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化物の餌  作者: 黒月水羽
化物の餌
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響が心配することじゃない

 生贄だった少年たちが走り去り、それを見送った咲月はナイフを片手に別の方向へとふらふらと歩いていった。生贄を取り押さえるために呼んだ男たちが逃げた方角だ。


「なんだよアレ……」


 よろよろと近づいてきた快斗が青い顔でつぶやく。航にもわけが分からなかった。双子の上が隔離施設から出て外にいるだけでも驚きだというのに、鬼のように変貌するなんて信じられなかった。


 双子の上は呪われている。徐々に人ではない化物に変貌する。そう言い伝えられているが、それはただの伝承であり真実ではない。そう航は今日まで思っていた。


「まさか本当に、人ではない化物になったというのか?」

「それ以外になんだっていうんだ?」


 航の呟きに答えたのはリンだった。ニヤニヤと楽しげに惨劇の後を見渡している。


 その場に幾人もの死体があった。背中や額、足や腹。それらを刺され恐怖と痛みに目を見開き、未だに赤い血の海を広げながらその場に倒れている。

 外傷もなくただ眠っているような星良の体。その差に怖気を覚える。


 むわりと血の匂いが香る。とっさに航は鼻と口を手で覆った。それでも目の前の光景も、血の匂いも消えてはくれない。

 快斗は青い顔で周囲を見渡しては、これは夢か? と呟いている。


「リン、とめてくれ! リンなら出来るだろ!」


 響が泣きそうな顔でリンの着物の裾を引っ張った。

 あの光景をみた後ですらリンにすがる響をみて航は愚かだと思う。リンが止めるはずかない。焚き付けたのはリンだ。笑って惨劇を眺める姿は悪魔と呼ばれるのにふさわしい残忍さをもっていた。そんな相手を純粋に慕う響はどこかおかしいのかもしれない。少なくとも自分とはまるで違う人間であると航は思った。


「無理だな。ああなったら満足するまで止まらないだろ」


 リンは響と視線を合わせるようにしゃがむと歯を見せて笑う。響の顔が絶望で染まるがまるで気にした様子がなく子供をあやすように頭を撫でる。

 優しい顔と手つきで残酷なことをいう。ちぐはぐな姿が不気味で航は顔をしかめる。

 目の前の存在は人ではない。そう実感させるには十分だった。


「響はそろそろ家に帰れ。後始末は他の奴らが適当にやるだろうし、明日も学校あるだろ」

「リン、今はそんなこと言っている場合じゃ」


 話を終わらせようとするリンに響が必死ですがりつく。響がいくら必死に訴えてもリンは場違いな笑みを絶やさない。


「響が心配することじゃない」

 リンは航が初めて聞くやさしい声でそういうと響の胸に手を突っ込んだ。


「リン様!?」


 思わず航は声をはった。予想外のことに快斗は目を見開いて固まっている。深里はどこか嬉しそうに目を細めていた。

 信頼している相手に裏切られた響は自分の胸に突き刺さったリンの腕を唖然と見つめた。なんで……。と小さな声がもれる。それに対してリンは優しく微笑んだ。


「お前に今日の記憶は必要ないだろ」


 そういうと同時にリンは響から腕を引き抜いた。力なく倒れた響を丁寧に抱き留めると引き抜いた青白い炎を口の中に放り込む。苦いなあ。とつぶやいたリンは複雑そうな顔をして響を抱え上げた。


「お前らは見逃してやるからさっさと帰れ。響はちゃんと連れて帰れよ。傷つけたらお前らも食ってやる」


 響に見せたものとはまるで違う獰猛な顔でリンは笑う。それでもぐったりした響を航に引き渡す動きは丁寧だった。まるで噛み合わない言動に航は戸惑いながら響を受け取った。

 響の体は温かい。息もある。ただ眠っているだけに見える響の姿に航は安堵と同時に恐怖を覚える。生きてはいる。けれどリンは確かに響からなにかを抜いた。


 リンが食べるのは感情である。それらを食べられた人間はなにも感じることが出来なくなる。心臓が動いているだけで人形のようにただ眠り、誰かの手を借りなければ生きられない。そんな存在になり果てる。

 リンは響を気に入っていた。なのに、なぜ今このタイミングで響を人形にしてしまったのか。


 航は響のことを素直に弟だとは認められなかった。年も離れていたし、普通だと評価された自分とは違い響はリンに気に入られた。こんな家に生まれて純粋に航を兄だと慕ってくる姿が綺麗すぎて苛立った。自分にないものばかりを持っている弟を受け入れらず、受け入れられない自分を嫌悪した。

 好きではなかった。そのはずだ。目障りだった。それも事実だ。それなのに、もう動かない。しゃべらない。兄上とも呼んでくれないのかと考えたらとたんに悲しくなった。なんて身勝手なのだろうと笑えてくる。兄だと純粋に慕ってきた弟をいつも冷たく突き放してきたというのに。


「なぜ、リン様は響を……」


 非難じみた目を向けてしまう。怒る権利などないというのに。

 そんな航を見てリンは目をまたたかせた。不思議そうに首をかしげ、それからああ。と声をあげる。


「全部食ってねえよ。今日の記憶抜いただけだ。明日の朝には普通に起きるだろうからベッドまで運んで寝かせてやれ」

「はい……?」


 間抜けな声がもれる。快斗も口をあけて固まっていた。嬉しそうに微笑んでいた深里の表情がこわばる。信じられないという顔で深里がリンを見ているのを見て、自分も似たような顔をしているだろうと航は思った。


「記憶だけ抜くなんて、そんなことができるんですか」

「出来るぞ」


 なにを当たり前のことを。という顔でリンはこちらを見た。航は戸惑った。そんな話聞いたこともない。


「……ということは特定の感情だけ抜くことは」

「できるな」

「つまりすべての感情を食べて抜け殻にしなくとも、一部だけ食べることは可能ということですか」

「ああ」


 航の言葉にリンは平然と応えた。それがどうした。という態度に怒りを覚える。


「では、なぜ今までそうしなかったんです。それが分かっていたら一年に一人とはいわずに、何人でも捧げることができました」


 食べられたら廃人になる。そう思っていたから外部からわざわざ後腐れがない人間をつれてきたのだ。それが一部の感情や記憶だけでいいとなれば話は違う。多少の後遺症はあっても今度も普通に生活できるとなれば御膳に立候補する人間の数はぐっと増えただろう。


 航の怒りを見てとってリンは口のはしをあげた。不機嫌ではない。ただ愉快そうに航を見下ろしている。


「何人でも捧げるって言うけどな、お前らは俺の好きな味をくれる気があるのか? 俺が好きな味はお前らが必要とする感情。お前ら捨てたがらない愛とかプラスのものだ。逆に憎悪とか、嫉妬とか、お前らが捨てたがる感情は嫌いな味だ。例えばそうだな……」


 リンはそういうと航が抱きかかえたままの響を見つめた。


「お前が響に抱いている嫉妬や妬みは俺が嫌いな味だ。だが、お前はそれは持て余してるだろ」


 指摘された言葉を航は否定出来なかった。先ほど自覚したばかりだ。響のことを素直に弟だとは思えなくとも、死んで欲しいと思うほど嫌ってはいない。だから航は唇を噛みしめることしか出来なかった。


「そんな持て余した感情をいらないから俺に捧げるって言われてもな、俺だっていらねえんだよ。俺はゴミ箱じゃない。だが、選べるとなればお前らはいらないものをよこそうとするだろ。それじゃあ意味がない」


 リンはそういうと航の胸を指さした。


「俺が羽澤家で神としていられた理由はな、お前らが俺を恐れたからだ。俺の言うとおりにすれば賢い子が生まれる。一族に恩恵がある。それを知っていても、それ以上に俺が怖い存在だと知っていたからだ。人間はバカだからな。感謝はすぐ忘れるが恐怖はなかなか忘れない。一度覚えさせれば、生きている間は俺を恐れ続ける。それで俺はさらに強くなれる。世の中は食うか食われるかだ。俺は食う側を譲る気はない」


 赤い瞳に至近距離でのぞき込まれた。顔をゆがめた自分自身がうつっているのをみて航は奥歯を噛みしめる。


 リンがいうのも納得がいった。たしかに一部だけを差し出せると知っていたならばいらない感情を渡しただろう。忘れたい記憶や自分が捨てたい感情。そうしたものばかりを手渡されたリンが素直に受け取るとは思えない。

 仮にリンが受け取ったとしたら今のようにリンを恐れ敬うことはなかっただろう。リンは恐ろしいものではなく、自分達に都合が良い存在に成り果てる。


 人間を縛り付けるのであれば恐怖が一番。それは羽澤家も実践してきた事だ。逆らったら双子の上のように幽閉される。生贄に捧げられる。そうした事例を見せることで逆らう気力をそぐ。それはリンがやってきた事となに一つ変わらなかった。

 だからこそ理解できた。強者として君臨するためには弱者を無理矢理にでも作り上げなければならない。


「そんなの、詭弁だ……!」



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