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化物の餌  作者: 黒月水羽
化物の餌
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響様にはちゃんと挨拶したか

 ただいまー。と声をかけても返事はない。いつものことだとは分かっているが、無駄に広い家に自分の声だけが反響するのは何度経験してもむなしい。

 両親も兄たちも不在かな。と思いつつ鎮は一応リビングをのぞき、ソファでノートパソコンをたたいている一番上の兄を発見した。

 なんだ、いるんじゃないか。と思ったが、文句を言ったところで真面な返答が返ってこないのは知っているのでもう一度ただいまと声をかけておく。そのままリビングと一続きになっているキッチンに足を向け、冷蔵庫を開けた。中からミネラルウォーターをとりだして飲むと、珍しく兄から声がかけられる。


「響様にはちゃんと挨拶したか」


 声をかけられたと思ったらそれか。と鎮は顔をしかめた。兄は高校生になった弟よりも本家の四男坊の方が気になるらしい。


「できるわけないだろ。白組はクラスが違うし」


 実際のところは話かけるチャンスが全くないわけではなかった。現当主の息子である響は入学式が終わってもすぐに椅子から立たず、なにかを考え込んでいるようだった。鎮を含めて遠巻きに響を見ている者は何人もいたが、考え事に集中していたのか、幼い頃から視線を浴びすぎて麻痺しているのか、響がそれに気づくことはなかった。

 何人かは声をかけようとしたが、結局かけずに立ち去った。気後れしたのだろう。本家直系。当主の息子という立場もそうだし、なにより響はアレに好かれている。軽く声をかけて地雷を踏んだらどんな目にあうか分かったものじゃない。


 だから鎮も、兄や両親に話しかけろ。仲良くなれ。と前日に口をすっぱく言われたことを覚えていたが無視した。そもそも鎮は岡倉のあり方について否定的だ。それを両親も兄たちも分かっているのに、響と同い年だという理由だけで面倒を押しつけてくる。兄たちは自分たちが同い年で生まれていたらと悔やんでいたが、たとえ同い年だったとしても響の方が兄たちに興味を持つとも思えない。

 本家直系は岡倉の分家の末端なんかに興味はない。なんでそれに気づかないんだろう。


「そこを何とかするのがお前の役目だろ」

「いつそんな役目押しつけられたんだよ」


 心底嫌そうな顔をすると兄の表情が険しくなる。

 真面目で堅物。忠誠心が厚い。そういう岡倉の特長を色濃く次いだ兄も父も鎮とは折り合いが悪い。鎮は兄たちが嫌いではないが、兄たちからすれば鎮はどうにも不真面目に見えるらしい。


「リン様が選んだんだ。次期当主は響様がふさわしい。羽澤家のさらなる発展を目指して、我々は響様の手助けをするべきだろう」


 当然のこととして兄は言う。その手助けするべき相手に認識すらされていないのに。いくら周囲が響が次期当主にふさわしいと言っても、響自身は当主になる気はないと公言しているというのに。

 あーなんて滑稽だろう。

 そう口から出そうになった言葉を飲み込んで鎮は笑う。年下らしい可愛らしい顔で。いつのまにか兄よりも高くなった身長。それでも弟であることは変わらず、兄たちが時たま見せる従順にみえる鎮の表情が好きだと知っているからこそ。


「響様を驚かせてもいけないだろ。タイミングを見ながら声をかけるよ」


 鎮の返答に兄は一応の納得を見せ、頼んだぞ。と一言いうとノートパソコンに向き直る。すぐに続いたタイピング音を聞きながら、鎮はミネラルウォーターを一口飲んだ。

 アホらしい。という言葉を飲み込んで、さて今日はなにをしようかと自室に戻るためにリビングを出て階段を上がる。


「早くこんなとこ出たいなー」


 思わずもれたつぶやき。思い出すのは自分たちをにらみつけていた部外者の強い眼差し。憎悪がにじんだアレを見て、鎮はひそかに歓喜した。あれこそが自分たちに向けられるに相応しい反応だ。そう鎮は思っている。

 古くから続く由緒正しき家柄。多くの優秀な人間を輩出した名家。そう呼ばれる羽澤家とそれに仕える岡倉家が世間一般でもてはやされるほどきれいな存在ではないことを、ここで生まれて生きてきた鎮はよく分かっていた。


 だからこそ分からない。なぜ兄や父があれほどまでに羽澤に陶酔出来るのか。血に見せられた。そう岡倉を称すものもいるが、あながち間違ってはいないのかもしれない。

 きっと岡倉は羽澤と共に生きすぎたあまり、羽澤の血に流れる呪いに犯されたのだ。


「なーんで、こんなとこ来ちゃったのかなー」


 可哀想だなと鎮は思う。分かった上で足を踏み入れたらしい晃生はともかく、何も知らずにやって来た慎司は本当に可哀想だ。

 あの性格ではいい食い物だろう。守ってあげるほど鎮は優しくないし、守ってあげられるほどの力を持っていない。鎮は岡倉では浮いている。鎮と仲良くしているだけで慎司は浮いてしまうかもしれない。


 自分でどうにかするしかないのである。慎司も、自分も。

 それをよく分かっている鎮は自室のドアを開けながら考える。さてさて、どうしたら自分はこの頭のおかしい家から逃げられるのだろう。

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