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第百二十三話【ターントゥウェスト】


 村にはひと晩だけお世話になって、俺達はまた東へ向かって歩き出した。


 結局、ここでは首都の情報は集められなかった。直接聞くわけにはいかない話題は、狭いコミュニティじゃ調べるのも難しいのだ。


「うーん……それにしても、本当に不思議な話があったもんだ」


「……? ふしぎ? 何が変なの?」


 何も調べられなかったことについては、不満がないわけじゃないけど、問題なわけじゃない。だから、気にする必要もない。


 でも、どうしても引っかかる……変な因果だなあと、勝手に面白くなってしまう話はあった。


「ほら、最初に言ってただろ。あの村を出ようなんて思わなかった……そんなこと考えつかなかったって。その話ってさ、前にも聞いたことがあるよね」


 前にも。と、俺がそう言ったから、マーリンは首をかしげて思い出を手繰り始める。

 そして少しの間を空けて、ちょっと驚いた顔でうなずいた。どうやら辿り着いたらしい。


「マグル……だね。言ってたもんね、魔術師じゃなかったら旅をしてたかな、って」


「うん、そう。魔術が使えなかったら、俺達みたいにいろんなとこを渡り歩いてたのかな……とかなんとか」


 あの男の人とマグルとの間には、これと言って共通点なんてない。むしろ、何もかもが正反対と言っても差し支えないだろう。


 マグルは生まれが特別だった。マーリンと同じく、人から離れて暮らさなくちゃならなかった。

 魔術の才能があったから、その分野、その実力のみで地位を築き上げた。ついには魔術師の街を興すほどに。


 お世話になったあの男の人を悪く言うつもりはいっさいない。でも、明確なことは誤魔化しようもないから。


 マグルの人生は、マグルの今は、普通に生きた人間とは、あまりにかけ離れたもので、その密度や起伏の激しさは、並大抵では乗り越えられなかったものだと思う。

 そんなマグルを、ただあの村に生まれ育って、外を知らなかっただけという部分しか知らないあの人と比べるのは、いろんな意味で間違っているだろう。


 でも、俺達を見たふたりの口からは、同じ答えが出たんだ。どこかで何かが違っていたら……って。


「どんな人生を送っても、振り返って満足なんて話はない……とか、そういうそれっぽい片づけかたでもいいんだけどさ。でも……やっぱり、違う気がするんだ」


 テレビに出るような人が言いそうなセリフでこの話をまとめるのは、いくらなんでも環境が違い過ぎる。そう思って、俺はそんなことを言った。

 でも……マーリンはその言葉の前提を知らない、テレビの著名人なんて知る由もないから。

 なんとか理解しようと頑張ってるけど、首を傾げたまま困り果てて止まってしまった。かわいいなぁ、本当に。


「この世界には、この国には、選択肢が少な過ぎる。それは、未発達だから……じゃない。発達や発展を阻害するものがあるから、それどころじゃないんだ」


「……邪魔する……の? えっと、えっと……」


 別に、そうじゃない世界でも同じ答えが出ることはあるだろうけどさ。でも、それとは本質が違う……と、勝手に思ってる。


「魔獣だよ。魔獣がみんなの選択肢を奪ってるんだ。ううん、違う。魔獣のせいで遅れてるいろんなものごとが、みんなから時間を奪うんだよ」


 あの村は魔獣の脅威にさらされていなかった。でも、だからって魔獣の被害を完全に受けていないわけじゃない。


 あの村に人が少ないのは、単に住みづらいだけじゃないだろう。そもそもの話、あの場所を知らない人が多いんだ。

 その理由は単純で、魔獣のせいで安全な街から出たくないから、だ。だから、誰も村までやってこない。


 こんなの、あの村に限った話じゃない。

 魔獣のせいで交易が滞ってるだとか、馬車が出せなくなっただとか、そんな理由で食料が不足する場所はいくらでもあるだろう。


 直接的な被害があるかないかだけじゃなくて、魔獣のせいでいろんなものが足を引っ張られて、結果としては大きな迷惑を被っている。

 そういう事例は、ちゃんと数えたら果てしないことになるだろう。


「マグルみたいに、やりたいことがあるからほかのことを諦めた人ばっかりじゃないと思うんだ。そんなこと出来るのなんて、ほんの一握りだ」


「……そう……なの? そう……かな。そうなのかも。えっと、えっとね……それって、僕……も、そう……かな?」


 俺の話を一生懸命聞いて理解して、マーリンは恐る恐るそんなことを尋ねた。


 そう……だね。ああ、そうか。そういうことか。

 やたらと気になった、やたらと大きな問題に思えたのは、マーリンが足を引っ張られた側だから。そして、それをなんとなく察していたから……なんだな。

 我ながらなんとも……親バカみたいだなぁ。


「そうだね、マーリンもそうだよ。マーリンだって、いろんなことを諦めて、諦めきれなくて、つらくても頑張ってたんだもんね」


 マーリンもマグルと同じで、出自が理由でいろんなことを諦めなくちゃならなかった。


 つまるところ、魔獣ってのは理不尽なんだ。理不尽な強さの存在って意味じゃなくて。どうしようもないのに、きっちり邪魔をしてくる概念ってこと。

 遠足の日に来る台風みたいなもので、誰の意思も無関係にやってくる、なんともならない妨害みたいなものなんだよ。


「……うん。それじゃあさ、やっぱりそんなのは取っ払うべきだ。少なくとも、取っ払える範囲では」


 雨が降るなら傘をさすし、風も強ければ振り替え日に再出発だ。

 理不尽のために楽しいことを我慢するなんて、そんなのばかりじゃつまらない。


 幸いと言うべきか、魔獣は倒せば消えてくれる。被害は出続けるけど、それを減らすことは出来る。

 自然災害に比べたら、全然かわいいものだ。どうしようもなさについては、地震とか台風の足元にも及ばない。


「としたら……うん。マーリン。昨日の今日であれだけど、ちょっとだけ予定変更してもいい?」


「予定……北に行く……の、やめるってこと? そうしたら……えっと……南?」


 あ、いや、そんな真逆に進むこともないんだけどさ。

 でも……前半まではちょっとあってる。うん……ちょっと。前半だけ見ても、ちょっと。


「北に行って元凶をなんとかする……のは、やっぱり急ぐべきだと思う。でも、俺達にはそこに何があるのかの情報が一切ない。だから、今は首都を目指してるよね」


 でも、その首都がどこで、どんなとこなのか、俺もマーリンも知らない。

 そして、それを知るには……知ったうえで自分の立場を守るには、直接の聞き込みは避けるべきだ……と、そう思っている。そこは変わらない、変えるといろいろとまずいから。


「だったら、もう知ってる人に……それも、信頼出来る人に頼ればいい。そうしたら、出自がどうとかで突っ込まれることもないと思う」


「……友達に……頼る……ビビアンのとこに戻る? ビビアンにまた会える……えへへ」


 あー、えっと……ごめん。ビビアンさんのとこには戻らない。いや、戻ってもいいとは思うけど。

 でも、俺が考えた候補はビビアンさんじゃない。それを伝えると、マーリンは露骨にがっかりしてしまった。すっかり懐いたもんだね……


「ガズーラじいさんだよ。キリエの街にいた、あの偏屈じいさんに会いに行くんだ」


「……おじいさんに? えへへ……じゃあ、お土産持って行ってあげないとだね」


 その話、ちゃんと覚えてたんだね。友達との思い出は、小さなことでも大切にするタイプだ。


 ガズーラじいさんのいたキリエの街は、クリフィアから馬車で北上した先にある。

 俺達は今、ガラガダを出発して、アーヴィン、クリフィアを通り過ぎて、そこから東へと進んでいたところだ。

 つまり、ここからなら、キリエかクリフィアのどちらかに向かうのが一番近いことになる。


 そして、最終的な目的地が北にあるんだから、少しでもそっちに近づけるほうへ……と、そう考えれば、今から向かうべきはキリエなんだ。


「それに、キリエは大きな街だったからさ。調べ物をするにもちょうどいいと思うんだ」


 だから、よしんばガズーラじいさんに会えなくても、目的を達せられる可能性が高い。


 もちろん、クリフィアだって小さくない。

 それに、魔術師の街ってことはつまり、学者の街だ。知識が欲しければ、間違いなく大きな助けになるだろう。


 でも……問題がひとつあって、肝心要のマグルと会えるかどうかがわからないんだよね。

 友達になった……とは言え、マグルは結界の中に隠れてしまっている。

 俺達が行ったからって開けてくれるとも限らないし、そもそも気づかれなかったらどうしようもない。


 とまあ、その懸念は伏せておこう。マーリンにとって、マグルも大切な友達だ。俺にとっても、だけど。

 友達を悪く言われたら、マーリンは絶対に悲しい思いをする。そういう子だからね。


 そんなわけで、キリエを選ぶ理由だけを説明すると、マーリンは興奮気味にうなずいてくれた。

 ガズーラじいさんに会えるって、それだけで喜んでるんだろうな。

 俺は殺されかけてるんだけど……それでも、友達は友達だから。なんか複雑……


 そんなわけで、東へと向かっていた足をくるりと反転させ、俺達は北西へと歩き始めた。

 まっすぐ戻らないのは、せっかくなら知らない場所にも行きたいから。

 ビビアンさんとの約束があるからね。多くの場所へ行って、多くの人と出会わないと。


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