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化物の餌  作者: 黒月水羽
化物の餌
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罰が欲しかったか?

「なんのお咎めもなしだってよ」


 怪我の手当という名目で慎司は鎮の家にお世話になっていた。正確にいうなら軟禁。処分が決まっていない慎司を学校にも下宿にも戻せないため監視もかねての処置だった。


 慎司よりは自由がきく鎮は今日、航から直々に事の顛末を聞いたらしい。逃亡をはかり失敗した慎司と鎮に対して破格の対応といえる。それでも喜ぶ気にはなれなかった。

 ベッドに腰掛けたままぼおっとしている慎司をみて鎮は顔をしかめた。


「罰が欲しかったか?」

 その言葉に慎司は頷いた。


「響様はなにも覚えてないってさ。あの日のこと。リン様が自分に都合が悪い記憶を抜いたらしい。航様に頼んでお見舞いにいったんだけど、なにも協力できなくすまなかった。って謝られた。本人のなかでは急な風邪で一日寝てたってことになってる」


 鎮はそういうとベッドの横に置かれた椅子に腰掛けた。鎮の目は遠くを見つめている。いつも教室で明るい表情で笑っていた時とはかけはなれた、すべてに疲れたような顔だった。


「自由にしていいってさ。羽澤を出て行きたいなら行けばいい。その後の人生も好きなように生きろって。成人するまでの面倒はちゃんと見てやるから安心しろって親父に言われた。慎司の学費も御酒草学園を止めるとしても出してくれるってよ。待遇よすぎて笑っちゃうよな」


 そういってハハハと笑った鎮の声は乾いていた。慎司がなにもいわずにいると嘘くさい笑みを止めて顔を手で覆う。


「……置いてかれるってこんな気持ちなんだな……」

「……そうだね……」


 しばらく無言の時間が流れた。あれほど望んだ自由だったのに、生き残りたいと思ったのに、晃生がいない。ただそれだけでこんなにも重い。あの日、あの時、なんで自分が生き残り晃生が死んだのか。そんな思いが消えてなくならない。


「鎮君はどうするの。この先」

「……正直迷ってる。この家を出て行きたかった。それは本心だ。でも……こんな形で出て行っていいのかって思ってる」


 鎮は両手を握りしめる。慎司が不安なときにいつもやっていた癖。そんなときに側で支えてくれたのは鎮と晃生だった。


「僕は、残ろうと思う」

「は……?」


 鎮が目を見開いて慎司を見た。慎司自身もこんな結論をだした自分に驚いている。


「晃生君はさ、真実を知らなければ前に進めなかったんだと思うんだ」


 晃生は強い。そう慎司は思っていた。けれど本当は慎司が思うほど強くなかったのだ。強い自分を生み出さないと生きていけないほど弱くて、世界が怖かったのだ。


「僕も羽澤から逃げたら前に進めないと思うんだ」


 晃生が弱いなら慎司はもっと弱かった。いつだって晃生の影に隠れていた。慎司だって同じ特待生。晃生と同じ立場だったのに晃生について行けば何とかなる。そう思ってすべてを押しつけた。晃生の弱さに気づきもしなかった。


「僕はあの日のことを忘れて生きることは出来ない。きっと羽澤から離れても何度も思い出す。思い出して後悔し続ける。それなら僕は、逃げずに戦いたい」


 晃生もきっとそうだった。怖かったから立ち向かった。兄を、家族を失った事実を受け入れるために羽澤家に来た。


「僕が晃生君にしてあげることは、もうそれしかないから」


 忘れずにいる。自分の同級生はすごい人だったのだとずっと覚えている。それくらいしか晃生にしてあげられることがおもいつかない。居なくなってしまった人は帰ってこないから。


 慎司の言葉を鎮は黙って聞いていた。それから噛みしめるように下を向いて、最後に歯をみせて笑った。


「じゃあ、俺も残る」

「えっ」

「慎司一人おいて俺だけ逃げるってかっこ悪いだろ」

「いや、でも、鎮君はずっと逃げたかったんでしょ」


 自分に気を遣わないでほしいと慎司は慌てたが鎮は首を左右に振った。


「俺もさ、きっと逃げてたんだ。自分の生まれに向き合わないで、こんな場所が悪いんだ。ここじゃなかったらもっと自由に生きられたんだって。でもさ、響様とか晃生みてたらな……もっと俺に出来ることあったんじゃないかなって」


 鎮は遠い目をして小さく笑う。それはいつもの明るい笑みじゃなくて寂しげなもので慎司はなにも言えなくなった。


「俺も慎司と一緒。きっと羽澤から離れたって羽澤から本当の意味で解放されない。一生忘れられずに引きずるんだ。だったら残って、思いっきり引っかき回して、ざまあみろって笑ってやった方がスッキリしそうだ」

「……それはどうなの……」


 すごい怒られそうだけど。と慎司は顔をしかめたが、鎮はいたずらを思いついたような顔で笑った。


「慎司忘れたのか。俺たちは生き残ったんだよリン様から。それはな、羽澤では大きな力だ。あんなことがあって利用するのはどうかとも思うけど、俺たちに出来ることってそのくらいしかないんだよ」

「……そうだね……」


 自分たちは無力な子供だ。そう今回痛感した。自分たちが見ているものよりも世界は広くて難しくて、見えないところでいろんな人がいろんな意図で動いている。それを恐ろしいと慎司は思う。だからこそ目をそらさずにいたい。大事なものがまた居なくなってしまわないように。


「あと俺はお前につこうと思うから、羽澤家では箔がつくぞ。岡倉に認められるのは羽澤にとって重要だからな」

「えっ」


 目を白黒させている慎司に向かって鎮は笑った。出会った頃から変わらない空気を変える笑顔。拳を突き出す鎮に慎司は戸惑ったが、最終的にさはにかみながら応える。


「よろしく、慎司」

「僕のほうこそ、よろしくね、鎮君」


 ここに晃生はいない。その事実を突きつけられるようで寂しくて悲しい。だけど、だからこそ、自分たちは進んでいかなければいけないのだ。そう強く思った。



※※※



 それから羽澤家ではいろいろなことがあった。

 晃生亡き後、響と親しくなった慎司と鎮は三人で一緒にいる時間が増えた。しばらくは平和な日々が続いたが響に双子が生まれたのを切っ掛けにリンの様子はおかしくなり羽澤家の内情も変化した。

 まだ幼い響の息子を中心に次の当主の座をかけた争いがはじまり、その渦中、響の息子は不自然な死を遂げた。事故死として片付けられたことに響は納得いかず、ついに当主となり羽澤家をかえることを決意した。


 そこからはまさに怒濤というべきで、慎司と鎮は響と一緒にかけずりまわった。そのかいあって当主は響に決まり、先代当主夫婦、航と快斗は地方に隠居が決まる。深里は響の息子が死んだ直後から行方をくらましており、その足取りは未だつかめない。


 晃生が死んでから数年の月日が流れたが、世界は今日も複雑で、理不尽に満ちている。それでもあがいて走り回れば少しだけ世界は変わる。そのことを慎司は晃生に教えて貰った気がした。


「にしても、当主があの時の人たちと関わりあったなんて驚きだよな」


 当主の館の応接室で鎮は声をあげる。高校の時に比べると顔つきは精悍になったが、明るい空気は変わっておらず慎司にとって頼りになる右腕だ。


「俺は晃生から話しきいただけなんだけど、あの時はお世話になったんだよね……」


 今日会うのは羽澤とは古くから付き合いがあったという秘密組織である。なんでも悪魔や魔女といった人ならざる者を昔から監視、研究、説得などをしているらしく、悪魔や魔女が根付く羽澤とは持ちつ持たれつの関係を築いていたらしい。羽澤家が生贄を捧げるなんて蛮行を行っても世間にバレなかったのは彼らの協力もあった。そう聞くと複雑な気持ちではあるが。


「私が当主になったと伝えると、あの時の件で色々と話したいこともあるからといわれてな。私も興味があったから招待した」


 にこにこと穏やかな笑みをうかべる響だったがやることが豪快だ。

 聞けば先代当主は必要最低限のやりとりしかしておらず、当主邸に招待することもなかったのだという。

 慎司としては先代の気持ちがよく分る。魔女や悪魔という存在が敷地内にいる羽澤家ではあるが、だからこそ外部の怪しい組織と関り合いにはなりたくなかったのだろう。身内だけで十分なのだ。


 それでも晃生が自分たちを助けるために協力を頼んだ組織。そういわれると縁を感じてしまう。

 自分たちはその組織と合流することなく羽澤家に戻った。行方不明扱いになっている由香里と絵里香。あの二人は無事に保護されたのだろう。


 あの後いくら探しても二人の足取りはつかめなかったときく。羽澤家の捜索から逃れることは容易くない。となれば裏を管理する組織が関わっていた方が納得がいく。

 二人は無事に彼らと合流し第二の人生を始めた。そう慎司は信じている。


「当主が代替わりしたことにあわせて、あちら側の担当者も変わるらしい。以前は緒方さんという方がしていたそうなんだが、その息子さんが担当することになるとか」

「……大丈夫なのか?」

「会ってもないのに疑うのは失礼だろ」

「そうだけどさー、息子ってきくとさー」


 鎮の言葉に響が苦笑する。頼りなさそうだったらその時考えよう。と響がいうと、よろしくー。と軽い口調で鎮はウィンクした。


 高校の時には考えられないくらい鎮と響の関係は気安い。外では響様と岡倉としての立場を崩さないが、三人だけになったらただの同級生に戻る。

 そんな二人のやりとりを微笑ましく見守りながら慎司はいつも考えてしまう。

 晃生が生きていたらなんて言っただろうと。


 世間話をしているとコンコンとノックの音がした。使用人の「お客様をお連れしました」という声が聞こえる。

 座っていたソファから立ち上がり身なりを整える。第一印象が肝心だとお互いに目で軽く確認してから響が「どうぞ」と声をあげた。


「本日はお招き頂きまして、誠にありがとうございます」


 ドアの向こうから現れたのは眼帯に杖をついた、いかつい顔をした老紳士。予想外に貫禄のある人物の登場に慎司は目を瞬かせた。

 一方鎮は子供みたいに目を輝かせており、響も興味津々で老紳士を見つめている。実は似たもの同士の二人なのだ。


「まずは当主就任おめでとうございます。私は緒方と申します。先代には大変お世話になりました」

「お話は伺っております。先代からもよろしくお伝えくださいと言付けを預かって参りました」


 響が歩みよって手を差し出す。緒方は響の手をとるとじっと響を見つめ、それから慎司と鎮を見つめた。

 初対面にしては無遠慮だが、なぜか不快さを感じない。例えるなら孫の友達をみるような温かみのある眼差しに慎司は戸惑った。


「さっそくではありますが、私は息子に羽澤家の担当をゆずることになりました。今回はそのご報告とご挨拶を兼ねてお伺いした次第です」


 緒方はそういうとドアの方に目を向けた。慎司たちも緒方と同じくドアの方へと視線を向ける。そこには人の気配がある。使用人が戸惑った顔で廊下を見つめていることからも人がいるのは間違いない。ただ、その人はなかなか入ってこない。

 不思議に思い慎司たちは顔を見合わせた。鎮にいたっては迎えに行こうかと動き出そうとしている。


「ほら、雄介、ご挨拶なさい」


 緒方がそういって持っていた杖を強く突いた。思った以上に大きな音がして慎司は肩を震わし、動き出そうとしていた鎮の足が止まる。


「……失礼しました……」


 ドアの向こうから声がした。低い男の声。聞きなじみはない。けれど聞いたことがある気がした。

 目が吸い寄せられるようにドアに向く。鎮と響もじっとドアの方を見つめているのが分った。


 磨かれた革靴、新品らしきスーツが見え、どこか気まずげな顔をした男が姿を見せる。


「皆様初めまして。このたび父、緒方より担当を代わることになりました。息子の緒方雄介です。以後お見知りおきを」


 そういって男――雄介は頭をさげた。髪に隠れていまは見えない顔。けれど慎司が見間違うはすがなかった。


「……晃生君……?」


 それはたしかに死んだはずの清水晃生だった。



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