お前、一体なんだ。俺の敵か
咲月は鎮の心臓に刃先を向けたまま晃生を見上げた。髪の隙間から冷め切った目が見える。同じ高校生とは思えない。同じ人間とも思えない。温度の全くない恐ろしい目だった。殺される。そう思ったときよりも震えが止まらない。
「俺のことはい……」
「俺は特待生に聞いている」
鎮が口を開こうとしたところで咲月は鎮を踏みつける足に力を込めた。咲月が小柄といっても人一人分。全体重をかけられれば相当な力だ。咲月は人が痛がる部分が分かっているのか鎮から苦しげなうめき声がもれる。それでも晃生を見て、必死に首を左右に振る姿に晃生は耐えきれなかった。
「分かった! 俺が死ねばそれでいいんだろ!」
「だ……め、だって……!」
「岡倉よりも特待生の方が賢いらしいな」
両手をあげ抵抗しないと示せばうっすらと咲月が笑みを浮かべた。なおも晃生を止めようとする鎮の腹を咲月は思いっきり蹴り飛ばす。ゲホゲホと腹を押えて胃液をはく鎮は立ち上がれないのか涙目で晃生をみあげた。やめろ。と弱々しく口が動くのが見えた。
それに晃生は笑みを返すことしかできなかった。頭をふり、もういい。とつぶやく。それを見て鎮の顔が泣きそうに歪んだ。
「安心しろ。苦しまないように殺してやる」
咲月はナイフを握りしめ近づいてくる。今から人を殺そうというのに一切の怯えがない。羽澤家にはこんな奴しかいないのかといっそ笑えてきた。頭がおかしい。呪いだとか悪魔だとか魔女だとか、そんな意味の分からないものが当然のようにはびこっている。
おかしな理屈で罪を重ねる咲月もこの一族の被害者なのだろう。呪われた双子の片割。呪いの象徴ともいえる咲月はどんな気持ちでここまで来たのか。最後だと諦めたからそんなことが無性に気になった。
「なあ、最後に聞かせろよ。お前の目的ってなんなんだ」
予想外の言葉だったらしく咲月の目が見開かれた。
「俺を殺すんだ。質問くらい答えてくれたっていいだろ」
咲月の瞳が初めて揺れる。いままで機械のように淡々と動いていた体が止まる。戸惑い目を見開く姿は年相応どころか、ずいぶん幼い。はじめて人に話しかけられた。そんな表情で固まる咲月に晃生は戸惑った。
咲月の口が小さく動く。なにかを言おうとしたのだろう。しかし小さな声が晃生の耳に届く前に、他の声がそれをかき消した。
「あらあら、ずいぶんと面白いことになっているのですね」
いきなり聞こえた声に咲月が瞬時にナイフを構える。晃生は声が聞こえた方へ視線を向けようとしたところで、腕をつかまれ背後に引っ張られた。
「さすがの私も一般人が殺されるところを見逃すわけにはいかないのですよ。決して私情ではありませんよ。あなたが生きていた方が色々と面白そうなのでひっかき回したいなんて、そんな気持ちは本当に一切、全くないですからね」
耳元で女性の声がする。無理矢理引っ張られたので傾いた体勢を支えるように背中に手が添えられ、目の前はいつのまにか真っ白になっていた。なにが起こったか分からず瞬きを繰り返すと、その白が長い髪だと気づく。
長く綺麗な白い髪をした女性に支えられている。その状況に遅れて気づいた晃生は混乱のあまり固まった。
「いつまでも女性に寄りかかっているのでしょうか。本来でしたら貴方が私を支える側なのでは? 貴方のような小童に支えられたいとは思いませんが、世間一般としてはそちらの方が自然だと思うのですがいかがでしょうか?」
間近に女性の顔がある。髪も白いが肌も白い。そしてまつげも瞳も、なにもかもが白かった。同じ人間とは思えない姿に晃生は目をまたたかせ半ば放心状態のまま頷いた。それを女性は肯定だと受け取ったのか優雅に微笑むと晃生の体を予想外に力強い動きで後方へと放り投げる。晃生はそのまま地面に尻餅をつき、ぽかんと白い女性を見上げた。
女性の前には警戒しきった咲月がナイフを構えている。目の前に血のついたナイフをもった人間がいるというのに女性は一切怯える様子がない。それどころか楽しげに目を細め咲月の姿を上から下までゆっくりと眺め回す。執拗な視線に咲月は不快な顔をした。
「お前羽澤の人間じゃないな。一体どこから入った」
「玄関から入れて頂きましたよ。私が不法侵入するような野蛮な人間に見えるのですか? 全く失礼ですね。謝罪は土下座でいいですよ」
白い女性は涼しい顔でそんなことをいい地面を指さした。咲月は眉をつり上げ女性をにらみつける。
「お前の後ろにいるのは俺の得物だ。黙って差し出せば手荒なまねはしない」
「無抵抗な人間を痛めつけるような人間がずいぶんとお優しいことをおっしゃりますわね。私にではなくそこに倒れている子に優しくしてあげればよろしかったのに」
倒れる鎮をみて女性は微笑んだ。咲月の眉間にしわがよる。
「ダメだ、そいつ本気でヤバい奴なんだ!」
「そんなの見れば分かりますわよ。手も足も出ず、身勝手な自己犠牲であっさり命を差し出そうとした弱者は黙ってくださいますか?」
一見丁寧な口調で女性はにこやかに毒をはく。
真っ白で妖精のように綺麗な姿をしているがずいぶんと毒々しい性格らしく、吐き出される棘は容赦なく晃生を突き出した。
助けてくれた。そのはずなのだが女性の態度に晃生はどう反応していいか分からなくなる。目の前にいる女性は敵なのか。それとも味方なのか。今のうちに逃げようにも鎮を助けるには咲月をどうにかしなければいけない。どうしようか考えあぐねているとイラついた様子で口を開いたのは咲月だった。
「お前、一体なんだ。俺の敵か」
「敵もなにも私は貴方のことなど存じ上げておりません。初対面でしょう」
「じゃあなんでソイツをかばう! お前にはかばう理由なんてないだろ!」
「ナイフで殺されそうになっている可哀想な人間をみたら助ける。それが人情というものではございませんか?」
当然でしょう。という口調で女性は語る。それは理想的な思想ではあったが実際に実行出来る人間がどれほどいるだろうか。咲月は刃物を持っている。たいして女性は素手。森に似つかわしくないロングスカートにブーツという出で立ちで咲月のように刃物を隠し持っているようには見えなかった。
それなのに全く女性はひるまない。
「まあ、人情というのは建前で、本当は気になることがあったので確かめたく近づいただけなのですが」
女性はそういうとにこやかに笑い、何気ない動作で咲月と距離をつめた。ナイフを持ち、未だ警戒している様子の咲月にだ。咲月がナイフを振り上げるのが見えた。晃生は危ないと叫ぼうとした。しかし叫ぶ前に女性がか細く白い手で咲月の振りかぶったナイフをあっさり受け止める。そのうえで目を見開き固まる咲月へさらに距離を詰めた。
「ああ、やっぱり、あなた……」
咲月に鼻がくっつきそうなほど顔をよせた白い女性は笑みを浮かべた。こんな状況でなければ見惚れてしまいそうなほど蠱惑的な笑みで咲月の耳に何事かささやく。それを聞いた瞬間、咲月は顔を真っ青にした。
「な……んで……」
両手にもっていたナイフが滑り落ちる。それにすら気づいていないような青白い顔で咲月は女性を見上げた。女性はそんな咲月を見下ろして楽しげに笑う。それを見た途端、咲月は走り出した。化物でもみたようながむしゃらな走り方。木の枝になんどか転びそうになり、それでも必死に手足を動かして咲月は走って行く。
晃生はその後ろ姿をただ見送ることしか出来なかった。
「あらあら、逃げてしまわれました。もうちょっとお話したかったのですが、残念です」
たいして残念じゃなさそうな口調でそういうと白い女性は晃生に向き直る。動きに合わせて長い髪とスカートがふわりと揺れ、真っ白な姿と合わせてずいぶんと幻想的だ。しかし晃生を見下ろす真っ白な瞳はどこか毒々しく、晃生は少し後ずさった。
「そんなに怯えなくともとって食べたりしませんわ。今年の生贄に少しお話を聞きたいだけですわ」
女性はそういうとロングスカートの裾を持ち優雅にお辞儀してみせた。
「私、センジュカと申します。次に出会う機会があるかは分かりませんが、一応よろしくお願いします」
登場といい発言といい容姿といい、衝撃だけを与え続ける存在に晃生は小さな声でよろしくお願いしますと答えることしか出来なかった。




