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化物の餌  作者: 黒月水羽
化物の餌
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恐ろしいから以外に理由があるか

 慎司が鎮の隣に移動して背をなでる。大丈夫と伝えるようにゆっくりなでる姿を見て、もしかしたら慎司は下に兄弟がいるのかもしれないと思った。その姿は元気だった頃の兄と重なった。


「……晃生くんのお兄様は今病院に?」


 響の問いに静かに頷く。それだけで響は兄になにがあったのか理解したのだろう。苦しそうな顔で畳を見つめる。


「鎮くんの言うとおり、晃生くんは羽澤家に来るべきじゃなかった……ここに来なければとりあえず、成人するまでの間は援助金をもらえただろう」


 響の静かな言葉に晃生はなにも応えない。それは事実だった。兄が死んでから羽澤からは定期的にお金が振り込まれた。両親は激怒していらないと突っ返していたが、それでも羽澤家は折れなかった。口封じとも思えるそれに両親は反感を覚えると同時に、疑問を持った。

 兄がああなったのは事故だと晃生たちは説明を受けた。しかし事故の詳細は教えてもらえず、入院費は羽澤家でもつ。賠償金も払う。晃生が成人するまでのお金もこちらで持とうと破格過ぎる事を言った。

 あまりの好待遇に両親は羽澤を怪しんだ。羽澤家はなにかを隠している。兄がああなったのは事故ではない。そう確信した両親は羽澤について調べて回るようになり、晃生が中学に上がる頃に帰らぬ人となった。


 両親の死が事故だったのかは分からない。子供だからという理由で晃生は詳しい事を説明してもらえないまま、羽澤系列だという養護施設に連れて行かれた。そこから先も成人するまで心配する必要はないと、やけに丁寧に説明されたが晃生は納得いかなかった。

 なにかある。必ずなにか裏があるはずだ。

 そう晃生は思った。思いたかった。本当にすべてが偶然で、兄も両親も自分の前からいなくなったとは思いたくなかったのだ。


「口封じだったんですよね……金はやるから羽澤にこれ以上関わるなと」


 しかし晃生の考えは確信に変わった。

 響をにらみつけると響は痛ましげな顔をして晃生を見つめ返した。その綺麗な顔が晃生には腹正しかった。こんな家に生まれて、事情を知り、それでもなお綺麗であり続ける姿がとても憎らしく思えた。


「なんで知っていたのに止めてくれなかったんだ! お前ら知ってたんだろ! 毎年特待生が生け贄になるって!」

「ああ、知ってたさ! 知ってたけど、どうしろっていうんだ!」


 晃生の怒鳴り声に返したのは鎮だった。泣きそうな顔で晃生をにらみつける。その形相に晃生はひるんだ。


「岡倉は生贄にはなれない! リン様は岡倉家の人間は食わねえって宣言してる。今まで羽澤家の人間が食われるくらいならって生贄に立候補した奴はいたらしいけど、リン様は食わなかった。むしろ、羽澤家が生贄を差し出すって契約だったろ。ってキレてその年は何十人も食われたって話だ。毎年一人ってルールも何年も機嫌とって、説得してやっとだ! 最初の頃はリン様の気分で食われた。毎年何十人も、誰が食われるかも分からねえ状態で羽澤の人間は怯えて過ごした。分かるかお前らに! 昨日隣にいた人間が明日には食われて物言わない人形になるかもしれない恐怖が!」


 鎮の瞳がギラギラと鈍い光を放つ。そこにあるのは怒りであり、紛れもない恐怖だった。


「生贄を探すのは岡倉の分家だ。小さい頃から教え込まれる。リン様に逆らってはいけない。生贄を差し出す御膳祭を妨げてはいけない。じゃなきゃ、もっと犠牲者が増える。情をかけるな。高校の3年間、勤めを果たせ」


 何度も何度も言われたであろう言葉を口にして鎮は頭をかきむしる。頭がおかしくなりそうだ。そう吐き出された声は血がにじんだように苦しげで、それがなによりの本心なのだと晃生には分かった。


「明日は我が身が一年に一度の誰かに変わった。羽澤家はそれで一度は満足したらしい」

 鎮の言葉を引き継いだのは響の静かな声だった。


「けれど人間は余裕が出来ると多くを望んでしまうのだろう。年に一度の生贄を羽澤の人間は嫌がるようになった。リンは好みがある。適当な人間を選ぶわけにはいかない。そしてリンが好む人間は将来有望といわれ期待される存在だ。自慢の家族を生贄に捧げなければいけない。それが嫌になったある家がある日、外部の人間を使うことを思いついた」


 そこからはあっという間だった。羽澤家の人間はみな、生贄を差し出すことに疲れていた。知っている身内よりは知らない他人。外部の人間を言葉巧みに誘い込んではリンに捧げた。

 リンは長年羽澤の人間ばかりを食べていたので外部の人間を歓迎した。いわく質は落ちるが味が面白いらしい。化物の感覚など人間には分からなかったが、リンの機嫌が良い事に安堵し、毎年どうにか生贄を見つけてきた。

 そのうちに学校に外部の子供を招き入れることを思いついた。特待生という名目であれば外部の生徒を入れても不自然ではない。特待生には成績は優秀だが家庭の経済面に問題がある一般家庭の子を選んだ。そうれば金銭で口封じ出来ると考えたのだ。


「……そこまでして、なんであんなのに生贄なんて差し出してんだ」

「恐ろしいから以外に理由があるか」


 晃生の言葉に鎮がすぐさまこたえた。


「お前は恐ろしくなかったのか、リン様をみて。食われると思わなかったか? 逃げ出したいとは思わなかったか?」


 下を向いていた鎮が顔をあげ晃生をみた。その顔は無表情で、教室にいる鎮とは別人に見えた。キラキラと輝いてみえた瞳には何も映っていない。濁った池の水を連想させた。


「羽澤家と岡倉家の人間は生まれてすぐリン様にお目通りする。そこで評価されるんだ。羽澤にとって使えるか、使えないか。俺の評価は分家にしては優秀だった。だからそれなりには気にかけられて育てられたんだよ。これでもな」


 吐き捨てるように鎮はいって深く息を吐いた。


「年末年始には成人してない子供たちが集められてリン様と会う。そこで成長過程を見られるわけだ。こっちとしては家畜の発育を見られてるみたいで気分が悪い。そこで教え込まされる。自分たちは餌でリン様は格上。絶対にかなわない存在だとな」

「……そこまで恐ろしい存在ではないと思うのだが……」

「……そんなこと言えるの響様くらいですからね」


 納得いかないという顔をする響に鎮はため息をつく。響の反応に心底あきれている。同時に信じられないという顔で響を見た。


「この際だからいいますが、リン様を兄だと慕える響様は頭がいかれていると私は思っております」

「ずいぶんハッキリいうね」


 丁寧な口調でとんでもない暴言を吐く鎮を見て響は苦笑した。あくまで穏やかな反応をみて鎮が微妙な顔をする。怒り狂ってほしかったわけではないのだろうが、あまりにもあっさりと流されても微妙な気持ちになるのだろう。


「けど、リン様は生贄がなくてももう問題ないでしょ。ならリン様からそれを言ってもらえれば」


 黙って聞いていた慎司がおずおずと手を上げた。

 たしかにリンは生け贄の有無はすでにどうでもよさそうだった。貰えるのであれば貰う。というのは必ずしも必要ということではない。

 しかしその言葉に響は眉を寄せた。


「私もそうしてもらえればと思ったが、先ほどのリンの返答を聞いただろう。今の状況はもうリン一人の意向でどうにか出来るものじゃないんだ」


 深く息をついて響は机をにらみつけた。


「元々は恐怖からの生贄だったのだろうが、年に一人。しかも外部の人間をとなってからは、リンの機嫌をとるための生贄に変わってしまったんだよ」

「機嫌とり……?」


 あまりのことに晃生と慎司は絶句した。機嫌とりのために自分たちは物言わぬ人形にされようとしているのか。そんなことがあり得るのかと。


「リンは人を見る目がある。リンが気に入った人間は羽澤の中核、羽澤の外に出ても才覚を発揮する。羽澤家が発展したのは、リンが才能ある子供を見つけ、羽澤全体でその子を保護し、教育を施したからというのもある」

「本家直系はともかく、分家じゃリン様に気に入られる子供が生まれるかどうかで地位が変動する」


 響の言葉に鎮が補足した内容は晃生からすると信じられない話だ。


「じゃあ、アイツに気に入られて羽澤内で地位を得るために生贄を差し出してるのか?」

「リンはあくまで本人の素質をいっているだけで、機嫌をとったところで評価は変わらない。けれど、次は違う」

「次……?」

「リンは人間の相性も見える。本家直系の子は幼い頃からリンの見立てで婚約者が決まっている」

「つまり、次って子供のことか……?」


 頷いた響を見て晃生は唖然とした。とんでもない話だ。優秀な子供を見つけて、その子供に相性のいい相手を見繕い、さらに優秀な子供を産む。それは人間というよりただの家畜のようだった。


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