれば、ここは人が集まりやすい場所なんだろう。
でも、今は観光でも避難でもない、別の目的があるんだ。と、そう伝えれば、受付のおじさんは少しだけ怪訝な顔をした。
「ここへ来る途中……ここからしばらく東へ行ったところで、魔獣と遭遇したんです。それも、ほかでは見たことのない、地面に潜る魔獣でした」
「……地中に潜む魔獣……ですか? それはそれは……よくご無事で。逃げてこられたということは、あまり攻撃的な魔獣ではなかったのでしょうか」
逃げてきた……か。まあ、妥当な判断、推理だよね。
たったふたり、それも片方はどう見ても子供なんだ。まさか、戦って倒してきたなんて思うわけもない。
とまあ、その勘違いはなんでもよくて、だ。
何かされる前に倒してしまったから、あの魔獣がおとなしいのか凶暴なのかを知らないままだ。
でも……おとなしい魔獣なんてものを、俺達は今までに一度も目にしていない。それが答えだろう。
「……いえ。おとなしくて誰も襲わないような魔獣なら、わざわざ地中から姿を現さなかったと思います。そこはやっぱり、魔獣ですから」
「そう……ですか。ううん……困りましたね。っと……そうなりますと、ご相談というのは、その魔獣の退治……でしょうか」
それは……と、おじさんは困った顔になって、あっちこっちへ視線を泳がせた。
残念ながら、この受付では魔獣討伐の依頼なんて受けてないよ……と、そういう話だろう。
「えっと、ですね。魔獣そのものは俺達で退治したんです。でも……もし、あれが一頭だけの魔獣じゃないとしたら」
「場合によっては、街の中とか、畑とか、見晴らしのいい場所にもいきなり現れかねないかな……って、そう思いまして」
「……魔獣を退治した……のですか? おふたりが? そう……ですか」
あっ、これ全然信じて貰えてないやつだ。
下手をすると、地中に魔獣がいたって話そのものまでホラだと思われてるかも。
それは困る。煽るつもりはないけど、危機感は持って貰わないといけないんだ。
こうなったら……しょうがない。どっちにせよ、仕事を貰うには力を証明しないといけないわけだから。
「どこか、魔獣の退治を受け持ってる組織を紹介してください。そこに相談して、出来れば俺達も調査を手伝いたいんです」
「安心してください。こう見えて、魔獣退治は慣れてるんです。これまでにも、何十頭も倒してきてますから」
「何十頭も……ですか。なるほど、頼もしいですね。では……ええと。そうですね、それでしたら……」
うーん……どう見ても信じてない反応。まあでも、それで構わないと言えば構わない、か。
この人は街の役人だろうから、その仕事はあくまでも街の人達の生活をよくすること。魔獣への対策は別の組織が受け持つのだろう。
としたら、この人もまた、とてつもない脅威があるなんてことは知らなくていい人だ。
知っててくれれば安心でもあるけど、知らせなくて済むならそれに越したことはない。と、そんな風にも思える。
そんなこんなで、おじさんが紹介してくれたのは、街の北方にある騎士団の駐屯所だった。
なんでもそこは、国に属する騎士……つまるところは国軍のような組織が滞在する、この近辺の警護の要だそうな。
そんなにもおあつらえ向きな場所があるならばと、俺達はおじさんにお礼を言って、出来るだけ急いでそこへ向かった。
大きな街だから、南東から入って北まで歩くだけでもそれなりに時間がかかる。
あんまりのんびりしてると、宿を取りそびれて別のことで困りかねない。
「それにしても……はあ。これだけ大きくて、人の出入りも多そうな街でも、まだまだ噂は届いてないもんだね。もっともっと派手にやらないと……かなぁ」
「……? デンスケ、どうしたの?」
せかせかと街中を進むさなかに、ついついため息と愚痴がこぼれてしまった。
俺達の……俺の目的は、冒険者デンスケと魔導士マーリンの名前を大きくすること。そして、憧れて貰うこと。
そうした先で、同じように魔獣と戦ってくれる人が増える未来を望んでいる。そうなれば、きっと不幸の数は減らせるハズだから。
そんな理由で、冒険者だとか魔導士だとか、この国には馴染みのない肩書きを名乗って、わざわざ派手に魔獣を倒して、その活躍を喧伝してきたんだ。
ここへ来るまで……ここよりもいくらか南では、それなりに名前も売れてきてた……つもりだったんだけど。
「もっともっと頑張らないとね。少なくとも、デカい男と、ちっちゃくてかわいくて萌え萌えな女の子のふたり組の旅人が来たら、もしかしたら……って、期待して貰えるくらいに」
「……えへへ。デンスケはおっきい……もんね。おっきくて、もえもえ……だね」
きゅん。あいかわらずかわい過ぎる反応をしますなぁ、マーリンたそは。
それにしても、俺が適当に教えたのが悪いとはいえ、こんな野郎に萌えって言葉を向けるの、ちょっとだけ……こう……変な子。って、なってしまいますな。
と、新種の萌え談義に花を咲かせる暇もなく、俺達はせっせと街中を進んで、紹介された騎士団の駐屯所まで辿り着くことが出来た。
地中から魔獣が現れた。その場所はここから東へしばらく行ったところだ。そして、その個体についてはもう退治してある。
それでも、脅威が取り払われたとは思えない。
そんな説明をすると、ここでもやはり、なんとも信じてなさそうな反応をされてしまった。
まあ……そうだね。そりゃそうなんだよ。子供の言うこと、それも今までになかったものの報告だからね。
それでも、現場に同行して貰って、魔獣の死骸とそれが地面を掘り返した跡を見せれば、いかつい武装の騎士全員が、険しい顔で悩んでくれていた。
この人達は、この近辺の安全を守るために本気で戦ってくれている。そのことがはっきりと見て取れた気がした。




