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化物の餌  作者: 黒月水羽
化物の餌
29/79

言い訳は家に帰ってからにしろ

「深里兄上……」

「こんな時間までリン様の手を煩わせてはいけないでしょう、響」


 深里は柔和な笑みをうかべて響を見た。完璧なその笑みは張り付いたように動かないが、イラついていることは空気で分かる。深里は響がリンと親しくするのを快く思っていない。


「申し訳ありません」

「そう怒るなって。響くらいなんだから、気軽に俺に話しかけてくれるの」

「リン様に気軽に話しかけるなど罰当たりにもほどがあるでしょう」

「何回もいうけど俺は神様でもなんでもないからな」


 深里の言葉にリンは顔をしかめた。面倒くさいと顔と態度に出すと、仕方ないとばかりに縁側から立ち上がる。


「遅くまで響を付き合わせるのもよくねえしな、本当は俺がおくってきたいとこだけど」

「リン様の手を煩わせるようなことではありません」

「俺が好きでやってることなんだって何回いえば分かるんだろうな」


 はぁとこれ見よがしにため息をつくとリンは未だ座ったままの響に顔を向け、ニカリと笑う。月明かりの元でもわかるまぶしい笑顔に響は目を細めた。


「また遊びに来いよ。俺は暇で暇で仕方ないんだ」


 そういうと最後にリンは響の頭を一なでした。部屋の中に入ろうと障子に手をかけながら、思い出したとばかりに深里に向き直る。


「深里、ほどほどにな。まだ響は高校生だ」

「……失礼ながら、十分自分の行動に責任をとれる年齢だと思います」

「年下の失敗を大目にみて助けてやるのが年上だろ?」


 リンの言葉に深里は笑みを浮かべたままなにも答えなかった。それをみてリンは眉を寄せるがなにもいわず、中へと入っていく。響は消えていく後ろ姿をぼんやり見送った。


「……響、帰る準備は?」

「いますぐ!」


 表面上は優しい声だが相当にいらだっている。兄弟だからこそ分かる機微に響は内心怯えつつ慌てて荷物を取りに言った。

 荷物を持って玄関へと向かえばすでに深里は門の前で待っている。早くこい。と言わんばかりに響が玄関から出るなり歩きだした深里に響は小走りで近づいた。隣に並ぶのは気まずいため斜め後ろをついて行く。年が離れていることもあり響にとって深里を含めた兄たちは家族というよりも尊重すべき大人であった。


「自分がなにをしでかしたのか分かっていますよね?」


 振り返りもせずに深里が話しかけてくる。月明かりで足下はハッキリみえるのに、温度のない問いかけに急に足下が暗くなった気がした。

 すでに響が晃生と親しくしていることは深里にバレている。伝わっているとは思っていた。星良は深里と同じく悪魔信者だ。弟である響よりもよほど深里と親しくしていると言っていい。そんな星良が深里に報告しないはずがない。


「兄上、そもそもこんなしきたりが間違っていると」

「長きに渡り羽澤が続けてきた神聖な儀式が間違っていると貴方は言いたいのですか?」


 深里が足をとめて顔だけ振り返る。いつも笑みを形作る目元は冷たい。刺されるような威圧に響は足がすくんだ。


「兄上もリン……様が生贄がいなくても問題ないことはご存じのはず」

「リン様が生贄を拒否したことはありません」

「それは捧げられたからで」

「捧げられてもリン様には拒否する権利がある」


 深里からいつも張り付いた笑顔が消え失せる。それだけで響は震えそうになるほどの恐怖を覚えた。


「リン様が好きなことしかしない方なのは知っているだろう。一番可愛がってもらっているのはお前なのだから、当然。あの方は嫌ならば嫌という。渋々受け取るなどありえない。となれば、生贄は欲している。必要ないというのはお前の妄言だ」

「で、ですが兄上!」

「言い訳は家に帰ってからにしろ」


 淡々とそう告げると深里は歩き出す。もう響を待つつもりはないようで響が動かなくても構わず進む。少しずつ遠ざかる深里の後ろ姿を見て、響は歩き出す。足が鉛のように重い。どうすれば兄たちを、父を説得できるのか案がまるで出てこない。

 なにかないか、そう考えている間にあっという間に家にたどり着き、月明かりだけだった夜道が急に明るくなった。門の前にはこんな時間だというのに人の姿がある。遠目でもわかる一般人離れしたオーラに響は足がさらに重くなるのを感じた。


「やっぱ深里が迎えにいってたか。おい、響。面倒かけんなよ」


 はああと大げさなほど大きな息をはいて、いかにも面倒くさいという様子で腕を組んだのは二番目の兄、羽澤快斗。すでに社会人になった快斗は一人暮らしをはじめ、家にめったに帰ってくることはない。会社にいっている以外は遊び歩いていると噂で聞いたが、今日も遊んでいたのか比較的ラフな格好だ。


「いくら敷地内とはいえ暗くなるまで外にいるのは感心しないな」


 その隣でお手本のように姿勢良くたっているのは一番目の兄、羽澤航。こちらも一人暮らしを初めて実家を出ているが、快斗に比べれば実家にもよく顔をだす。むしろ実家と会社の往復で、契約したマンションに帰っているのか疑問なほどだ。今もきっちりとスーツを着ているあたり、仕事帰りなのかもしれない。


「航兄上、快斗兄上……二人そろってどうしたのです?」

「お前のやらかしのせいで今年の御膳祭はどうなるんだって大量に連絡きたうえ、話があるから帰ってこいって父上からのお呼び出しだ」


 おかげでせっかくの予定がパーだっつうの。とブツブツいいながら快斗は響をにらみつけている。この落とし前どうしてくれるんだ? という圧力に響は縮こまった。


「私も仕事を切り上げて顔を出せと父上から連絡がきた。深里は先に詳しい事情を聞いたようだが」

「えぇ。会議は大荒れでしたよ」


 深里に水を向けるとにこりといつも通りの笑みを浮かべる。それを見てかすかに航は顔をしかめてから響へ向き直った。


「お前、御膳祭はやめるべきだと父上にいったらしいな」

「えっ本気? お前大胆なことすんな」


 航の言葉にグチグチと文句を言い続けていわた快斗が目を丸くする。興味を引かれた顔で航と響を見比べ、最後に確認の意味で深里を見た。深里が頷いたのを見ると快斗はおぉ。と言葉にならない声を上げる。


「いくらリン様に気に入られてるからって、それはあんまりだろ。っていうか恩を仇で返すっていうの? リン様怒ってねえの?」


 近づいてきた快斗はニヤニヤ笑いながら響を見下ろした。


「リン様はそのくらいで怒りませんよ」

「へぇーやっぱお気に入りは違うねえ。お前以外がいったらその時点で終わりだろ」

「そんなに大それたことじゃ……」

「大それたことだろ。リン様に向かって餓死しろっていってるようなもんなんだから」


 快斗の言葉に響は固まった。目を見開いて快斗を見上げる。響のその反応に快斗は満足したらしく目を細め、にやりと笑った。


「リン様は俺たちとは違う。一年に一回の食事で生きられるような存在だ。とはいえ食事は必要だろ? それをお前は食うなといったわけだ。死ねといってるのとなにが違うんだよ」

「私はそんなつもりじゃ……それにリンは食べなくても問題ないと……」

「今のところはそうだろうな」


 航が快斗と響の間に割って入りながらそういった。快斗を軽く睨んだ航を見て、快斗は面白くなさそうな顔をした。しかしすぐに顔面蒼白な響を見て愉快そうに笑う。

 深里は数歩離れたところから無言で三人の様子をみていたが、響に対して好意的とはとても言えない空気を感じた。


「今は食べなくても言いとしても、今後ずっと食べなくてもいいわけではないだろう。私たちはリン様に譲歩して貰った結果、年に一回ですんでいるんだ。リン様が好きなように食事をすればどうなるか、いくらお前でも分かるだろう」


 晃生と慎司を見て、両方でもいいぞ。そういって笑ったリンを思い出す。あの場で響がいいといったらリンは迷いなく食べたのだろう。リンが自分を、羽澤の一族を愛でているのは豚や牛を育てる農家が家畜を愛でているのと変わらない。愛でるから美味しくて、美味しいから愛でるのだ。


「そうなっては秩序が崩れる。お前はどう責任をとるつもりだ。リン様に愛でられ、自分は食べられない。だから他はどうでもいいとでもいうのか」

「そんなことはありません!」


 そんな気持ちは一切ない。それだけは誓うことが出来た。誰も犠牲になってほしくない。生贄なんて習慣はなくなってほしい。それが心からの響の願いだ。


「ならば自分の立場を考えろ。お前の立ち位置はお前が思っているより重い。羽澤本家の人間であり、リン様に愛されている特別だ。お前の言動一つで不必要に人が死ぬ。それを望んでいないのであれば、軽率な行動は控えろ」


 航はそういいきると響に背を向けた。門へと進む航の後ろに深里がついていく。快斗は「怒られてやんの」とクスクス笑い、鼻歌を歌いながら深里の後に続いた。


 兄たち3人が門をくぐり玄関へたどり着く。引き戸が開き中に入る音がする。それでも響は動けなかった。煌々とした明かりは響の足下をしっかりと照らしている。それなのに響はどこに向かっていいか分からない。足下が暗く、周囲は暗闇に包まれている。そんな錯覚を抱いた。


「何をしている。早くはいれ。父上がお待ちだ」


 航の声がする。はい。と力なく返事をしながら響は足を動かした。

 どうしていいか分からない。不安でしかたない。自分の行動は晃生や慎司の立場を危うくしただけの最低な行いだったのではないか。そんな後悔が後から押し寄せてくる。

 それでも響は足を動かした。そうしていないと不安だった。止まったら足下からズブズブと沈んでいくようで。怖くて仕方がなかったけれど、怖いと言う相手が誰もいない響は信じて進むほかなかったのだ。


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