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化物の餌  作者: 黒月水羽
化物の餌
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あーこれは君の好みが分からなかったので

 晃生は図書室の奥でノートと向き合っていた。向かいに座っているのは羽澤響。白い制服を着た晃生とは天と地ほどの立場の違いがある生徒。しかし目の前で静かに問題集を見つめる姿は同じ高校生にしか見えず、この空間にいると御酒草学園内のヒエラルキーがなくなったような錯覚に陥る。


 最初は戸惑いしかなかった響との勉強会も数度繰り返すうちに慣れてきた。響は教えるのが上手い。何より晃生を黒としてバカにする事がない。クラスメイトたちの態度に負けるものかと思っていたが、自分が思う以上にストレスがたまっていたと自覚するほかなかった。


「晃生君、ちょっと休憩しよう」


 晃生の手が泊まったのを見計らったように、晃生の向かいでノートにペンを走らせていた響が微笑む。晃生が返事をする前に隣の椅子の上に置いていた鞄から、水筒と紙コップを取り出した。自分の分と晃生の分を入れると、響はにこりと笑って晃生へ紙コップを差し出した。


「ありがとうございます」

「お口に合えばいいのだけど」


 上品な口調と水筒と紙コップという組み合わせがアンバランスだ。紙コップに入っているのはお茶だが庶民の晃生でも高いと分かる味わい。それを平然と水筒に入れて持参し、紙コップで振る舞う。お坊ちゃまなのか庶民なのか分からない行動だった。

 響と会う回数が増えても晃生にとって響は未知の生物のままだった。


「羽澤家の人間は紙コップなんて使わないと思っていました。高級品ばかり使っているのかと」


 嫌みともとれる言葉だが響は気にした様子がない。本家直系という一族内でも高い地位にいても響は偉そうに振る舞う事がなかった。


「そういう人もいるけど、私はアンティーク品よりもそこら辺に売ってるマグカップの方が好きだし、紙コップの方が気楽で好きだよ。割る心配がない」


 さらりと響はいって紙コップを口に運ぶ。その動作は紙コップを使っているとは思えないほど優雅で、高級品を使っていようと響が落として割る姿など想像ができなかった。


「割ったことあるんですか……?」

「小さい頃は物の価値なんて分からないからね。世界に数個しかないアンティーク品でおままごとをしようとして、執事とメイドに悲鳴を上げられた事がある」


 その姿を想像して晃生は冷や汗を流した。執事とメイドからしたら恐怖でしかない。子供だからと微笑ましく見守るには恐ろしすぎる。そもそもそんな高級品が子供の手の届く範囲に平然と置かれている環境が怖い。


「目上には敬語を使う。学校に通う時は制服を着る。それと一緒で物だって時と場合によって使い分けるものだよ。学校にこれ見よがしな高級品などいらないだろう。必要なのは実用性。割ることを恐れて飲むのに気をつかう高級品よりは、飲み終わったらすぐにゴミ箱に捨てられる紙コップの方が今の状況には適している」

「その通りですね」


 その言葉を教室内でこれ見よがしにブランド物を使用するクラスメイトたちに聞かせてやりたいと思った。晃生がいったら負け犬の遠吠えと言われるだろうが、響がいえば実に説得力がある。うちのクラスの誰よりも高級品に慣れ親しんでいるのは響に違いない。だからこそ物の価値と、使い時を間違えない。


「ということは、茶葉は響くんの好みですか」


 入れ物にこだわりはなくても飲むのであれば美味しいものを。そう思う気持ちは分かる。響は晃生よりも舌が肥えているだろうし、家に高級品しか置いていないのかもしれない。晃生からすると高級品であっても、響からすれば普通のものという可能性もある。いくら時と場合を考えているとはいえ、晃生よりも生活水準が高いことは変わりない。


「あーこれは君の好みが分からなかったので」

「俺……?」


 思わず固まる。響の方は晃生の衝撃など気づいていないようで、平然と微笑んでいた。


「どうせなら好みのものをとは思ったんだが、気を悪くさせるかもしれないが私は君たちのような子がどういったものを好むか分からない。聞いてみても用意出来るかも分からないので、とりあえず私が好きなものを入れてきた」


 にこにこと何でもないことのように響はいう。自分の基準ではなく晃生の視点にたって考えた結果の行動だと。響にとっては当たり前のことらしく、なんの含みもない。だからこそ晃生は二の句が継げなかった。


「食堂であれば君も好きなものを選べるだろうが、あそこは人の目が多いから。私と一緒だとどうしても目立ってしまうだろう」


 そういって苦笑した響は寂しそうだった。

 晃生と響の勉強会は放課後、人気のない図書室の奥で行われる。一緒に図書室に向かうことはなく、大抵は晃生が先に来ていて、響が合流するのが常だ。約束しているわけではない。連絡先も知らない。用事がなければ毎日晃生はここで勉強しているが、響は来るときもあれば来ないときもあった。晃生はそれを気にしない。


 晃生に用事がありこれない時もあった。そうした時に響が図書室に訪れているかどうか晃生に確認する術はない。晃生も恨みがましく響が来なかった日のことを言ったりしないし、響もそうだろう。

 響は会えたとき、ふっと柔らかな笑みを浮かべる。それは良かった。いてくれた。と安堵を感じる笑みなのに、図書室以外で響がその顔を晃生に向けることはなかった。


 白と黒はクラスが明確に分かれているとはいえ同じ校舎にいる。全く遭遇しないというわけではない。廊下や食堂などで白を見かけることはよくある。その中でも響は目立つ。周囲にいつも誰かしら白。時には灰色や青がいる。

 友達というよりは配下。おこぼれを狙う乞食のような取り巻きに晃生はいつも不快さを感じるが、響はいつだって柔らかく笑っていた。しかしその笑みも、晃生と二人で勉強会をしている時の笑みよりも陰って見える。そう思うのは自惚れなのだろうか。

 それとも、そう思うように誘導されているのか。


「響くんはどうして俺に勉強を教えてくれるんですか」


 晃生の問いに響は目を瞬かせた。晃生からすれば当然の疑問だが、響からすると聞かれるとは思っていなかった問いらしい。不思議そうに晃生をみつめて、質問の意図を探っているようだ。


「最初にいった通り、復習と外の話が聞きたいから」

「本当にそれだけで?」


 響は嘘をついているようには見えなかった。純粋に見える。だからこそ晃生には不思議で仕方なく、同時に嘘なのではないのかと疑ってしまう。

 羽澤本家の響にとって外部からきた黒など、どうでもいい存在ではないのかと。


「……本音をいえばそれだけではないかな」


 晃生の真剣な眼差しから目をそらしながら響はつぶやいた。いつもの穏やかでありながら芯の通った口調とは違う、少し不安そうな声だった。それを聞いて晃生は、やはり自分の直感は間違っていなかったのだと思った。響にはなにか理由が、晃生に関わることによる利益があるのだ。

 机の下で手を握りしめる。響がこの先なにをいうのかと身構える。

 晃生の緊張を感じ取ったのか響は困った顔をした。


「羽澤の子といると息が詰まるから、君を息抜きに利用していた所はある。すまない」

「……それだけですか?」

「他になにか……?」


 晃生の問いに響は眉を寄せ、腕を組み、首をかしげる。本当にそれだけらしい。晃生が考えていたような陰謀や大仰な話はなにもない。そう今度こそ感じ取った晃生は脱力した。それをみて響が驚いた顔をする。


 これも演技だったとしたら。そんな言葉が頭をかすめたが、これすらも演技だったとしたら負けを認めるほかない。晃生よりも響が一枚も二枚も上手だったのだ。



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