2.後の相棒
「なぁ親父」
後部座席に座ったまま、車を運転する親父に声をかける。
「どうした」
「なんで仲間が必要なんだよ?」
俺と親父とおもちゃ箱を乗せた車は、とある場所へと向かっていた。後に俺の相棒となる人物を探すために。
「それはな、ルカ。お前がいずれ家業を継いだ時に、ひとりにならないようにするためだ」
「でも、親父はひとりでやってるじゃん」
「ひとりより二人以上の方がやりやすい。父さんは、仲間と呼べる人との出逢いがなかっただけだ」
仲間を探すため、孤児院とか、街のそういう施設を渡り歩いて、今日で四日目だ。
親父が言うに、いつか家業を継ぐ俺の相棒となる人物には、素質が必要らしい。それが俺にはよくわかんねぇけど、いるかもわからないそんな人を探して四日も経っちまったってことは、その素質を持ってるヤツってのは、なかなかに稀有な存在なんだろうな。
「そんなヤツ、本当に見つかるのかよ?」
一瞬だけ親父が振り向く。その右の義眼が俺を見つめた。
「さあな。見つからなかったら、その時はその時だ」
なんだよそれ。すげー適当じゃん。それ以上のことはなにも言わず、親父はまた前を向く。
しばらくして、車は施設の門の前に停車した。親父が下車し、後ろの扉を開けておもちゃ箱を抱える。
「お前も来い」
「やっぱり?」
「当たり前だ。他でもない、お前の仲間を探しに行くのだからな」
俺も車から降りて、親父に続いて門を通り、道を進んだ。目の前にあったのは、黒い屋根と赤褐色の壁の建物だった。
子供たちは、親父が持ってきた箱に群がり、中のおもちゃに手を伸ばしてキャッキャと騒ぎ出した。
「みんなで分け合って遊ぶんだよ」
孤児院の院長が諭す。おもちゃを手に取った子供たちは、みんなして絨毯のところへ行き、遊び始める。
元気な声が響く中、気になるヤツがいた。
傍から見てもわかる、他の子供とは違う異質な雰囲気の二人。その二人の子供は、おもちゃに一切の興味を示さず、離れたところで俺たちを見ている。親父も気になったんだろう、その二人に視線を送っていた。
「ルカ。着いてこい」
親父が二人の元へ歩き出す。俺も後に続いた。辿り着くと、親父は二人の顔をしきりに見比べる。女の子の方は怯えた表情をしていたが、男の子の方は警戒するように親父を睨みつけていた。
「君。名前は」
いきなり質問されても、男の子は物怖じせずに答える。
「クラーヴジヤ」
親父が僅かに微笑んだ気がした。
「いい目をしている」
それだけ言って親父は振り返り、院長の元へ歩み寄る。俺は、クラーヴジヤと名乗った男の子と目を合わせ、言葉を投げかけた。
「良かったじゃん。褒められて」
俺は、ずっと親父と暮らしてるからわかる。親父は、人の……なんていうか、才能? みたいなのを見抜く力がある。その親父が褒めたということは、つまりそういうことだ。
困惑しているクラーヴジヤを置いて、俺は部屋の外へと消えていく院長と親父の背を追った。
「親父。さっき褒めたのって」
「ああ」
あれから、院長に応接室に入れてもらった。なんのためかというと、さっきの男の子と話すためだ。
「あのクラーヴジヤという少年は、本当にいい目をしていた。あの子ならもしかしたら、な」
ノックの音が聞こえた。
「失礼します。クラーヴジヤです」
廊下にいたその少年が、扉を開けて顔を覗かせる。
「呼び出して悪いな。俺の名前はグローザ」
部屋に入ってきたクラーヴジヤが、対面のソファに腰かけた。簡単に自己紹介だけ済まして、親父が話し始める。
「さっそくだが、話していこう。クラーヴジヤ、お前は過去になにかしらの傷を負っているな?」
親父がそう言うと、クラーヴジヤはさっきと同じように睨んできた。
「この孤児院で暮らしているのは、単純な理由ではないのだろう」
「……どうしてそう思った?」
クラーヴジヤが尋ねる。
「目を見れば、お前が深い悲しみを背負っていることがわかる。力と知識に飢えているということも、な」
そこまで聞いて、俺もクラーヴジヤの目を見てみた。…………。
……あの目は、そういう目なのか? 確かに、他の子供と違って、キラキラしてない目だけど。
「……僕は、ひとりで力も知識も手に入れる。そうして強くならないと、なにも守れはしない」
また、親父が微笑んだ気がした。さっき、目を見た時と同じように。
「ひとりで力を蓄えるのもいいだろう。だがな、一匹狼のままでは、得られるものには限界がある。もっとたくさんの力が欲しい、しかしひとりではこれ以上強くはなれない。そう焦った時、人はどうなると思う?」
強気な表情を崩さず、クラーヴジヤが見つめる。
「無意識なうちに、安心するため、自分には力があると自分自身に言い聞かせるために、それまでに得た力を誤ったことに使ってしまう。そうなってしまったが最後、その誤ちに正すのに果てしない時間がかかる。それは嫌だろう?」
「……なにが言いたい?」
「己の身ひとつで力を得るのは、現実的じゃない。強くなるには、どんな形であれ、誰かと一緒にいる必要がある」
親父が姿勢を変え、背筋を丸くして言う。
「お前、本当に強くなりたいのなら、コイツの相棒になれ」
クラーヴジヤと俺の視線が交わった。そういや、自己紹介まだだったな。
「俺はルカっていうんだ。歳は十二歳。お前は?」
「……十二歳」
同い年か。
「そして、いつかルカと共に俺の家業を継げ。衣食住は面倒見てやるから安心しろ。やがて時間が経って、家業を継げる時になれば、その頃には力もついて、目一杯の知識が身についていることだろう」
クラーヴジヤが俯いて考える素振りを見せた。その状態が少しの間続いた。時計の針が進む音だけが聞こえる。
しばらくすると、クラーヴジヤは顔を上げて言う。
「……本当に強くなれる? なにかを守れるだけの強さを得られる?」
「ああ」
間髪入れずに親父が答える。
「なら」
クラーヴジヤが立ち上がり、俺へと右手を差し出した。
「僕は、君の相棒になる」
それを聞いて、俺も立って右手を出す。
「よろしくな! クラーヴジヤ」
「こちらこそよろしく。ルカ」
俺たちは、机越しに握手を交わした。
「ちなみに、グローザさんの家業っていうのは?」
クラーヴジヤが尋ねてくる。親父は、確かな声で告げた。
「脅し屋だ」