第百十五話【理想は遠く、答えは近く】
強化の魔術以外の方法で、俺の動きを劇的に変化させる。
そのためにマーリンが出した答えは、風魔術によって外部から身体を操作することだった。
もちろん、これは最終的な答えにはならない。
このやりかたをするんだったら、最初から炎で倒せばいい。使い慣れた術をやめてまで、無駄にめんどうなことをしなくていいんだから。
でも、この術を試した……違う方法で望んだ結果を出したことには意味があった。
少なくとも、ビビアンさんの中には答えが出たんだから。
そのビビアンさんに導かれるように、俺とマーリンはふたりでその答えを探す。
それと同じものでも、違うものでも、間違っていてもかまわないから。マーリンが考えて、成長するために。
そして、しばらくの相談ののちに、俺達はひとつの答えを導き出した。
「それじゃあ聞かせて貰おうかな。魔術によって強化された肉体に、どうやってデンスケを対応させるか。その力を存分に発揮するには、いったいどうすればいいのかな」
「えっと、えっと……」
ビビアンさんの問いに、マーリンは張り切って答えようとして……興奮し過ぎたのかな、言葉に詰まってわたわたしてしまった。
そんな姿を見かねて俺が手を握ると、マーリンはこっちを見て、なんだか楽しそうに笑った。
それは……あれかな? せーので一緒に言おうね……かな? うん……そんな顔だ。
「……うん、そうだね。ふたりで考えたんだもんね」
答えを出すべきはマーリンで、実際に導きだしたのも彼女だ。
俺は……サポートらしいことがちょっとくらいは出来てたらいいな、程度。
それでも、そう望むなら。にぎにぎと手を握り返してうれしそうにしている彼女の願いなら、それは叶えてあげよう。簡単なことだしね。
「……強化された肉体を俺が操作する……のは、やっぱりちょっと難しい。だから……」
「僕が魔術でデンスケをサポートする。転ばないように支えたり、ケガしないように受け止めたりするよ」
俺達の答えに、ビビアンさんは目をつむって、深くうなずいて、そしてしばらくの沈黙を置いて……
「……うん。うんうん。うん、そうだね。よくその答えを導き出したよ。ふふ、やっぱり君は優秀だね。よーしよし」
「わっ。えへへ……」
満面の笑みを浮かべて、ビビアンさんは合格を出してくれた。
そしてマーリンの頭を撫でると、そのままぎゅうと抱き締める。
それもちょっとだけ久しぶりだから。マーリンもうれしくなっちゃって、目を細めてされるがままだ。
「でも、私の答えには少しだけ届かなかったかな。私が考えたのは、もうちょっとだけ難しい……でも、もっともっと便利で、安全で、何よりふたりの理想が叶う答えだよ」
「もっと便利で安全で……俺達の理想が叶う……ですか?」
そんなのがあるなら最初に教えて欲しい。素人に考えさせるなんて余計なことしてないで。
わかってる。俺達が……マーリンが考えることに意味があった、考えさせることが目的だったんだ。
でも……それはそれとして、そんなにいい答えがあるならあんまりもったいつけないで欲しい。そう思ってしまうよ。
「デンスケを支える作業を、マーリンちゃんが受け持つのではなく、それすら術に組み込んでしまえばいいんだ。君にだったら、そんな術も作れるはずだよ」
「僕が支えるんじゃなくて、強化と一緒にサポートもする……の?」
そうだとも。と、ビビアンさんは自信を持ってうなずいた。
けど……俺にはそれが、とても難しい、と言うか振り出しに戻る提案だと思えた。
「えっと……ビビアンさん。魔術を調整してたときって、強化の程度……つまるところ、どれだけサポートするかを調整してたんですよね?」
「だったら、それは結局同じこと……なんじゃないですか? 出力を弱めても、本来の運動能力と違うせいでダメだったわけだから……」
術の調整については、本当に細かく試したんだ。それこそ、もう試すことがなくなったと思えるくらいには。
身体をサポートする……つまり、ブレーキを実装するって話だと思うんだけど、それは結局、最高出力を抑えたのと変わらないんじゃないかな。
それに……出力をどれだけ抑えても、歩行さえまともに出来やしなかった。ちょっと速いだけでも簡単につまづいて転んでしまったんだ。
「いや。いいや、違うんだよ。強化の程度を調整するのでも、そこに補助を加えるのでもない。君達が出した答えをそのままそこに当てはめるんだ」
「そのままそこに……って、そうは言ってもですね……」
だから、それはつまり、俺の身体がどっかに行かないように、壊れないように、風の魔術でサポートするって話……だよね。
そのためにはマーリンの補助が必要だ。だって、俺には風の魔術を操れないから。
でも、ビビアンさんはその答えは違うと言ったんだ。
わざわざ、マーリンが支える必要ない……って言葉で、独立性を強調した。
じゃあ……俺でも扱える風の魔術を作る……そしてそれを組み込むってこと……?
「なんだ、今回は察しが悪いね。いや……違うか。今までにないことだから、想像出来ていないんだろう。いいよ、簡単に説明してあげる」
「風による物体の操作。これを、手動制御でも、事前命令でもなく、自動制御として組み込むんだ。そうすれば、君の身体が吹っ飛ぶ瞬間にだけ、必要な出力で身体を支えてくれる」
「マーリンが制御するんでも、決められた動きをさせるのでもなくて、自動で望んだ補助が出来るように…………え? そっちのほうが難しそうな気がするんですけど……」
ってか、それが出来るなら身体能力は強化しなくてもいいのでは……?
望んだ動きを可能にするって目的は、それでも果たせそうだし……
「いいや、違うんだよ。君が考えているのとは、機構が根本から違う」
「言っただろう、自動制御だと。自動とはつまり、特定条件に限って補助が発動する……ということだ」
「……? えっと……それは何が違うんですか……?」
結局難しそうだし、何が違うのかもあんまりわかんないんだけど……でも、ビビアンさんは自信がありそうだ。
もしかしたら……と、マーリンの様子を窺っても、こっちもやっぱりわかってないらしい。
俺と同じで、目を丸くしてビビアンさんを見つめるばかりだ。
「風による補助の術……というのがとてもいい。風ってのはつまり、空気の流れだ。空気の流れは、物体の動きによって引き起こされる。つまり……」
つまり……のあとにちょっとの沈黙が訪れる。
あっ。それってもしかして、俺達に答えを言わせようとしてるやつ? いや、まだ全然わかってないですけど?
「…………デンスケが動いたときに、それがダメなことだったら、元に戻してあげるようにする……の?」
「うん、そう。その通りだよ。さすがだね、マーリンちゃん。賢いうえにこんなにかわいらしい。よーしよし」
全然わかってない……と思っていたマーリンが、首を傾げたまま答えを出すもんだから。俺はなんだか置いてけぼりを食らった気分だった。
でも、おかげでやっと理解出来た。言われてみると納得の仕組みだ。
「強化の術式の上から、風の鎧を被せるイメージだ。一定以上の揺らぎを検知したとき、自動的に身体を支え、本来望まれた運動に引き戻す役割を担わせるんだ」
「……そっか。足が速く動き過ぎたら、そのぶん空気の流れも大きくなるから……」
容認出来ない差を超えてから発動する力を、ひとつの式に加え入れてやろう……ってことか。
理解した。納得もした。でも……ひとつだけ腑に落ちないことは残っている。
それって結局、とんでもなく難しいのでは……? わかんないけど、簡単な仕組みじゃなさそうで……
「マーリンちゃん。君なら出来るよね。だって、それはもうやったことのある工夫だもん」
「……? やったことある……の? 僕、そんなのしてたかな……?」
難しくない? やっぱり調整地獄になるやつでは? と、いぶかしんだ俺を無視して、ビビアンさんはマーリンを抱き締めて言った。
それはもう、やったことがあるのだと。
それを聞いて、マーリンは首をかしげてしまっていた。
身に覚えがない……それでも、無意識にやったことがある魔術ってことだろうか。
「……もしかして、それって……」
「デンスケも知ってるの……? 本当にしたことあるの?」
答えは……あっさりと浮かび上がった。
当人だけがまだ思いついていないけど、俺もビビアンさんも、マーリンの頭を撫で回しながら喜びあう。
たしかにそれは、簡単に出来ることだったんだ、って。




