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化物の餌  作者: 黒月水羽
外伝1 産声
61/79

現状がベストだと俺は思ってる

 大鷲に本を返してもらい、雄介はふらふらと施設の中を歩いた。

 特殊現象監視記録所は表向きは自然現象研究所と名乗っており、名前通り自然について研究している施設。ということになっている。


 多くの人が認知していない外レ者という存在は、人が変異する以外は気づいたら生まれているという実に曖昧なものらしい。ある意味自然現象ともいえなくもない。

 堂々と妖怪、化物観測所。なんて掲げていては噂を聞いた変人が押しかけてくる可能性もある。適度に濁しつつ興味をひかない程度に堅苦しい名前がちょうどよかったのだろう。


 施設は地上よりも地下の方が広い。上は事務所と休憩所。形ばかりの資料室や、それっぽい顕微鏡やら望遠鏡が並べられた見せかけの研究室があるだけで、本命は地下。

 そこには天井まで伸びる本棚が所狭しと並ぶ資料室に、咲月が眠っている救護室、休憩室。雄介にはよく分からない道具がごちゃごちゃとおかれた物置など、上よりも充実した設備が整っている。寝泊まりできる環境が整っているため、一部はここに住んでいるという話を聞いた。


 そんな施設の一角。職員の休憩スペースに向かった雄介は由香里と絵里香の姿を見つけた。おそろいの長い髪をみつあみにした二人は分厚い辞典をのぞきこんでなにかを言い合っている。

 声をかけるべきか、邪魔しない方がいいか。そう悩んでいると視線に気づいた由香里が顔をあげた。


「こう……雄介くん」


 いまだに名前が変わったことに慣れないらしく、晃生と言いかけた由香里が慌てて言い直す。雄介も新しい名前にいまだ慣れない。

 声をかけられたのに無視はできないと近づけば絵里香が「こんにちは」とほほ笑んだ。


「なにしてるんだ」


 向かいの席に腰を下ろしながら聞けば由香里と絵里香は顔を見合わせた。一卵性の双子らしく瓜二つの容姿。同じタイミングで顔を見合わせる姿は鏡のようだ。

 一卵性の双子というものを初めてみる晃生は目を細める。


 眠っている咲月の顔が頭に浮かんだ。咲月にもかつては鏡のようにそっくりな弟がいたのだ。


「名前を考えているの」

「名前?」

「私たち、元の名前はつかえなくなってしまうから」


 どこか寂しそうに絵里香はいった。

 絵里香の人生は幸せだったとは言えない。養護施設で育ち、引き取ってもらえたと思ったら魔女の屋敷に閉じ込められた。双子の妹である由香里ともずっと会うことができなかった。羽澤から解放されてすら今までの人生を捨てて、これから隠れて生きていかなければいけない。

 それでも元の名前がつかえなくなったことが寂しい。そう表情で語る絵里香に雄介は驚いた。


「……名前、変わるの寂しいのか?」

「雄介くんは寂しくなかった?」

 絵里香の驚いたような顔に雄介は考える。


「俺は兄さんの名前もらったから」


 雄介の言葉に絵里香と由香里は目を瞬かせた。そろえたわけでもないのに同じタイミングで同じ表情を浮かべる二人。じっと見つめられると居心地が悪くなり、雄介は少しだけ身を引いた。


「そっか……じゃあ寂しくないね」

「素敵だね。ちゃんとつながりが残ってるんだ」


 顔を見合わせて二人は笑う。他人のことなのに心底嬉しそうな顔をする二人に雄介はますます居心地が悪くなった。


「私たちは生みの親の顔なんて覚えてないし、親戚もいないし。名前をもらうなんてこと出来ないから」


 寂しそうにいう由香里を見て雄介はなにも言えなかった。

 御酒草学園に入学した当初は自分の人生は最悪だと思っていた。兄は抜け殻になって両親は死んで。自分より不幸な奴はいないとどこかで思っていた。

 けれど、羽澤家には雄介と同じくらい、それ以上に苦しんでいる人間がたくさんいた。

 生まれた家から逃げたかった鎮に兄に煙たがられていた響。家族のため、少しでもいい大学に行こうと特待生になったのに生贄候補にされた慎司。双子の姉妹と引きはがされた由香里と絵里香。自分の身代わりになって死んだ弟を忘れられなかった咲月。


 みんなそれぞれ苦しんでいた。自分だけではなかった。それに少しだけ安心して、安心してしまった自分に嫌悪を覚えた。

 自分と同じくらい苦しんでいる人がいて安心するなんて最悪だと。


「お兄さんとは再会できたの? 元気になったんでしょ?」

「まだ……」


 リンは感情を抜き取ってもすぐに食べるわけではない。そのことを雄介が聞いたのは特視に保護され目覚めてすぐのことだった。それは由香里と絵里香もほかの職員に聞いたらしい。二人は純粋に良かったと喜んでくれたが、雄介は少しだけ罪悪感がある。

 二人はなにもかも失ったのに、自分は兄が戻ってきた。


「……雄介くん、私たちのこと気にしてる?」


 歯切れの悪い雄介をみて由香里が目を細めた。絵里香は気づかなかったようで不思議そうに目を瞬かせている。

 由香里はずっと大人たちの顔色を見て育ったためか人を良く見ている。大鷲に「ここではそんなに気をはらんでえぇよ」と何度も苦笑されていたし、慣れない環境に戸惑う雄介に声もかけてくれた。自分だって慣れない場所に来たというのに。


 今回も隠したい感情に気づかれてしまい、まずいと思った。それでもどう誤魔化していいのかがわからない。目をそらすのは肯定しているようなものだとわかっていたが、それ以外に選択肢が浮かばなかった。


「気にしてるってなにを?」

「私と絵里香は家族もいないのに、自分は兄が無事でいることに罪悪感があるんじゃない?」


 本心を見抜いた言葉に雄介は身を固くした。ちらりと視線をむければ由香里はやっぱり。という半眼で雄介を見つめていて、絵里香はただ驚いていた。


「なんでそんなこと気にするの? お兄さんが元気なことは良いことでしょう? 私たちに気を遣う必要なんてないのに」

「そうよ。私たちは最初から家族なんていなかったんだから。羨ましいって気持ちはあるけど、それで雄介くんを責めたりしないわ」


 教室にいたときよりもハッキリとした口調で由香里はいった。どこか吹っ切れたような物言い。もともとの由香里は勝気な性格だったのかもしれない。


「むしろ私は雄介くんに罵倒される立場だわ。私はあなたたちが逃げる計画を航様たちに教えてしまった……」


 由香里はそういうと顔をふせ、膝の上で両手を握りしめた。絵里香が気づかわし気に由香里を見るがなにも言わない。様子をうかがうように雄介を見た。


「あれは仕方ないだろ。お前の立場じゃああするしかなかった」

「……でも、私がいわなかったら三人とも無事に逃げられたかもしれない。鎮くんと慎司くんは羽澤家に残らなくてすんだかも」


 三人で一緒に逃げる。それが成功したときのことを想像する。この場に鎮と慎司がいる。それはとても楽しいだろう。清水晃生が死んだと伝えて二人を悲しませることもなかった。

 しかし……。


「現状がベストだと俺は思ってる」

 雄介の言葉に由香里と絵里香は驚いた顔をした。



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