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化物の餌  作者: 黒月水羽
外伝2 星に願いを
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コイツどうします?

 人気のない空き教室で川村慎司は上級生に取り囲まれていた。慎司を間近で見下ろしているのは青と灰色の制服を着た先輩二人。その後ろには白い制服を着た先輩が腕を組んで教室のドアに寄りかかっている。

 友好的とは全く言えない空気に慎司は唇を引き結ぶ。


 逃げ道を探したが一番近いドアは白に塞がれているし、後方のドアにたどり着く前に青と灰色に押さえつけられるのは目に見える。

 弱気になる心を奮い立たせて、慎司は自分を見下ろしている青と灰色の先輩を見上げた。


「お前、どうやって響様に取り入った」

 口を開いたのは青の先輩だった。鋭い目で慎司をにらみつける。


「取り入ったわけじゃ……」

「嘘をつけ。そうじゃなきゃ響様がお前みたいな黒と親しくするわけがないだろ」


 隣の灰色が慎司の言葉を鼻で笑う。奥にいる白も馬鹿にした顔で慎司を見つめていた。


「リン様に気に入られているというのもどうせ嘘だろ。リン様がお前みたいな庶民気に入るはずがない」

「御膳祭についても大層なことを言われているが、どこまで本当なんだか。生き残ったのがお前と岡倉鎮だけというのも胡散臭い。大方すべてでっちあげなんだろう」


 馬鹿にした顔で灰色が笑い、青は疑いの目を慎司にむけた。眼の前の二人、その後ろにいる白もあの夜のことをまるで信じていないようだった。

 それも当然だとは思う。


 あの日、多くの死者が出た。咲月に刺された死体、リンに食べられた抜け殻、魔女にたたり殺された死体が魔女の森には点々と転がっていたと聞く。

 そんな凄惨な現場を目にした者は口が重い。あの出来事をなかったことにしたいという気持ちもあるだろうし、リンや魔女に怯える感情もある。軽々しく口にして自分たちまでリンと魔女の怒りを買ったら……。そう考えているのがありありと分かる態度だった。


 だからこそ、その場を目にしていない者には真実がわからない。

 いくら当事者が口をふさごうと狭い一族内、噂は広まる。それは真実に近いものもあれば、妄想に近いものまで様々だった。


 当事者がみな口をふさいでいる現状では、噂の方が真実味のように広まっていた。いま、学園内で主流となっている噂は、御膳祭で起こった惨劇は悪魔信仰を復活させるためのデマで、実際はガスかなにかの事故で二十人余りが死んだというものだ。


 ガスか何かというあたりずいぶん雑な推測だが、悪魔や魔女による祟りと思うよりは精神的にも良いのだろう。

 しかし、そのデマを流した首謀者側に慎司や鎮も含まれているのは納得がいかない。その噂が広まってからというもの慎司はこうして知らない人間に絡まれる頻度が増した。


 惨劇にいながら一人だけ生き残った黒。生き残っただけでなくリンや響から一目置かれる存在となり、岡倉の分家の中では期待されていた鎮は慎司につくと宣言した。

 周囲には一夜にしてすべてを手に入れたように見えるらしい。だからこそすべてが慎司の作り上げたシナリオなのではないかと噂される。


 そんなことはない。一夜にして慎司は友を失った。気になっていたクラスメイトは消息不明。御酒草学園に入学する前に抱いていた夢も希望も消し炭になった。

 残ったのは変わりたい。強くなりたいという強い意志のみだ。


「コイツどうします?」


 なにも反応しない慎司に飽きたのか灰色が後ろにいる白に意見を求めた。

 逃げるチャンスをうかがいながら慎司は問いかけた灰色、黙っている青と同じくリーダーであろう白を見つめる。

 白は慎司を値踏みして、口角を上げた。


「取り合えず二度と学校にこれなくなるくらい痛めつけてあげよう。これ以上黒にでかい顔されるなんて虫唾が走る」


 笑みを浮かべた白から発せられた言葉に慎司の体がこわばった。灰色と青は心得たとばかりに慎司に向き直る。灰色は楽し気に、青は冷静に慎司を見下ろしていた。

 逃げようと一歩後ずさるが、背後にある机にぶつかって大きな音が教室内に響く。


「なんで響様もリン様もこんな奴に目をかけているのか……」


 心底不思議だという顔で白はつぶやいた。それを合図に青と灰色の手が慎司へとのびる。絶体絶命だと目をつぶったその時、


「お前よりはおいしそうだからだな」


 ガラリと白が寄りかかっていたドアが開いた。支えを失った白が無様にその場にしりもちをつく。青と灰色は突然の来訪者に慎司に向けていた手を止めた。

 慎司も状況の変化についていけずにドアを見つめ、そして息をのんだ。左右からも慎司と同じように息をのむ音がする。


 しりもちをついた白は一人状況が理解できず、ぶつけた部分をさすると突然ドアをあけ放った相手に対して文句を言おうとにらみつけた。

 が、すぐさま相手が何者であるか気づいてわなわなと口を震わせる。


「り……リン様……」


 そこには全身真っ黒な人物が立っていた。黒い着物に黒い髪。赤い目だけが輝き、好奇心に彩られた顔でしりもちをついた白、そして教室内の青と灰色、慎司を見渡す。


「最近の学校じゃ、こういう遊びが流行ってんの?」


 笑みを浮かべたリンは白の隣にしゃがみ込むと鼻がくっつきそうなほどに顔を近づけ、白の目を覗き込んだ。白は口をパクパクと動かすだけでなにもいうことができない。


「つまんねえなあ。喋れないのお前?」


 しばし様子を見ていたリンは心底つまらなそうにそう吐き捨てると、慎司へ視線を動かした。リンの視線が向けられただけで左右にいた灰色と青が滑稽なくらいに体を震わせる。慎司はそれを笑うことができなかった。


「そこの、慎司だっけ? 響が探してた。こんな奴ら構ってないで俺と響と遊ぼうぜ」


 しゃがんだまま手招きされ、慎司は操り人形のように前にでた。横を通り過ぎても灰色も青もなにも言わない。リンを前にして動くことすらできない気持ちは慎司にもよくわかった。

 動けない白の脇を通り抜けリンの前までたどり着くと、リンは慎司の姿を上から下まで見つめてから歯を見せて笑う。笑みだけ見ると人懐っこいのだが、リンという存在の恐ろしさを知っている慎司は余計に恐ろしく見えた。


「じゃあコイツつれてくからな」


 リンは立ち上がると慎司の手を引いて歩きだす。しりもちをついたまま動かない白などいなかったように、ゆうゆうと廊下を進む。

 なんでこんなところにリンがいるのか。慎司は疑問で頭がいっぱいだったが、リンは廊下を少し進んだところで「あっ」と声をあげて立ち止まった。


「今度慎司と鎮と遊ぶなら俺にも連絡よこせって、他のやつらにもいっといて」


 顔だけ振り返ったリンに白が体を震わせ、首が取れそうなほど大きく頭を上下に動かした。その反応を見たリンは満足そうに笑い、じゃあいくか。と慎司の手を振って歩き出す。


「……なんで助けてくれたんですか?」

「響が心配してたし、アイツもお前が傷ついたら嫌がりそうだから」


 アイツというのが晃生をさすことはわかった。わかったからこそ慎司はリンに握られていた手を振り払った。


「あなたが晃生くんのこと語らないでください」

 にらみつけるとリンは目を細めて笑う。その余裕の顔にイライラした。


「俺を見て震えていたやつとは思えないな。さっきだって俺が来てビビってたくせに」


 リンはおかしそうにそういうと慎司に背を向けて歩き出した。響の元へ案内するつもりなのだろう。手を振り払った慎司に対してはなにも思っていないらしい。慎司ごときがなにをしようとどうでもいい。そういわれているみたいで慎司は拳を握りしめた。


「人を食うと、そいつが見てきた情景やら感情やらがなだれ込んでくる」


 こちらを振り返らずにリンが話し出す。言葉の意味が分からず慎司は眉を寄せた。


「アイツを食べたとき、お前らとの記憶がなだれ込んできた。アイツの人生の中ではほんの一瞬だったはずなのに、アイツの中ではずいぶん印象深かったんだろうな。そういうのを食うと少しだけ情が移る。旨かった分くらいは返してやるかって気にもなる」


 リンはそういうと視線だけ振り返ってニヤリと笑った。


「せっかく助けてもらった命だ。生きろよ。嫌いな相手を利用するくらいじゃないとここじゃ生き残れないぞ」


 それだけいって再び歩き出すリンに慎司は言葉にならない感情が沸き上がるのを感じた。晃生の中で自分という存在が刻まれていたことがうれしく、そんな晃生を助けられなかったことが悲しくて、晃生を殺した存在に知った風な口をきかれるのが悔しかった。

 それでも悪魔がいうことは事実なのだ。ここで生き残るには、晃生の分まで生きるには強くならなければいけない。嫌いな相手を利用してでも。


「よかった、慎司いた!!」


 前方から声が聞こえる。顔を上げればリンの横をすり抜けて鎮が駆け寄ってきた。鎮だってリンにおびえているのにリンの存在など眼中にない様子に慎司の心があたたかくなる。


「知らない先輩に連れてかれたって聞いて気が気じゃなかったぞ! 無事か!? 殴られたりしてないか!?」


 鎮がそういいながら慎司の周りをぐるぐる回る。岡倉家には忠犬というあだ名がついているが今の鎮を見ていると納得してしまう。慎司の周りを回って無事を確かめる様子は主人の帰りを喜ぶ犬のようだ。

 岡倉家の人間は主を見つけたら一直線。そんな話を聞いたことがあるが、その主が自分だと思うとこそばゆい。同時に自分でいいのかという弱気な気持ちがわいてきて、慎司は気持ちを入れ替えるために頭を左右に振った。

 突然の慎司の奇行に鎮は固まり、続いて青くなる。やはりなにかあったのかと慌て始める姿を見て慎司は苦笑いを浮かべた。


「弱気な自分を振り払ってただけ」


 よくわからないという顔をする鎮の横を通り過ぎてリンの元へと向かう。

 リンは鎮と一緒に慎司を探してくれていたらしい響と合流してなにやら文句を言われていた。「何も言わずに勝手にいなくなるな」と眉を吊り上げる響に眉を下げるリンという図はあの夜を知っている身からするとずいぶんおかしく見える。


 不可思議な場所に来てしまったと慎司は思う。母親に楽をさせたくて、弟や妹たちが少しでも自分の望んだ道を選べるようになればいいと羽澤家に足を踏み入れた。想像した場所とはまるで違い、なんでこんなところに来てしまったのだと後悔したが、ここにきて慎司は仲間を得て変わるためのきっかけをもらった。

 くじけそうになるたび考える。こんなとき晃生ならどうするだろうかと。生き残ったのが本当に自分でよかったのかと。そんなことを言ったら晃生は怒るだろうし、きっと心配するだろう。ああ見えて優しいことを慎司はよく知っている。


「晃生くんの分まで強くなるよ」


 そう誰にいうでもなくつぶやく。隣に並んだ鎮が息をのみ、「俺も」と小さく返してくれたのが聞こえた。それだけでこの先どんな困難が待ち受けていようと乗り越えられる気がする。

 それでもこんなとき晃生がいたら。そう考えることはやめられないだろう。忘れたいわけではないのだ。頼らなくてもいいほど強くなりたいけれど、ずっと覚えていたいのだ。だから、心の中でそっと、唱えさせてほしい。


 ひとまずは目の前で響に怒られて小さくなっているリンと、日ごろの文句が爆発したのか小言が止まらない響の対処法を早急に教えてほしかった。

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