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化物の餌  作者: 黒月水羽
化物の餌
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これからどうするつもりだ

 なんとか下宿にたどり着いた晃生、鎮、慎司の3人は深い息を吐き出した。3人の重々しい空気に先輩たちは心配そうになにかあったのか。と聞いてきたが、どこか腫れ物を扱うようなよそよそしさも感じた。


 御膳祭が近い。そのことを先輩たちは知っている。知っていても晃生たちに伝えてこないということは、口止めをされているのだろう。話せばお前らも餌になると言われているのか、それとも家族を人質にとられているのか。詳しいことは晃生には分からないが、毎年生贄を差し出すよう一族だ。口止めのためなら人殺しに戸惑う理性など残っていないことは想像が出来た。


 鎮が「ちょっと黒否定派の先輩たちに目つけられまして、色々あったんですよ」と苦笑いを浮かべてごまかした。ありそうな話だと思ったのか先輩たちはそれ以上何もいってこず、どこかほっとした空気をにじませて晃生と慎司をねぎらった。


 居心地が悪く晃生たちすぐ食堂を後にして、なぜか晃生の部屋に3人集まった。慎司の部屋は向かいだし、鎮は空き部屋を我が物顔で使っている。そちらに行けばいけばいい話なのだが、固い鎮と慎司の顔を見ると追い払う気にはなれなかった。

 それに相談しなければいけないこともある。


「これからどうするつもりだ」


 いつもだったらベッドを当然のように占領する鎮が固いフローリングに座り込んでいる。慎司も鎮の隣に暗い表情で座っていた。鎮はともかく慎司にそんな行動をとられると虐めているみたいでいたたまれない。晃生は鎮がいつのまにか持ち込んでいたクッションを2人に投げた。


「響にはなるべく説得しろといっていたが、説得出来なかった場合の解決策はあるのか?」

「……あったら苦労してないっての」


 重々しいため息をついて鎮は顔を覆う。投げられたクッションに座りもせず抱きかかえている慎司の顔は暗かった。ぎゅっとクッションを握りしめる様は小動物を思わせていたたまれない。

 晃生が悪いわけではない。それでも自分が悪いのでは。そう思ってしまうような弱々しさが慎司にはあった。


「響にあんなこといっておいてか」

「仕方ねえだろ。正直俺たちは響様頼りだよ! 響様が説得してくれるのを祈る。以上!」

「説得……出来なかったら?」


 慎司が泣きそうな顔で鎮を見上げる。それに鎮は唇をかみしめて、床をにらみつけた。

「……逃げるって響様は言ってたけど、俺は出来るとは思えない」


 ハッキリと鎮は言った。晃生も思っていたことなので驚きはしない。慎司だって狭き門の特待生に選ばれた人間だ。バカではない。響がいうことが夢物語であり現実的ではないと気づいている。


「でも響様は……」

 それでもすがりたいのが人間だろう。こんな絶望的とも言える状況では。


「……逃げるだけなら出来ない事はないと思う」


 鎮の言葉に下を向いていた慎司が顔をあげた。晃生も驚いて鎮を見る。この絶望的な状況での唯一の希望。そう思ったが、それにしては鎮の表情は暗いままだった。


「逃げても、その後間違いなく捕まる」

「そんな……」

「考えてみろ。逃げた後お前らはどこに行く。家には帰れないんだぞ」


 鎮の言葉に慎司は口をつぐんだ。


「バカ正直に帰ったら捕まえてくれっていうようなもんだ。家族はかばってくれるだろうが、かばってくれた家族がどうなるか……。となるとお前らは羽澤からの追ってから逃れながら生きていくことになる。まだ高校生のお前らがだぞ」

「……とても現実的じゃないな」


 鎮の言葉になんの反論も出来なかった。羽澤は当然、真実を知って逃げた俺たちを追うだろう。警察に駆け込んだとしても相手は天下の羽澤家だ。とても信じて貰えるとは思えないし、信じてくれた人がいたとしてもみ消されるのが見える。となれば誰にも気づかれずに失踪するしかないが、すでにこの世にいない晃生の家族はともかく、慎司の家族は捜索願いを出すだろう。そうなると羽澤だけでなく警察からも逃げなければいけなくなる。

 まだ高校生。バイトくらいしかしたことがない身だ。大人の庇護が期待出来ない状況で生きていけると思うほど晃生は楽観的な性格をしていなかった。


「……なんでこんなことに……僕は、家族を楽させたかっただけなのに」


 クッションを抱きしめた慎司の声は震えていた。なんとかこらえようとしているようだがクッションですいきれなかった嗚咽が聞こえる。鎮が慎司の背をポンポンとなでるが声はいっこうに収まらない。

 それもそうだと晃生は思った。臆病な性格の慎司が今まで耐えていただけでもすごいのだ。図太い性格だと自覚がある晃生だってショックが大きい。慎司よりも冷静でいられるのは響や鎮相手に怒鳴ることが出来たからだろう。それで多少は胸のつっかえがとれ、残ったのはやるせなさだった。


 兄が抜け殻になった原因は分かった。今度は自分が抜け殻にされようとしている。その現実に心が追いつかない。

 なぜとか、どうしてだとか疑問はどんどん浮かんでくる。兄でなければならなかったのか。どうして次は自分なのか。

 そもそも……。


「なんで羽澤家は呪われたんだ?」


 羽澤家が悪魔と呼ばれる存在の力まで借りて発展しようとしたのは呪われたから。その呪いをとくために思いつく手は何でも試した。その結果が国を裏で牛耳っているとまで噂される地位と実力であるならば、そこまでしてとこうとしている呪いとはなんなのか。どうして呪われる事になったのか。

 鎮をじっと見つめる。ここまで来たらすべて話してもらう。そんな意志が伝わったのか鎮は肩をすくめた。


「羽澤の始祖が魔女の森に入ったのが始まりと聞いている」

「魔女の森?」

「リン様のお屋敷に行く前に通っただろ。あそこが魔女の森。本来は立ち入り禁止。聖域なんて呼ばれてるけどな、実際はおっかなーい魔女が住んでいる」


 鎮はわざとらしく両手であげ、晃生に対して威嚇するポーズをとった。小さな子供だったらともかく高校生の晃生が怯えるはずもない。その戯れに乗ってやる気もなかったので、さっさと話せとにらみつけた。鎮はすねた様子で話を続ける。


「これはおとぎ話とか噂じゃない。リン様と同様本当に住んでいる。といってもリン様みたいにおいそれと出てくるような方じゃないから俺は見たこともないけどな」

「魔女の森に入ったのが始まりで、魔女がそこにいるってことは……」

「羽澤の始祖を呪ったのは魔女だ」


 リンという存在を前にした後、魔女と呼ばれる存在がいると言われても違和感はない。しかし呪いの元凶ともいえる存在が敷地内に平然と今も暮らしている。その状況に晃生は眉をよせた。


「なんで敷地内に住んでるんだ? 敵みたいなもんだろ?」

「始祖は魔女となんらかの賭けをしたらしい。その賭けの勝敗が決まるまでの間、魔女はあの森で羽澤家をずっと監視しているって話だ」

「賭けって?」

「それが分からない」

「は?」


 晃生の視線を受け鎮は顔をしかめる。


「そんな顔されたって、本当に分からないんだから仕方ないだろ! 岡倉には伝わってない! 羽澤にだってごく一部……当主あたりしか知らないんじゃないか」

「それなのに呪いをとこうとしてるのか?」

「……そんなのもう言ってるだけだ」


 鎮はそういって拳を握りしめた。


「最初の頃は本気で呪いをとこうとしてたんだろうよ。双子の上が化物になる呪いなんて関係ない俺からしても気味が悪いし」

「化物になる……?」


 呪われている。そうは聞いていたが改めて呪いの内容を聞いてぞっとする。

 嗚咽も漏らしつつも話は聞いていたらしい慎司ですら固まったのが見えた。しかし鎮は晃生と慎司の反応を見ると目を瞬かせた。それから眉間に深いしわを寄せる。


「……そうだよな。そういう反応が普通だよな。あー嫌だ。毒されてる。呪われてるのが当たり前の感覚になってやがる。だから嫌なんだ、こんな家」


 鎮はそういって吐き捨てるとイラついた様子で髪をかきむしった。イラついたときの鎮の癖なのかもしれないが、見ていて痛々しいほどに乱暴にかきむしるので心配になってくる。

 数分ほど思う存分髪を乱した鎮ははあぁと大きく息をはいて晃生を見つめた。それはにらみつけるに等しい眼光だったがおそらく鎮にその意図はない。心の中に詰まった感情をどうにか抑えつけようとしたができず、睨むという形で表に出てしまったのだろう。

 それを指摘する度胸はさすがの晃生にもなかった。



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