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化物の餌  作者: 黒月水羽
化物の餌
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……アイツが、兄貴を……

 響は慣れた様子で屋敷の奥へと進む。やけに広い屋敷の中には晃生たち以外の気配がない。それなのにホコリ一つなく磨かれた廊下は寒々しく、恐ろしい。すんでいる存在が異質であるためか、異空間に迷い込んでしまったかのような不気味さを感じる。


 万が一にも羽澤の人間に見られては困ると思ったのか、響が晃生たちを案内したのは奥の部屋だった。一般的な和室。中央に長机と座布団が何枚かおいてあり、他には掛け軸と花が生けてあるだけで家具はない。客間として使われている部屋なのだろう。

 生活感のない部屋に晃生は密かに安堵した。目の前にいるだけで妙に心がざわめく男の生活域に足を踏み入れるのは抵抗がある。

 しかし通された部屋でくつろげるほどの度胸もない。晃生を含めた3人は所在なさげに和室を見渡した。


「時間もあまりないことだし、本題に入ろうか」


 響はそういうとふぅっと息を吐き出した。気持ちを落ち着けているらしい響を見て晃生も気を引き締める。響が奥の座布団に腰を下ろしたのを見て、晃生も向かい合う場所に座る。慎司と鎮も晃生を挟むようにして後に続いた。

 慎司の顔は青い。事情をしっている鎮も顔色が悪い。晃生はそんな2人から目をそらして響を見る。響は何かを決意した顔で晃生と慎司に視線をむけた。


「晃生くん、慎司くん。君たちのどちらかがリンに生贄として捧げられることになっている」


 慎司の息をのむ音、鎮の奥歯をかみしめる音がした。晃生は半ば予想していたが、言葉にされると重みが違う。響から目をそらさずにいられたのは意地だった。


「羽澤家は呪われた家系でね、羽澤の血筋に生まれた双子の片方。年上が必ず呪われて生まれてくる。羽澤家が発展したのはこの呪いを解く、または世間から隠すために尽力した結果。いうなれば副産物だ」

「羽澤家が今の地位を得たのは偶然ということですか?」


 晃生の問いに響は頷いた。


「得ようとして得たわけじゃない。羽澤家の代々の当主の目的は呪いをとく事だった。といっても、羽澤家全員がそういうわけではない。双子の子供を持たない親にとっては呪いなんてあってないようなもの。ただ己の利益を求めている者も多い」

「利益を求めた結果が生贄なんですか……?」


 慎司の声は震えている。今にも泣き出しそうな顔を見て響が痛ましげな顔をした。


「リンは私が物心ついた頃にはあの姿で、それからずっと姿が変わらない。父上や祖父、曾祖父の時代も変わらず、ずっとあの姿で生きている。いつの頃から呼び始めたかは知らないが、羽澤の悪魔と呼ばれている」

「悪魔……」


 晃生の呟きに鎮が顔をしかめた。響が語ることに何も口を挟まず、拳を握りしめたまま机をにらみつけている。


「生贄をリンに捧げるようになったのは何代か前の当主だったらしい。当主はとある頼み事をリンにしたそうだ。その見返りとして羽澤家の人間から一人、好きな者を食べていいといった」

「食べる……!?」

「リンは人の姿をしているが人ではない。人の食事も食べられるが、生きるために必要としているのは人の感情だ。リンが食べ尽くした人間は体が動いているが感情が消えた人形のようになる」


 晃生はベッドに座ったまま動かない兄を思い出した。兄はまさに感情が抜け落ちたようで、あの日からずっと死んだように生きている。晃生がいつお見舞いにいってもぼんやりと宙を眺めるだけで口もきかない、表情も動かない。晃生の名を呼んでくれることもない。父と母が死んだと報告した時ですらなんの反応もなかった。

 優しくて賢くて、晃生にとって自慢の兄だった。あんな抜け殻みたいな存在じゃなかった。そんな状態にした元凶がリンだと知って晃生は拳を握りしめた。


「……アイツが、兄貴を……」

「兄貴……?」


 思わず漏れた声に響が目を瞬かせた。鎮がぎょっとした顔で晃生を見る。慌てて晃生を止めようと伸ばした手を振り払って、晃生は立ち上がった。


「アイツはどこだ。どこいった!」


 先ほどまでの恐怖は消えていた。あるのは怒りだ。兄をあんな状態にしたリンが憎くて仕方がない。兄があんなことにならなければ晃生は未だ父と母と兄と4人で仲良く暮らしていたはずなのだ。こんな気味の悪い場所に来ることだってなかった。


「落ち着け! リン様にいったってどうにもならない! リン様は生け贄の選定には関わってないんだ! 差し出された者を食ってるだけ! お前がわめこうとどうにもならないし、そもそも7年前の生け贄のことなんて覚えてるとは思えない!」


 部屋を出てリンを探そうとする晃生をすがりつくように鎮が止める。晃生よりも背が高いだけあって力が強い。必死に晃生は振り払おうとしたが腰にがっしりとしがみついた鎮の腕が離れない。がむしゃらになって引き剥がそうとしていくところで鎮の必死な声が響く。

 7年前。その言葉に晃生は動きを止めた。


「……お前、兄貴のこと知ってたのか?」


 今度は鎮の体が不自然に固まった。腰にすがりつく鎮を見下ろすとまずい。という顔をして晃生を見上げている。


「7年前って具体的な年数が出てくるってことは、お前知ってるんだよな? 俺の兄貴のこと」


 晃生は鎮の胸ぐらをつかみあげた。鎮のくぐもった声が聞こえたが知ったことではない。

 最初から鎮は怪しかった。何かを知っていそうな態度をとっていた。生け贄のことを隠していたのかと思っていたが、もっと詳しく、晃生の兄について知っていて、だからこそ晃生を警戒して近づいてきたのではないか。そんな考えが晃生の頭に浮かぶ。

 怒りで手に力が入りギリギリと鎮の胸ぐらをつかみあげる。首が絞まったらしく鎮が苦しげにうめいたが晃生は力を緩められる気がしなかった。


「晃生くん! 落ち着いて!」


 背後から制服を引っ張られる。慌てた慎司の声。慎司らしからぬ力で引っ張られるが晃生は鎮から目を離さなかった。それを見て響が慌てて晃生と鎮の間に入る。無理矢理ひきはなされても晃生は鎮から目を離さず、ゴホゴホと咳をする鎮をにらみつけ続けた。


「お前、知ってるんだな?」

「お前の兄貴が快斗様の代の生け贄だってことぐらいしかしらねえよ」


 鎮の怒鳴り声にショックを受けた顔をしたのは響だった。信じられないという顔で晃生と鎮を見比べている。


「なんで知ってて教えなかった」

「俺だって知ったのは今日だ! 下宿でお前が兄ちゃんの話してんの聞いて、もしかしてとは思ったけど確証はなかったし、わざわざお前に兄の末路なんて話すわけねえだろ!」


 そういうと鎮は思いっきり畳を殴りつけた。目は晃生から外さない。ギリギリと奥歯をかみしめて獣みたいな顔で晃生を見上げる。けれどそれは怒りというよりも泣くのを必死にこらえるような形相で、晃生は虚をつかれた。


「なんでお前はこんなとこ来ちまったんだよ! 兄貴が生け贄だったなら弟のお前だって生け贄候補になるに決まってんだろ! こんなとこ来ないで平和に生きればよかっただろ! お前はそれが出来たのに!」


 癇癪を起こした子供みたいに、なんで! と鎮は繰り返す。晃生よりも興奮した様子で叫び髪をかきむしり、言葉にならない声を上げ続ける。今にも泣き出しそうな叫び声に晃生はそれ以上なにも言えなかった。


 なんでなんて晃生が聞きたい。鎮にとって晃生は赤の他人だ。それなのに、なんで自分と同じくらい、自分よりもつらそうな声で泣き叫ぶのか。

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