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化物の餌  作者: 黒月水羽
化物の餌
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その必要はない

 11時、晃生たちは魔女の森の中にいた。センジュカは朝方まで待つといっていたがなにがあるか分からない。12時前に森を抜け、センジュカたちを待つということで話がまとまり晃生たちは早めに下宿を抜け出した。


 というのに、時間を伝えたはずの由香里がいつまでたっても現れない。


「……由香里さんどうしたんだろ」


 リュックを握りしめた慎司が不安そうな声を出した。ただでさえ夜の森は不気味だ。ホーホーというフクロウの声にざわめく木々。姿は見えないが気配は感じる動物たち。羽澤の敷地内だから危険な動物はいないはず。そう信じたいが、羽澤の人間に見つかることを恐れ懐中電灯もつけていない今は心許ない。


「由香里にはちゃんと伝えたよな」

「伝えた……」


 晃生の問いに鎮が神妙な顔で答えた。鎮だってこんなときに妙な失敗をするとは思えない。となれば由香里側になにか問題があったのだろう。


「見つかったか?」

「……可能性はあるな。日頃から好き勝手してる俺と違って由香里は女の子だし。深夜出て行こうとしてたら止められるだろ。ただでさえ……」


 言葉が不自然に途切れる。

 予備である由香里を監視する目は厳しいだろう。そんな言葉を飲み込んだのが分かった。


「迎えに行った方が……」


 慎司の不安そうな言葉に晃生と鎮は顔を見合わせる。迎えにいくのはリスクが高い。由香里以外と鉢合わせしてしまったら不審がられる。だが、このまま由香里をおいていくわけにもいかない。


「俺が様子を見に行くから、晃生と慎司は先に」

「その必要はない」


 鎮の言葉を遮るように力強い声が聞こえた。思わず警戒する三人の視界に明かりが見える。ゆらゆらと揺れるそれはランタンのようだ。暗闇の中ぼんやりと浮かぶ明かりは少しずつ相手の輪郭を浮かび上がらせる。

 鎮はおびえる慎司をかばうように前に出て相手をにらみつけた。


「何者だ!」

「……君たちに危害を加えるつもりはない」


 その静かな声に聞き覚えがあった。

 枝を踏む音が先程よりも近い位置から聞こえる。ぼんやりと姿を現した人物はランタンを顔の高さまで掲げる。見えたのはよく知る顔、羽澤響。その後ろに下を向く由香里の姿もあった。


「ひ、響様……?」

「よかった、由香里さんも」


 鎮が戸惑い、慎司は安堵の息をはく。晃生はどちらの反応もできなかった。

 警戒を解くことも出来ずに響を見つめる。今の状況で響がここに居ること。そして背後でうつむく由香里の姿。どうにも腑に落ちない。


「……止めに来たのか」


 晃生の鋭い声に響はなにも答えなかった。ただじっと晃生たちを見つめている。緊迫した空気に慎司の表情が青ざめる。まさかという顔で響を見つめるが響はなにも言わず、口だけを大きく動かした。いくら口を動かしても声は聞こえない。それに晃生は眉を寄せつつ響の口の動きを観察する。


 にげろ。

 その言葉が読み取れた瞬間、晃生は慎司の手をとって走り出した。


「こ、晃生君!?」


 少し遅れて鎮が走ってくる気配がする。鎮も響の口の動きが読めたのかすぐ横に並んできた。慎司だけが状況について行けてないようで背後を振り返る。


「慎司前を見て、走れ。俺たちが今日逃げようとしてるのはバレてる」

「えっ……」

「由香里さんと響様はたぶん俺たちを説得するように言われて来たんだ」


 下を向き一切こちらに視線を合わせなかった由香里。声を出さずに逃げろと伝えてきた響。事態は一刻の猶予もない。


「で、でも由香里さんは!」

「由香里のことはきっと響がなんとかしてくれる」


 そう信じることしか今は出来ない。逃げるよりも羽澤家に従うことを選んだ。つまりそうする他に由香里には生き延びる術がなかったのだ。それを責めるよりも自分たちの身を守る。そちらの方が今は重要だ。


 目は暗闇に慣れている。といっても整備されていない森はとにかく走りにくい。後ろを気にする慎司の手をつかんで走ると余計に転びそうになり、前を向けと何度か声を荒げることになった。慎司は泣き出しそうな顔で前を向く。なんで自分がこんな目に。そう語る顔に晃生は顔をゆがめた。

 そんなの俺だって聞きたい。


「やっぱりなー、響は逃がしたか」


 そんな場違いな軽い声が聞こえ、次の瞬間には腹部に痛みが走った。殴り飛ばされたと気づいたのは視界に人影が見えたのと鎮と慎司の悲鳴が聞こえたからだ。

 ゲホゲホと空気を吐き出して前を向く。スーツ姿の男が暗闇の中に立っている。黒い髪に青い瞳。どことなく響に似ている。しかし響であればバカにした顔で晃生を見下すことなどない。


「後ろには咲月がいる。そこの岡倉と生贄その一は痛い目あってんだろ。同じ目にはあいたくねえよな」


 男の言葉に振り返るといつのまにか背後に咲月が立っていた。あの時と同じようにナイフを構えている。初めて咲月と遭遇する慎司が悲鳴をあげた。


「生贄になるように説得しろっていったのに、ダメだな、うちの愚弟は」


 男は深いため息をつくと肩をすくめた。そうして少しずつ晃生たちに近づいてくる。暗い夜だというのにハッキリみえているかのように迷いがない。暗闇に目が慣れている。となると、ずいぶん長いこと晃生たちが来るのを待っていたのだ。

 鎮が震えた声で「快斗様……」とつぶやいた。


「お前らもバカだよな。うちの愚弟の言葉にまんまと乗せられて、逃げ出せるなんて夢みたんだろ。逃げ出せるわけがないだろ。俺たちは天下の羽澤様だぞ。逃げてどうする? 家族はどうなると思う? お天道様の下を今後の人生歩けると本気で思ってんのか」


 意地の悪い顔で羽澤海斗は笑った。響と顔の造りは似ているのにまるで違う。ここまで表情の違いで差が出るものなのかと晃生は拳を握りしめながら思う。

 背後には咲月、前方には快斗。右か左に逃げるとしても慎司と鎮はどうするのか。三人バラバラで逃げた方が逃げ切れる可能性はあがるのか。前方の男をにらみつけながら考える。すると快斗が意外そうな顔で晃生を見た。


「お前だよな、清水晃生」


 快斗はまっすぐに晃生を指さした。返事をする義理もなかったので片眉をつり上げる。だとしたら何だと視線で訴えると快斗は愉快そうに笑う。


「顔は似てるのに態度は兄貴と真逆だな」


 その言葉に一瞬ここがどこか分からなくなった。病室で見た兄の姿がフラッシュバックする。御酒草学園に行く前の優しい笑顔、晃生と自分の名を呼んで頭を撫でてくれるあたたかい手。それらが脳裏を通り過ぎて、目の前の快斗しか見えなくなる。


「お前、兄貴を知ってるのか……」

「あー知ってるよ。俺の代、御膳になったやつだ」


 快斗は晃生と目を合わせるとにんまりと笑った。


「俺が御膳にした奴だ」



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