第九十九話【その道に名はない】
「ごほん。さて、解説に入ろう。マーリンちゃん、お話を聞く準備は出来たかな?」
ちょっとだけ落ち込んだマーリンを励ます時間も終わって、ビビアンさんはやっとまじめな顔でそう切り出した。
そうなるまでが長かった、遅いよ……って、文句も言いたくなるけど、せっかく始まったものを途切れさせたくない。黙って解説とやらを待とう。
「君の魔術はいささか素直過ぎる。秘匿性が低く、術を見るだけでもその構成がほとんど透けて見えるほどだ。これは、魔術師としては異例……もはや異常とも言えるだろう」
術を見るだけで、それがどういうふうに出来上がっているかがわかる……って、そういうことかな?
ビビアンさんはちょっとだけ難しい言葉を選びがちだから、もともとの知識がない俺とマーリンは、その話を噛み砕いて飲み込むまでに少しだけ時間がかかってしまう。
それで、少しだけ遅れて理解したのを確認すると、ビビアンさんはまた話を続けた。
「もちろん、見ただけで再現することや、あるいは今の私のように打ち消してしまうことは、簡単なことじゃない。でも、不可能でもない。まずはそこを理解して貰わないとね」
「見ただけで再現……あれ? でも、マーリンも似たようなことを……」
あれは、ボルツの街でオールドン先生の手伝いをしていたときのことだ。
陣を使って、道具を使って、いくらかの手間をかけて、オールドン先生は土の柱を地面からくり抜いていた。
そして、それを見るだけで、マーリンなら同じことが出来るだろうと言っていた。じゃあ、あのときのあの魔術って……
「おや、すでに模倣の経験はあるのかい。なら、なおのこと話は早いね。マーリンちゃん。坑道の横穴で見せた私の錬金術は、今の君に真似出来そうかい?」
「えっと……えーっと……うーん。もうちょっと、ちゃんと見たらわかる……かも」
マーリンの返答に、ビビアンさんはどこか満足げな顔で、そうかそうかとうなずいた。
あのときのオールドン先生は、真似をさせるための魔術を使った……ってことだと、俺はそう思った。
今になって振り返れば、あの人はマーリンに対してとても親切で、どこか親心にも似た振る舞いを見せてくれていた。
そのうえで、模倣が簡単なものじゃないとすれば……やっぱり、あれは真似しやすいように……手伝いやすいように、いろんなコツを開示してくれていたんだろう。
それで……だ。
じゃあ、それをしていない……隠すべきものをしっかり隠していた、昨日のビビアンさんの錬金術は、マーリンでも真似出来ないもの……って、そういう話……だと……
「……思うんだけど……? あれ?」
でも、マーリンの反応はちょっと違う。もうちょっとで真似出来そう。とでも言いたげな、どこか余裕のある様子だった。
「じゃあ、もう少しだけ見て貰おうかな。そうすれば、君はきっと真実に辿り着くだろう」
ビビアンさんはそう言うと、マーリンの手を取って、坑道へ続く道を進み始めた。また、同じ条件で錬金術を見せるつもりだ。
「あっ……えっと……ビビアンさん、それって俺もついてっても……」
「うん、構わないよ。少しばかり休憩……と、まだそんなに時間も経ってないか。でも、気になったら作業も手につかないだろう」
君は残って作業を続けなさいって言われたらどうしようかと思ったけど、そこはちゃんと気にかけてくれたみたいだ。
ビビアンさんの言う通り、ここにひとりで残されたら、いろんな意味で気が気じゃなくて、作業なんて出来っこないよ。
そして、昨日出会った場所――坑道の入り口の前まで連れてくると、ビビアンさんは俺達に、少し離れるようにと指示をした。
「それじゃあ、昨日とまったく同じ術式を使ってみせようか。ふたりとも、ちゃんと見てるんだよ」
え、俺も……? と、ちょっとだけ驚く暇もなく、ビビアンさんはまた両手を頭の上で叩き合わせた。
「玉石黄金ご案内――っ!」
それからすぐ、昨日と同じ言霊が唱えられて、そして……昨日と同じ、横穴から鉱石が自ら飛び出してくるという結果が繰り広げられた。
「さあ、どうかな? 意識して見ていれば、術の組成はいくらか見えてくるだろう。いや……君の目なら、もうほとんどが理解出来たハズだ」
あれ? それを難しくするために、隠すべきものを隠している……って、そういう話だったと思うんだけど。
それで、だから、マーリンでも真似出来ないんじゃないか……って。でも……それなのに、マーリンは出来そうな感じで……
「……あれ? ビビアンさん。その……なんだか話がちぐはぐな気が……」
「うん? ふむ、君にはそう見える、そう聞こえるかい。なるほど」
なるほど。と、そう言うと、ビビアンさんは納得だけして、説明は一切してくれなかった。
その答えは、これから見ればわかる……とでも言うのだろうか。
「さあ、マーリンちゃん。やってごらん」
「えっと……うん」
ビビアンさんに言われるがままに、マーリンは彼女の前へと躍り出て、たった今鉱石の山を吐き出した坑道へと目を向ける。
そして……
「――玉石黄金ご案内――」
ぱち。と、顔の前で手を叩いて、ビビアンさんが唱えたのと同じ言霊を口にする。
魔術の発動条件は、それとなく理解している……つもりだ。
言霊が同じで、それにつぎ込んだ魔力の……属性……が、同等なら、同じ魔術が発動する……ハズなんだけど。
「……あれ? 玉石黄金ご案内――」
マーリンがどれだけ言霊を唱えても、ビビアンさんの真似をしても、横穴はうんともすんとも言わなかった。
「さてと、これで少しくらいは理解出来たかな? 私の魔術は……いや。錬金術師の研究は、通りがかりに見て盗めるような形で保存、運用されていない。これが、私と君との違いだよ」
ビビアンさんはそう言うと、俺達にもう少しだけ離れろと指示を出して、そして……
「――燃え盛る紫陽花――っ!」
右手を空に向けて突き出して、マーリンが見せた魔術の言霊を唱えた。すると……
「――う――っそお……っ⁉」
思わず声が出てしまうくらい、ド派手な火柱が天を焦がした。
それこそ、マーリンが見せてくれたのに引けを取らない……いや。それ以上の火力を、たった一度で真似してみせたんだ。
「うん、こんなものかな。もっとも、君の魔力量を鑑みれば、加減さえしなければ今よりもずっと高い火力を生み出せるだろう。だが、要点はそこではない」
ビビアンさんの魔術を、マーリンは真似出来なかった。反対に、ビビアンさんはマーリンの魔術を完ぺきに真似して見せた。
それが意味するところは、ふたりの実力差……ではない。ふたりが何を意識して魔術を開発しているか……なんだ。
「じゃあ……マーリンも、真似されないような言霊を……魔術を開発しないといけないってことですか?」
「真似されない……えっと、えっと……うーん? それって、どうすればいいの?」
魔術師としてやっていくには、それが必要……他人に自分の成果や研究を横取りされない工夫が欠かせないってことか。
でも、マーリンはそんなやりかたを一切知らない。
だって、一緒に競う仲間や、技を盗もうとする商売敵みたいな相手はいなかったんだ。知ろうと思う機会さえなかっただろう。
じゃあ、そんなマーリンに、ビビアンさんはそのやりかたを教えてくれる……のかなって、思ったんだけど。
ビビアンさんは首を横に振って、それから優しく微笑みかける。まだ困惑の中にあるマーリンに向けて。
「いや、君にこんなものは必要ない。君は魔術師ではない。そして、魔術師である必要もない。いいかい、マーリンちゃん。君はこれから、魔術師以上の存在になるんだ」
「魔術師……以上の……?」
ビビアンさんの言葉に、マーリンはオウム返ししか出来ないでいた。それでも、不安や懸念はなさそうだと、その声色から判断出来る。
俺のところからでは、マーリンの顔は見えない。でも……きっと、わくわくして、目をキラキラさせながら、ビビアンさんを見つめているんだろう。
でなくちゃ、ビビアンさんが楽しそうな顔をしているわけがないから。きっとふたりは、楽しそうな未来を思い浮かべて笑い合ってるんだ。




