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化物の餌  作者: 黒月水羽
化物の餌
17/79

何が起こったんですか?

「勝手に息抜き相手にしたのは、失礼だっただろうか」

「いえ、それは別にいいんですけど。俺で息が抜けるのかというのも疑問ですが」


 慎司であれば小動物じみた言動で和むかもしれない。鎮であったらあれで空気を読める相手なので、響の望む空気を作り上げてくれることだろう。由香里だったら華がある。無愛想な男である晃生が隣にいるより断然空気が良いだろう。

 それなのに、なぜ俺? たまたま会ったにしては妥協しすぎではないか。


「……他のB組の子たち紹介しましょうか?」

「君ともう一人……慎司君といったかな? あの子以外は羽澤と関わりがあることには変わりないから」


 響がそういって苦笑したのをみて晃生は理解した。響が欲していたのは部外者。羽澤のことなど知らず、直接的な関係のない黒組。何でわざわざ嫌われ者の黒をと思ったが、響の取り巻きたちを思い出し考えを改める。

 自分の顔色をうかがいついて歩く人間。そんなのに四六時中つきまとわれていたら息が詰まるだろうと。最初にあったとき、こんな人気のない場所にいたのも取り巻きから逃げてきた結果なのだろう。やっと響がここにいた謎が解けて晃生は眉を寄せる。本家ともてはやされ不自由なく生きて見える響も大変なのだと。


「君と会って話をすることが、ただの自己満足だとは分かっているよ。きっと君は私を恨むだろう」


 今までとは違う表情の抜け落ちた顔で響が晃生をみた。美形の無表情は怖い。そう聞いたことがあったが確かに怖い。柔らかな雰囲気が抜けた響は鋭利な刃物のように鋭く、晃生の視線を縫い付ける。


「君は素晴らしい人間だよ。私が保証しよう。君と出会い、話せたことを幸運だと私は思う。そして不運だとも。なぜ君は羽澤家なんかに来てしまったのかと」

「それはどういう意味ですか」


 晃生は身を乗り出した。晃生が知りたかった真実に近づいている。そんな予感がした。ここを逃したら次のチャンスがいつ巡ってくるか分からない。晃生もまた真剣な顔で響をにらみつける。響はそれにたじろいで、口から息が漏れた。

 何かを言うと響の口がかすかに動く。それが言葉になろうとした途端、


「なにをしている!」

 図書室に押し殺したような怒声が響いた。


 驚いて声の方を向けば、そこには見たことのない顔をした鎮とその後ろでおびえた顔をした慎司の姿があった。なんで2人がここに、なぜ鎮があれほどまでに怒っているのか。状況についていけずに晃生が固まっている間に、鎮は大股で晃生と響に近づいてくる。そしてあろうことか、響の胸ぐらをつかんだ。


「自分が何をしているのかお分かりですか、響様」


 獣のような低い声。ギラつく瞳。つかんだ胸ぐら。それでも敬語を崩さない姿が奇妙であり、恐ろしくもあった。

 慎司が息をのむ音がする。晃生も少しだけ逃げ出したくなった。それほどまでに鎮の怒気は強かった。日頃の緩い笑顔をみているからこそ、その差に背筋が凍る。


「軽率といえよう。君が怒るのも無理はない」


 堅い口調で響が答える。響も同性とは思えない柔らかい雰囲気をもつ少年だが、今の響の空気は冷たい。凛とした澄んだ気配。話しかけることに気後れするような空気に晃生は息が詰まる。

 先ほどまで過ごしていた図書室と同じ空間には思えない。響と鎮は互いを見つめたまま動かず、晃生と慎司は息を殺している。


「……分かっていて、なぜ……」


 やがて苦虫をかみつぶした顔をした鎮が響の胸ぐらから手を離した。いつもの鎮とはまるで違う、なにかをこらえるような顔。胸ぐらをつかんでいた手が力を失ったようにだらんと下がる姿は教室や下宿で見る姿とはまるで違った。


「……どんな人間だったかも知らないままなのは、あまりにも無情なのではないか。そう思った。ただの自己満足だ」

「……その通りですよ。貴方も私もなにも出来ないんですから」


 なにかを必死に押し殺したような鎮の言葉。血でも吐きそうな声に晃生はどうしていいか分からない。部外者が入っていい空気ではなかった。けれど、この2人が言い争っている原因が自分であることは分かる。なにもしないで見ているのも落ち着かない。


「おい、鎮。一体どういうことだ」


 不安や恐怖を押し殺して立ち上がり、2人の間に割って入る。かみつきそう名で晃生を見る鎮に晃生は怖じ気づきそうになった。しかし鎮が響の胸ぐらをつかんだままなことを思い出し、なんとか鎮を響から距離をとらせる。


「岡倉が羽澤に手を出したらマズいんじゃないか」

「ああ、まずいさ。まずいけどな、響様だってタブーを犯してる。俺にとやかく言える立場じゃない」

「……響くんが一体なにを? 俺に勉強を教えてくれただけだが?」

「そうやってお前らに関わることが問題なんだよ!」


 鎮の押し殺した声が大きくなる。子供の癇癪にも聞こえる悲痛な声。それに晃生は二の句が継げなかった。関わることが問題。それは一体どういうことなのか。


「あらあら、騒がしいと思ったら、こんな所に黒が二人に岡倉が一人、響様まで」


 事情を問いただそうとした晃生の耳に知らない声が入り込んでくる。張り詰めた空気にそぐわない楽しげな声。気づけば慎司の隣に立っていた少女に、慎司が小さく悲鳴をあげた。いくら気が高ぶっていたとはいえ、近づいてきたことに全く気づかなかった。


星良せいら……さま……」


 鎮が驚愕した顔で星良と呼ばれた少女を見た。名前を呼ばれて柔らかく微笑んだ少女だったが、晃生には目が笑っていないように見えた。人形が人のマネをしているような不気味さ。しかし表面上は整った容姿をした可憐な少女。そのゆがみが恐ろしく、なんでだか分からないが今の状況がマズいのだということはよく分かった。


「こんなところで密談ですか~。ずいぶんと響さまは黒と仲がよろしいようで~。そちらの方は清水晃生ですよね。A判定の」


 にこにこと笑みを浮かべた星良は晃生の胸元を見る。星良の胸元にはA+。響と同じものが描かれている。


「響様が気に入ったとなれば、選定の余地がありますね~。今年は静かに終わるかと思ったのですが、なかなか荒れそうです。これは準備をしなければ」

「星良さま!」


 慌てた様子で鎮が叫ぶ。それに対して星良は微笑んだ。すべて分かっているというような顔で。


「安心してください。ちゃぁーんと私が、皆様にお伝えしておきますから~。響様も大事なご学友を失わなくて済みますし、よかったですね~」


 間延びした口調で星良はいうが、その言葉を聞けば聞くほど鎮と響の顔が青くなる。それを星良も理解したうえで、楽しげにクスクスと笑う。その表情は優雅だが、やはり目は少しも笑っていなかった。


「星良くん!」

「響様はよぉーくご理解しているでしょう。ご自分の立場を」


 とどめとばかりに星良はそういうと、スカートの端を持ち上げ優雅にお辞儀してみせた。それでは。と笑みを浮かべて立ち去る姿は見とれるほど美しいのに、寒気がするほど恐ろしいのは何故なのか。


「何が起こったんですか?」


 困惑した顔をした慎司が恐る恐る近づいてくるが、晃生にもなにがなんだか分からない。ただなにか問題が起こったということしか。


「……すまない。こうなってしまったのは私の落ち度だ」


 そういった響の声は苦々しく、今の状況がけして良いものではないということが分かった。晃生は身を固くし、慎司は手を握りしめている。


「こうなったらすべて説明しよう」

「ひ、響様!?」


 響の言葉に驚きの声をあげたのは鎮。それはいくらなんでも。と止めようとしている鎮を制して、響は慎司と晃生に向き合った。


「君たちのどちらかが近いうちに生け贄になる」

 真剣な言葉で告げられた真実はとても信じられないものだった。

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