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6.高慢だった伏兵

 場所は、ルーンベルク南東地区の歩道。空が茜色に染まり出した頃。俺は、馬券の場外発売所から出てきた、酷くげっそりした様子のマークスを見つけ追跡していた。


 あの様子じゃあ、賭けには負けちまったようだ。この後に借金返済の督促状を渡されるのかと思うと、ヤツが気の毒で仕方ねぇ。


 周りには、そこそこの数の人が歩いていた。これは俺の気持ちの問題だが、この人通りの中でお前の借金がどうだとか、返済がどうだとか話されるのは、あまりにも可哀想が過ぎる。そう良心に訴えられたことにより、できるだけ通行人が少ないところで声をかけるため、俺はヤツの背を追っていた。






 ……人が少なくなってきたな。もうそろそろいいだろうか。俺は、歩幅を広げ早足で近づき、声を張ってヤツの名を呼んだ。


「マークスさんよ。ちょっといいか?」


 マークスが歩を止めて振り返る。写真通りの老けた男だった。


「……なんだ?」


「俺はルカ。あんたに大事な話があってな」


 鞄から督促状を取り出そうとすると。


「大事な話? 悪いが後にしてくれ。気分が優れないんだ」


「まあ待てよ。あんたの抱える金銭問題についての話だ」


 それを聞くと、マークスは目の色を変えた。


「なに?」


 俺は、ヤツの眼前に督促状を差し出す。


「ほら、あんた宛の手紙だ。わかるだろ? 金支払えってよ」


 マークスは、督促状に手を伸ばそうとした。したが……。紙を掴むために開かれていたその手は突然、力強く握られた拳と化した。


「クッソ……! 急かしやがって!」


 マークスは、なにかを酷く恨んでいるような顔を覗かせる。俺は、警戒心を強めた。


「俺には俺のやり方が、順序ってのがあんだよ! それなのに……!」


「そのやり方っつうのは、競馬で金稼ぎする方法か?」


「ああ。一発でかいのを当てさえすれば、金がたんまり手に入る! それで得た賞金で返済するのが俺のやり方だ!」


 ……呆れるな。さっきまで思っていた可哀想ってのが、どっかにいっちまった。差し出した手を下ろし、俺はため息をつく。


「……あのな。こういうのは賭けに出るより、地道にいった方がいいと思うぜ?」


「__うるせぇ!」


 語りかけた次の瞬間には、マークスは大声を出して右手拳を振り上げていた。そのまま拳は俺の頬目掛けて殴りかかってくる。身を翻して攻撃を避け、俺は後退し距離をとった。


「若僧が偉そうに説教垂れてんじゃねぇぞ!」


 ヤツの発した大声につられて、周りに人が集まってくる。わざわざ人の少ない場所で声かけてやったのにな。


 マークスがもう一度拳を上げた。まったく、俺は督促状を渡しに来ただけだってのに。


 助走をつけてヤツが殴りにくる。殴られる直前、俺は体の軸をずらして拳を避けて、足を引っ掛けた。勢いのままに盛大にすっ転んでしまったマークスは、鼻先を痛そうに手で抑えながら立ち上がる。


「テメェ……!」


「先に手を出したのはそっちだからな」


 観客のざわめきが耳に入る。俺は、督促状を鞄にしまい直して右手を握り、それを胸の前で左手で掴みパキパキと音を鳴らした。


 マークスは、今度は右足で俺の頭を横から蹴り上げようとした。左手を顔の横に置いてその蹴りを防ぎ、バランスを崩した隙に右手に力を込めてヤツの腹に一撃をぶち込んだ。それだけでマークスは、また痛そうに腹部を抑え、よろよろと後ろに下がり膝から崩れ落ちる。俺は、マークスに近づいてしゃがみ、督促状を胸元に押し付けた。


「……なあ、あんた。金ってのは、簡単に人を狂わせちまうよな」


「……同情か?」


「違うな。だが、あんたみたいな人は何人も見てきてるからよ。なんというか、切なくなっちまった」


 マークスは、顔を逸らして唾を吐いた。


「……どれだけ切なかろうが、テメェには、俺の考えなんてわからねぇよ。パシーヴァを解雇された俺の考えはな」


 だろうな。……ん? パシーヴァを解雇された? コイツ今、パシーヴァって言ったか?


「パシーヴァってのは……」


「わかるだろ。あの軍事兵器製造会社だ。あの会社にいれば、人生は安泰だと思ったんだがな……」


 やっぱり。あの会社だ。


「あんた、パシーヴァの社員だったのか?」


「ああ」


 俺たち脅し屋は、今パシーヴァのことを調べている。あの会社が、なにか企んでいるんじゃないかと疑って。


 俺は、膝をついてマークスの肩を掴んだ。


「パシーヴァを解雇されたってのは、なにか理由があるのか?」


 もしかしたら、コイツからなにか情報を得られるかもしれない。


「あ? なんでそんなこと聞くんだ?」


「教えてくれ。誰にも言わねぇから」


 普通なら怪しいと一蹴するところだろうが……心が吹っ切れているのか、マークスはすぐに語り出した。


「理由はわからない。だが、俺に問題があった訳じゃないのは確かなんだ。俺以外にも、同時期にたくさんの社員が解雇されている」


 大規模な人員削減が行われたってことか。


「それはどのくらい前のことだ?」


「一年と半年前だ」


 一年半前の、パシーヴァの人員削減……。


「他には? なにかパシーヴァの会社について情報は?」


 流石に不審に思ったのか、マークスが怪しい者を見る目つきで俺を見上げる。


「……なんでそんなにあの会社のことが知りたいんだ?」


 いいから教えろ。そう言おうとして、昨晩のマスターからの忠告を思い出した。




 __ターゲットには、必要以上に近づかないように、ですよ。




 ……そうだ。今の俺は、脅し屋としてではなく、一般の人として活動している。昨日ダレントの社長を脅したばっかりだし、これ以上迫ったら、脅し屋かもって勘づかれちまうかもしれねぇよな。


「……いや、すまん。ありがとな」


 立ち上がって考えた。ダレントの社長が言っていた、いずれ手に入る莫大な金。一年半前になされたパシーヴァの人員削減。繋がりは一切わからない……が、これも一応報告だな。


 俺は、大勢の前に晒されたままのマークスを放置して、クラーヴジヤとカチューシャさんのいる花屋へ向かって歩き出した。

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