今日もここにおったんか、毎日熱心じゃの
外レ者とは。
人間の理、輪廻転生の輪から外れた存在のことをいう。
そういったものとして突如生まれた者もいれば、人間から外れてそうなってしまった者もいる。もともと人間だった者は比較的安定しているが、生まれたときから外レている者は存在が不安定である。そのため自分を安定させることに執着し、輪廻転生の輪に入っている人間に対して狂暴性を発揮することが多い。
資料室からもってきた古い本をぱらぱらとめくりながら清水晃生――もとい緒方雄介は眉をよせた。外レ者という言葉を指でなぞり、じっとその文字を見つめてから顔をあげる。
白い壁に覆われた地下の一室。窓はないものの照明により明るく照らされた室内にはベッドが並んでいる。その一つにあの日から目覚めない咲月の姿があった。
緒方たちが所属する組織、特殊現象監視記録所。通称、特視に保護されてからもう二週間になる。あの夜を生き延びたことへの混乱やら、新しい環境への戸惑いも少しずつ落ち着いてきて、雄介はあの夜のこと、この世界にはまだ自分の知らないことがたくさんあることを受け入れつつある。
しかし、現実を拒むように咲月はあの夜から止まったまま、一向に目を覚ます気配がない。
ベッドの脇に置いたパイプ椅子にすわった雄介はじっと咲月の顔を見つめる。その顔は死んでいるように安らかで、このまま目覚めないのではないかという不安を大きくする。
「今日もここにおったんか、毎日熱心じゃの」
ゆったりとした声に視線を向ければ、灰色の髪に褐色の肌。開いているのかどうかわからない糸目をした長身の男性、大鷲源十郎がドアを開けていた。
そのままだとドアに頭をぶつけてしまうため、よいしょ。とかけ声をいれつつ身をかがめて部屋に入ってくる。地上でも目立つ長身は地下だとさらに窮屈そうで、妙な圧を見るものに与える。それも毎日顔を合わせていれば慣れてくる。見た目に反して穏やかな性格を知ればなおさらだ。
「どうも」
頭を下げると大鷲は笑う。センジュカの含みのある笑顔や緒方の豪快な笑い方と違い柔らかい笑みだ。
「今日はなんの本を読んでおったんじゃ?」
雄介の向かい側、咲月を挟むようにパイプ椅子に座った大鷲は雄介が資料室から持ってきた本をのぞきこんだ。雄介は大鷲に見えるように本のタイトルを見せる。
「特殊現象監視研究記録……。一巻ということは読み始めじゃな」
「何十巻と並んでて驚きました」
「歴史は長いからのぉ。知られておらんだけで」
雄介が本を渡すと大鷲は懐かしそうな顔で本をぱらぱらとめくった。ずいぶん古い本だが大鷲が持つと違和感がない。見た目は真面目というよりは軟派な印象だが、言動は落ち着いている。そのギャップが不思議だなと雄介はじっと大鷲を見つめた。
「外レ者の説明を読んでいたんですが、それがリン……様?」
「そうじゃの。リン様に魔女様。そしてわしやセンジュカもそうじゃ」
大鷲はそういうと髪をかきあげて両目を開いた。いつも閉じているように見える瞳が見開かれる。すると額、頬に普通の人間であればあるはずのない目がいくつも浮き出した。ギョロギョロと目玉の一つひとつが独立したように動く。それを見て雄介は眉を寄せる。大鷲には悪いがなれるには時間がかかりそうだ。
大鷲はそんな雄介の反応に気づくとすぐさま目を閉じた。すると浮き出てきた目は何事もなかったように消え失せる。
「この世界の魂は輪廻転生する。カミサマと呼ばれる魂の管理をしている方がいらっしゃるらしくての、死んだらその人の元にいき、生きている間に犯した罪やら記憶やら執着やら。いろんなものが洗い流されてまっさらにされ、再び生まれ変わる。それを繰り返しておるんじゃ」
「その流れから外れたものが外レ者と」
「わかりやすい名前じゃろう」
大鷲はそういうとケラケラと笑い、膝の上に本を置いた。
「カミサマに会ったことは?」
「あった記憶は残っておらんの。こうなる前。人間であった頃は死んだ後会っておったんじゃろうが……もう会うことはできぬからの」
「外レたから?」
「そうじゃ。外レた魂はカミサマにはあえん。じゃから浄化もされず、輪廻転生もできぬ。死んだらそれでおしまいじゃ」
大鷲はそういうと肩をすくめた。軽い口調でいっているがそれはとても重いことのように思えた。
雄介に前世の記憶はない。カミサマとやらに生まれる前、会ったといわれてもそんな実感はまるでない。それでも人でないものがそういうのであればそうなのだろう。そう信じるほどにはいろいろな経験をした。
だからきっと雄介は生まれる前にカミサマに会い、前世の様々なものを洗い流されて、清水晃生として生まれてきた。
「外レたことを後悔していますか?」
「初めはなかなか受け入れられずに苦労したの」
大鷲はそういうと咲月を見つめた。いまだ眠り続ける咲月に過去の自分を重ねているように見えた。
「前世のことなんて何一つ覚えておらん。わしが覚えているのは人間として生きてきたときの記憶。外レてからは人ではなくなったときの記憶だけ。それでもの、会ったこともない存在にもう会えぬといわれると、もう生まれ変われないといわれると、少しだけ寂しい気もするんじゃ。不思議じゃな。何一つ覚えておらんのに」
そこで言葉を区切ると大鷲は雄介を見つめた。
「じゃがもう、後悔したところでどうにもならないんじゃよ。わしは外レてしまった。元には戻れない。後は選ぶだけじゃ」
「選ぶ……?」
大鷲はじっと雄介の目を見つめてから眠り続ける咲月へと視線を動かした。
「外レたまま生き続けるか、外レた自分を受け入れずに死ぬかじゃ」
いま咲月はその分岐点にいる。いわれなくとも雄介にはわかった。




