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第百話【変わりゆく歴史】


「魔術師……じゃない、の? 僕は、魔術師じゃなくて……だから、ビビアンは僕に……」


 君はこれから、魔術師以上の存在になる。ビビアンさんのその言葉に、マーリンは困惑の言葉ばかりを繰り返していた。

 けれど、その表情は楽しげだった。わくわくして、いても立ってもいられないって感じで、すごく浮足立って見える。

 そんなマーリンに、ビビアンさんも興奮した様子で応える。力強くうなずいて、その言葉に嘘偽りはないのだ、と。


「元来、魔術師なんてものは存在しなかったんだ。いや……今の形の魔術師は……と、そう言うべきかな」


「魔術師は、本当は存在しなかった……? でも、僕が生まれたときからずっといるよ? 魔術も、ずっとあるよ?」


 ビビアンさんの説明……持論は、あいかわらずな言いかたもあって、すぐに理解出来るものではなかった。俺にも、マーリンにも。

 ふたり揃って首をかしげていると、ビビアンさんはちょっとだけ満足げな顔でうなずく。もしかして、俺達の反応が楽しくてもったいつけてるのかな……?


「君が生まれるよりもずっとずっと前の話さ。まだ、魔術や錬金術が、天術、地術と呼ばれていたころよりも、さらに昔の、歴史の中のお話」

「そのころには、術は自然現象の解明に用いられていた。つまり、今で言うところの、術の最奥に直接触れようとする研究だね」

「しかしながら、それがとても簡単ではなかったから、人々は各々で道を模索し始める。それが、天術や地術と呼ばれるものの発端だ」


 ビビアンさんが語っているのは、この国の……いや。この世界の歴史に残る、魔術と錬金術の成り立ちだろうか。

 もしかしなくても、今のこれは社会科の授業だろうか。物理法則を学ぶんではなくて、それを発見し、定義した人の歴史を聞いてる気分だ。


「そのころの研究は、誰にでも開かれていた。知識を、知恵を、そして結果を共有し、全員がひとつの目的に向かって邁進する。かかわる全てのひとを、天術師、あるいは地術師と呼んだんだ」

「けれど、時代が進み、研究も深まり、それらの成果に価値が付与されるようになった」

「簡単に言えば、使い道が生まれたんだ。君がやったように、炎を火種なしで生み出す力は、生活が原始的であればあるだけ有用だからね」

「いつか、術は科学技術の根幹として、非常に価値の高いものとして扱われるようになったんだ」


 ここまで、ついて来てるかな? と、ビビアンさんが笑うと、マーリンはちょっとだけ困った顔をした。

 彼女にとって、魔術はあって当たり前のもの……歴史を学ぶ必要性のない、日常的な道具、行為でしかなかったから。ピンと来てないのかな。


「あはは。まあ、今はそれでもいいよ。歴史を知ることが目的じゃない。それに、デンスケは多少理解してくれてるみたいだからね」


「……デンスケが? わかる……の?」


 うっ、こっちに振るのか。

 ビビアンさんが笑顔でこっちに視線を向けるから、マーリンは助けてって顔でこっちを振り返る。

 わかんないよ。教えて。とでも言いたそうだけど……ごめん、説明は無理だよ……


「……なんとなくですけどね。と言うよりも、俺はその恩恵を目いっぱいに受けてるから」


「うん、そうだろうね。マーリンちゃんのそばにいれば、誰よりも実感するだろう」


 魔術とは、とても便利なものだ。それと同時に、なくてはならないもの……ではなくなっている。


「俺が知る限り、魔術じゃないと出来ないことは、今のところはなさそうです。火を起こすのも、はたを織るのも、道具を使えば誰にだって出来ます」


「ふむ、マーリンちゃんはそんなこともしてたんだね。となると……君が身に着けている服は、彼女に拵えて貰ったものかな?」


 そうなんです、お揃いでいいでしょう。じゃなくて。


 オールドン先生は言っていた。特別な道具を用いるのでなければ、魔術でなければ地層のサンプルは採取が難しい、と。

 逆説的に言えば、道具さえあれば魔術は必須ではないのだ。


「魔術師が、錬金術師が存在すれば、簡単になる仕事は少なくない。でも、必須ではない。必須ではない……状況にするために、多くの対価が発生した……って、そういう話ですよね」


「うん、その通り。満点の回答とは言えないけど、合格点をあげよう。話をちゃんと聞けて、自分で考えられて、偉いぞ」


 なんだろう、うれしくない。ちょっと小バカにされてる感じ。もちろん、悪意じゃなくて、からかい半分で、だけど。


「いつしか、魔術師は術を売り買いするようになるんだ。当然だね。それだけで生きていけるようになるんだから。仕事をせずに研究を続けられるなら、それに越したことはない」

「術が商品になり下がると、そこには競争が発生する。より安いほうが、より適したほうが求められるからね。これも当然だ」

「しかしながら……」


 そこで言葉を切って、ビビアンさんはまた俺に目を向けた。このあとに続く説明、歴史を、考えて発表してみろ……とでも言うのか。


「えっと……そうなると、価格競争が生まれて、出来るだけ安くしようとして……研究に必要な資金が集まらなくなる……とかですか?」


「ふむふむ、なるほど、そう捉えたか。君は意外と商売人の気質があるね」


 そう捉えたか……ってことは、この答えは完ぺきじゃない……と。とりあえず、魔術師の視点からは。


「重要なのは、競争においては、優れたものが求められるわけではない……という点だ。つまり、質の上限が定められてしまうことだね」

「考えてもみたまえ。料理を作るためだけに、マーリンちゃんがやったような大火力が必要になるかい? ならないだろう」

「商品に求められるのは、最低限の性能、性質だ。つまり、術の最奥を目指す研究には、これっぽっちも価値を見出されないということでもある」


「……ああ、なるほど。そういうことか」


 魔術師の話をしているのに、魔術師だったハズのマーリンが置いてけぼりで、ビビアンさんと俺とを交互に見ては困ってしまっている。

 この話はとても興味深いけど……その、マーリンのための授業だったのでは? と、ちょっと不安になった。

 まあ、それでもかまわないと思ってるからこそ、ビビアンさんも続けてるんだろうけど。


「研究をするために魔術を売っているハズが、商品の開発にばかり時間を取られて、それが研究には結びつかなくなっている。それが、今の魔術師の問題だって言いたいんですよね?」


「うんうん、デンスケはなかなか飲み込みが早くて素晴らしいね。君は遠からず商人として名を馳せるだろう。たぶんね」


 たぶんかい。喜んでいいのかわかんないよ、そのラインは。


「商売に振りきっているか……と、そう問われれば、完全には肯定出来ない。しかし、否定も不可能だ」

「今の魔術師の体系は、どっちつかずでふらふらしたものだ……と、そう言い表すべきだろう」

「恥ずかしながら、私自身もその口だからね。君達がここへ来たきっかけを思い返してごらん」


「……そっか。ビビアンは、魔術で薬を作ってて……それが、お仕事で……」


 マーリンのたどたどしい回答に、ビビアンさんはにっこり笑ってうなずいた。

 そうだ、その話はビビアンさんにも当てはまる。彼女は錬金術で作った薬を商品として、それで生活を送っているんだから。


 となると……


「……ビビアンさんが研究している分野は、薬学とは違うもの……とりあえず、人に飲ませて平気なものじゃない……ってことになるんですかね」


「あはは、そこを掘る必要はないと思ってたけど、気になったなら答えてあげよう。まったくもってその通り。私は人の役に立つ研究なんてしていないよ」


 なるほど納得、そしてもうひとつ納得。


 鉱石が薬品に関係してると考えるのは、不可能ではないけど、少し難しいと思ってた。

 古い歴史を紐解けば、水銀が不老不死に繋がる霊薬だと思われてたとか、そういう誤解もあったけど。でも、この世界はきっと違う。

 錬金術ってものがこれだけ発展して、深堀りされているなら、鉱物の持つ特性……そして、危険性についても知られてるハズだから。


 そして、もうひとつの納得。そっちのほうが重要だ。


「……街で見かけた痕跡と、湖で見つけた痕跡……この坑道まで続いてた痕跡とが違うのは……」


「湖……なるほど、マーリンちゃんがそんな話をしていたね。その通り。魔術師が残す魔力痕には、いくつか種類がある。商売用のものと、それに類する研究のものと、そして……」


 術の最奥を目指すための、本来やりたかった研究の痕跡……か。


 それを言い終わると、ビビアンさんはマーリンへと視線を向けた。マーリンはそれに気づかないくらい混乱したままだけど……それは関係ないらしい。


「マーリンちゃんが目指すべきは、原初の形だ。隠す必要もなく、競う必要もない。その桁外れの才能を以って、他の術師を蹂躙する。暴力的な魔術を振るう、魔術師を超越した存在になるんだ」


 ビビアンさんの言葉には、勇気と好奇心と、強い羨望の感情がこもっている気がした。

 マーリンはそれをいまいちわかってなさそうだけど……でも、ビビアンさんがうれしそうだから、にこにこ笑ってうなずいていた。


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