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化物の餌  作者: 黒月水羽
外伝2 星に願いを
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双月!

「戻るわけがないだろ。咲月にあえなくなる」


 双月の答えにクティは驚いた様子で目を丸くする。それから苦虫を噛み潰したような顔をした。


「あーあ……せっかく美味そうだったのに……お前はそっち選ぶか……」


 大きく息を吐いたクティは億劫そうに立ち上がり、頭をガリガリとかく。ついでとばかりに雄介に視線を向けるが、その顔は先程とは打って変わって不機嫌そうだった。


「お前も戻らないんだろ」

「えっ……あっ、はい……」


 とっさに答えるとクティが眉を吊り上げ、先程以上に大きくため息をつく。


「せっかくの高級食材なのに! あー腹たつ! リンさんはいっぱい食えたのに、俺はまた無駄骨かよ!」


 地団駄を踏んだクティは雄介の背後に周りこむと背負っていたリュックをあけた。突然のことに反応できない雄介を放置して、中からなにかを取り出す。


「マーゴ! いつまでも裸でいるな! 服着ろ!」


 そういいながらクティがマーゴに向かって投げつけたのは上下のジャージ。下着、靴下、中に着るTシャツもしっかり用意されているのをみてなんともいえない気持ちになる。

 全て片付いてから開けろといった意味も今なら理解できる。途中で開けたところでなんの役にも立たなかっただろう。


「あとお前らにはこれやる。これもってさっさと帰れ」


 雄介から乱暴にリュックを奪い去ったクティはリュックの底からなにかを取り出し、雄介と双月に投げてよこした。それは丸めた紙を輪ゴムで止めたもので、小学校の時にもらった賞状を思い出す。


「なんだこれ?」

「クティ塾、合格証明書」


 それだけいうとクティはひらりと手を振ってマーゴの元へと歩いていってしまう。向こうではマーゴが真新しい服に袖を通していた。そのサイズがピッタリなのにもなんともいえない気持ちになる。

 

 なにから突っ込めばいいか分からなくなり、雄介はとりあえずもらった紙を開いた。目に飛び込んできたのさやけに達筆な文字。紙の中央にデカデカと「クティ塾合格を証明する」と書かれている。


「よかったのぉ。これで一人前じゃ」


 クティがいなくなったのを見計らったように近づいてきた大鷲が賞状を覗きこんで朗らかな笑みを浮かべた。

 お祝いムードが漂っているが、雄介には意味が分からない。双月にいたっては眉間のシワがどんどん増えている。


「今回のは卒業試験みたいなもんじゃったんじゃよ。雄介くんと双月くん、そしてマーゴのな」


 中学生くらいに成長したマーゴが無邪気にクティに笑いかけている。それに対してクティは口の端をあげてマーゴの頭をなでていた。


「双月くんは実践で力を使いこなせるか、雄介くんと連携をとれるか。雄介くんは双月くんの能力を理解してサポートできるか。実際に悪霊にあって冷静に立ち回れるか。そういった所を見とったんじゃ」

「……ってことはあんた、近くにいたのか」


 不機嫌な双月の言葉に大鷲は視線をそらした。「いや、ほら、試験じゃし。助けたら意味ないじゃろ」としどろもどろに言い訳している。


「悪霊の事件まで仕組みだったとか言わないですよね……」


 未だ放置されたままの子どもたちを見てから雄介は大鷲を睨みつけた。実戦経験は必要だったと思うが、関係ない人を巻き込むのであれば話は別だ。

 雄介のきつい眼差しをうけた大鷲は頬をかく。


「それは偶然じゃ。ぬしらをクティに預けておる間、わしらもここらへんの調査をしておったんじゃが、クティが悪霊とぬしらが一緒におる分岐が見えたといってな。どうせだから試験に使うかと」

「つまり、すべての元凶はアイツってことだな」


 双月はマーゴと話しているクティをにらみつける。一週間、精神的にも肉体的にも痛めつけられた恨みは深いらしく、クティを見る双月の目は険しい。

 雄介としても今回の件でクティのような存在を信じて行動するのは危険だと身にしみた。魔女が雄介の望みをきいてくれたのはイレギュラーだったのだ。


「にしても、双月くんがあっさりクティの提案を断るとはのぉ……。心配しておったんじゃよ」


 それは雄介も同意見だった。

 あの時こうしていれば。そんな気持ちは雄介にだってある。それでも雄介は未来を見たいと思っている。羽澤に残してきた仲間たちの未来を見届けたいと思っている。

 けれど双月は違う。双月にとって一番大事な存在はすでにいない。双子の弟にもう一度会いたい、どうにかして死ぬ未来を変えたいと思う気持ちは強いはずだ。


「駄菓子屋のばあちゃんがいってた。人間は生まれ変わるって。ってことは、咲月もいつか生まれかわるんだろう」


 双月は真剣な顔で大鷲を見つめた。大鷲は少しの間をあけてから深くうなずく。それをみて双月は初めて見る晴れやかな笑みを浮かべた。


「なら、今度こそ咲月が生きる姿を見届けたい。幸せに生きて死ぬところを。今の俺にはそれが出来る。その力を手放すなんてもったいないことできるわけがないだろ」


 吹っ切れた顔で双月は笑う。その姿になぜか雄介は泣きそうになった。


「ここに来て、良かったのぉ……」


 大鷲がしみじみとつぶやく。それに雄介は心の中で同意した。最初はどうなるかと思ったがここに来て良かった。クティや愛子、マーゴや駄菓子屋の老婆。様々な人や者にあって、双月は知ったのだ。世界は広くて未来はずっと先まで枝分かれしていて、選ぶことも望むこともできるのだと。

 双月はもう暗い部屋の中に閉じ込められていた呪われた子供ではないのだと。


「このラムネお前らのか」


 その言葉にクティを見れば、二本のラムネを器用に片手で掲げていた。太陽光を反射してラムネの瓶がキラキラと輝く。それに目を細める雄介の隣で双月が焦った声を出す。


「俺のだ! 返せ!」

「お前、ラムネなんか好きなのか。お子様」

「うるさい! 飲んだことないんだからお子様もなにもない!」


 ラムネを取り戻そうとする双月をからかうようにクティは逃げる。双月の分岐を食べられなかった腹いせなのだとしたら随分大人気ない。けれどその光景は平和だった。つい一ヶ月ほど前、羽澤の家で生きるか死ぬかの選択を迫られていたとは思えないほどに。


「遊ぶのはほどほどにして、そろそろ手伝ってほしいんじゃがのぉ……一人でこの子ら全員介抱して身元確認するのは億劫なんじゃが」


 ずっと放置されていた子どもの横に大鷲がしゃがみ込んでいた。今更な気もするが雄介は慌てて子供にかけよる。

 小学生くらいの女の子は穏やかな寝息をたてている。目に見える怪我はなく、命に別状はないように見える。


「この子たち、大丈夫なんですよね?」

「しばらくは安静にしなきゃいけないじゃろうが、まあ大丈夫じゃろ。一人ずつ消化するタイプじゃなくて良かったわ。捕まえられるだけ捕まえてから食べるタイプじゃったんじゃろ。一人一人の消耗はそれほどでもなさそうじゃ」


 大鷲はそういうと倒れている子どもたちを見回した。その顔には安堵が浮かんでおり、大鷲がいっていることが嘘ではないのだと分かった。


「お手柄じゃのぉ雄介くん。おぬしらがここに来なかったらもっと手こずるとこじゃった。そうしたら死人が出たかもしれん」

「いやでも、俺はただの餌だったわけで……」


 クティにいいように使われただけで、自分自身はなにもしていない。そう雄介は思ったが、大鷲はそんな雄介の頭を乱暴になでた。


「自分を卑下なさんな。餌になるのだって大変なんじゃぞ。奴らはグルメじゃからのぉ。半端なもんだと食いつかん」

「……それ褒められてます?」

「褒めとる、褒めとる。なんせぬしは、リン様や魔女様も食いつかせて動かした、最上級の餌じゃからの」


 大鷲はそういってウィンクした。一瞬だけ見てた大鷲の瞳に目を丸くする雄介の顔が写っていた。


「……なるほど、俺の役割はそれなんですね」


 餌。そう言われると嫌なイメージが付きまとう。しかしながらその餌である自分が羽澤の悪魔と魔女を翻弄して、ここまで逃げてきた。餌だからと油断され、温情されて生き残った。


 双月みたいな力はない。双月にとっても雄介は餌だ。双月がそう思っていなくともこの世界の仕組みはそうなっている。


 強いものが生き残り、弱いものが食べられる。

 羽澤家と関わってから様々なものをみたが、結局のところ世界はとてもシンプルなのかもしれない。


「じゃあ俺は、ただでは食べられない餌になります」


 自分たちの方が上だと信じ切っている奴らを油断させ、足元をすくう。それがこの世界で生き残るための雄介の術だ。


「そうじゃのお、最上級の餌になるとえぇ」


 大鷲がそういって雄介の頭を撫でる。今はまだくすぐったさを覚えるそれにもいずれ慣れていくのだろう。


「双月!」


 未だクティに遊ばれている双月に呼びかける。名前を呼ぶだけで双月には雄介の気持ちが伝わる。だから名前を呼ぶだけで十分なのだ。


「生き残ろうな!」


 鎮と慎司と響、彼らに再会できるその日まで雄介は生き残らなければいけない。双月は咲月が生まれてくるその日まで生き続けなければいけない。

 雄介と双月は一蓮托生だ。あの夜から、雄介が双月を残してこの世を去る、その日まで。


「もちろんだ!」

 そういって笑った双月に雄介もまた笑みを浮かべた。



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